第8話
狼牙は夜行性で、日が出ている間は活動する事がない。
これはファースト周辺に住んでいる者なら誰でも知っている常識である。
「お前らから報告は受けた時はどうなっか、不安だったが、どうやら今晩は大丈夫そうだな」
言って、豪快に笑うエレクト。
蒼真とリーンから報告を受けたエレクトは急遽、自警団を総動員して村の警備に当たらせた。
その物々しい気配を感じて諦めたのか、はたまた最初から村を襲撃する気は無かったのか、狼牙の姿は一匹足りとも確認出来ず、もうすぐ夜が明けようとしていた。
「ああ」
ゆっくりと顔を出そうとしている太陽を見ながら蒼真が頷く。
その腰には鞘に収まった一本の剣が差さっている。
得物を持っていない蒼真にエレクトが自警団の武器庫から引っ張り出してきて、貸し与えた剣で、蒼真が今まで使っていた剣よりずっと上等な物である。
武器は身の丈にあった物を身に付けるべし(本当は万年金欠の為、上等な物が買えないだけ)が信条の蒼真は最初、もっと安物を希望したのだが、エレクトから、
『てめぇは一番弱ぇんだから、せめて剣くらいは上等な物を使え。じゃね~と戦力にすらならねぇ』
と言われ、渋々と剣の値段を気にしつつ受け取った。
「まっ、今晩は諦めただけかもしんね~から、暫くは夜の警らの班を増やして警戒するとすっか」
言って、肩に乗せた巨大な戦斧を地面に突き立てるエレクト。
蒼真の背丈ほどある巨大な戦斧がエレクトの得物で、この巨大な戦斧を軽々と使いこなす。
元冒険者、それも二流。レベル41は伊達という訳ではない。
結婚して冒険者稼業を辞めてしまったがその実力は錆び付いていない。
二流まで上がったのはこの村ではエレクトだけ、他の団員はその壁を越えられずに三流のまま引退してしまった。
「ああ、そうだな……本当に襲われないようにするのが一番だよな」
だが、この村の最大戦力であるエレクトですら、リーンが討伐条件として上げた二流の中級以上、つまりレベル50以上ではない。
しかも、リーンの提示した条件は『パーティー』でだ。
戦力不足なのは火を見るより明らかである。
リーンは、
『いざとなったら私がどうにかします』
と笑って言っていたが、いくら強い、恐らく二流の上級とは言え、それは無理な話だろう。
「おいおい、蒼真っ、そんな不安そうな顔すんな。例え襲撃されたって、所詮は狼牙だろ? 確かに統率された群れを相手にするのは堪えるが、何、そん時は群れを分断して各個撃破すれば良いだけだろ」
エレクトは王牙の存在を噂や昔話程度には知っていた。
だが、その危険度までは正確に把握していなかった。
どうやらそんなやつがいるらしいという認識程度である。
その為、個体では自分の足元にも及ばない狼牙が群れを成しても高が知れていると思っている。
そんなエレクトを危惧して蒼真は正確な危険度を伝えようとしたのだが、それをリーンに口止めされた。
口止めされた理由は、士気が下がる、下手をしたら逃げ出す者も出てくる。
それが自警団だけで済めば良いが、村中に伝わってしまった場合には恐怖に駆られて、村から逃げ出そうとする者も出てくるだろう。
こんな夜中に村から逃げ出せば、狼牙だけでなく他の夜行性のモンスターたちの格好の的になってしまう。
そんな事を言っていたような気がする。
蒼真はそれを聞いて、そんな大げさな、相手の正確な危険度を知らない方がよほど危ないだろうと反論した。
のだが、自警団の団員の中には蒼真よりレベルが高いとはいえ、駆け出しのままで引退した人も混じっている。
狼牙が群れを成したという異常事態に顔を強ばらせたその人達を見て、有り得ない事では無いかもしれないと思い直した。
ちなみに蒼真に口止めをしたリーンはこの場にはいない。
戦力的に不安な駆け出しのまま引退した人達を纏めた班に付いている。
正確な危険度を知らないのが功を奏してか、はたまたリーンという子供の前で格好つけたいのか、もしくは普通の班の倍の人数になって気持ちが大きくなったのか、今ではその班のマスコット的存在に収まっている。
そして、そんな人達より弱い不安要素の蒼真は村で一番強いエレクトの班に組み込まれた。
「ああ、そうだな……」
そんな簡単にいくだろうか? 分断して各個撃破するだけなら、何もリーンの提示した条件よりずっと低いレベルでも良いような気がする。狼牙単体なら俺ですらどうにかなるレベルなんだから。
そんな事を思いながら蒼真は曖昧に頷く。
「ったく。てめぇ~は昔っから心配性だな。そんなんだから未だに駆け出しなんだよ」
そんな蒼真を見てエレクトがため息を吐く。
「うっせ、俺は心配性何じゃなくて、慎重なだけだ」
そんなエレクトに蒼真が反論する。
「俺からすればその違いがイマイチ分からん」
「全然ちげぇ~よ」
そう、この前ようやくレベルが二桁になって、嬉しさのあまりに調子に乗って全滅しそうになったが、基本的に蒼真は慎重な人間である。
この前も本来ならばああなる前にとっくに撤退を決断していただろう。
夜の警らだって、モンスターを発見する目を増やす目的で参加したのだ。
仮にモンスターを発見したとしても戦闘に参加する気はこれっぽちも無かった。
親方がここら辺のモンスターに遅れを取るとも思えないので安心していた部分もある。
蒼真は自分、いや、自分たちのパーティーが弱いのを不本意ながら一番自覚している。
冒険者に向いていないのも自覚している。
だが、それでも続けたいと思っている。思ってしまっている。
では、弱い自分たちが冒険者稼業を続けるのに必要なものは何か?
そう考えた時にまず浮かんだのが『慎重さ』である。
無理をしない。無茶をしない。コツコツと地道に堅実に。それが蒼真のモットーである。
「何にせよ、蒼真。冒険者ってのは『冒険』してこそだぞ?」
すっと、真っ直ぐに蒼真を見てエレクトが告げる。
冒険者は冒険してこそ。
一体誰が言い始めたのかは定かではないが、いつの間にか冒険者たちの間で常識となるまで語られている陳腐な言葉。
「そんなんは、分かってるよ」
蒼真はそんな陳腐な言葉を真剣な表情で告げるエレクトを鼻で笑ってみせる。
「……まっ、いずれお前にも分かる時がくるさ」
そんな蒼真を見て、エレクトはやれやれと肩を落とす。
「――敵襲っ!」
そんな時、どこかからそんな声が鳴り響いた。