第62話
やっぱりキッドさんは余裕か。
間一髪の所でキッドに助けられた伊地を横目に蒼真は、安堵と尊敬と嫉妬がごちゃ混ぜにされた複雑な感情を覚える。
「伊地の事を気に掛けてやってくれませんか?」
蒼真はダンジョンに入る前にこっそりとキッドにそんなお願いをしていた。
ダンジョンの状態が話に聞いた通りならば、自分達だけでは絶対に伊地の事まで手が回らない事は明白だった。
あまり好ましくない相手とはいえ、万が一何かあったら目覚めが悪い。
仮にキッドまでそこまでの余裕が無いならば即撤退する腹づもりであった。
だが、幸いにもダンジョンの状態はほぼ聞いた通りだった。
間一髪に見えた伊地の救出だったが、キッドには全く焦りが見当たらなかった。
つまりは全然余裕だったのだろう。
確かに、魔物の数は多いが一体一体の強さは然程ではない。
だが、ここで躓くようならここから先はリスクが大きすぎる。
ここは引き返すべきか?
「はぁ〜。少し疲れちゃったわ。全く、現役からはほど遠いわね」
蒼真が撤退を意識していると、キッドがそう言って、わざとらしく大きなため息を吐いた。
「だから、私達はいったん下がるわね」
そう言って呆然としたままの伊地をひょっいと背負うと、くるりと回れ右をして、蒼真たちに背を向ける。
「あなた達も無理はしないでね〜」
伊地を背負っている事を感じさせないほどいつも通りの足取りでキッドは出口に向かって歩き出した。
あれは死んでいた。運が良くて瀕死の重傷。奇跡が起きれば大怪我。あれはそんな感じだった。
キッドに背負われた伊地は呆然としながらそんな事を思う。
「ちょっと、大丈夫?」
背負われたまま、動かなくなってしまった伊地を心配してか、行く先に現れる魔物を片手間で倒しながらキッドが伊地に声を掛ける。
「あっ、はい。大丈夫です」
そんなキッドに伊地は反射的に答える。
「そう、怪我も無いかしら?」
「あっ、はい。おかげさまで」
と、定型文で返してから伊地はまだお礼を述べていない事に気が付く。
「その、先程は助かりました。本当にありがとうございます」
言って、キッドからは見えていないだろうに、伊地はぺこりと頭を下げる。
「良いのよ。常連さんに何かあったらお店としても痛いしね。あれくらい気にしないで」
「常連?」
「も〜。いつも来てくれているじゃない」
そう言いつつ魔物を薙ぎ払うキッドを見て伊地は考える。
常連? オレはこの街に来たばかりだぞ? 常連って呼ばれる位に通っている所なんて……あっ。
「えっと、まさか、喫茶店、ですか?」
「そうよ」
「そうだったんですか。キッドさんもあそこで働いているんですか?」
店内で見たことが無いから、きっと調理場にでもいるのだろうな。全く、変な縁もあるものだと思いながら伊地は問いかける。
「働いているっていうか、あそこは私のお店よ。つまりはオーナーね」
「――えっ!?」
キッドの言葉を聞いて、伊地に、戦慄が走った。
「これからもどうぞご贔屓にして頂戴」
言って、パチリとウインクをするキッド。
そんなキッドを見て、伊地はただただ、呆然としていた。
やはり、間に合いませんでしたか。
大勢の冒険者たちに囲まれたダンジョンを見ながらリーンは小さくため息を吐く。
あとはここだけだったのに……ちょっと悔しいですね。
ダンジョンを攻略していく内に徐々にタイムアタックに挑んでいるような気持になっていたリーンは最後の最後で間に合わずに、タイムアタックが失敗したような残念な気持になった。
まぁ、軽く見渡した感じではここを攻略出来そうな人たちはいなさそうですね。何せここも深いですからね。という事は、この人たちよりも早く私が攻略してしまえばギリギリ成功と判断しても良いんじゃないでしょうか――ん?
そんな事を考えているリーンの視界に見知った人達が映り込む。
蒼真さん達じゃないですか……一人、知らない人が混じっていますが、お知り合いでしょうか?
その知らない人物が蒼真たちをまるで率いるように意気揚々とダンジョンに足を踏み入れる。
どなたかは知りませんが、とりあえずはこっそりとついて行ってみましょうか。
一人頷くと、リーンはこっそりと蒼真たちの後をついて行った。
「――蒼真、今まですまなかった!」
言って、頭を下げる伊地。
そんな伊地を見て蒼真は呆気に取られる。
一体、何があった?
蒼真達はあれから10階層に届くかどうかという所で引き返してきた。
今回の目的は攻略ではなく溢れ出しそうな魔物の駆除である。
つまり無理をする必要も無かったので適当な所で引き返してきた。
そして、ダンジョンから出て休もうとしていたら伊地が駆け寄ってきてこの状態である。
蒼真には何が何だか全く理解出来ない。
「えっと……一体何があった?」
あまりにも意味が不明なので蒼真は本人に問いかける。
「お前があの店にとってどういう存在かを聞いた」
頭を上げた伊地はそう言ってキラキラとした羨望の眼差しを蒼真に向ける。
「あの店?」
と、言われても蒼真には全く検討がつかない。
「私の店よ」
頭にクエスチョンマークを浮かべた蒼真にそう声を掛けながらキッドが姿を現す。
「キッドさんの店?」
キッドにそう言われたものの、蒼真にはぴんとこない。
「この子、私のお店の常連さんなの」
「……ほう」
いや、だから一体何だと言うのだ。
確かにこの街にきたばかりだというのに、キッドのあの少し特殊なお店の常連になっている事には驚いた。昔の伊地からは全く想像出来ない事だ。
だが、それと先程の伊地の謝罪とがどう繋がっているのだろうか?
「お前の仕事っぷりはキッド――いや、シャルロッテさんから聞いた。まさか、お前にそんな才能があるとは全く思っていなかった」
両腕を組み、感心したように頻りにうんうんと頷く伊地。
「はぁ。そりゃ、どうも……」
いや、だから本当にどういう事なんだ?
未だに事態が呑み込めない蒼真は曖昧に頷く。
「蒼真ちゃん、ちょっと、ちょっと」
そんな蒼真にキッドが手招きをする。
蒼真は首を傾げながらも手招きに応じる。
「あの子ね。随分と熱心な常連さんでね」
すると、蒼真の耳元まで腰を屈ませたキッドが小声で話しかけてくる。
「はぁ」
「それでね。蒼真ちゃんの働きっぷりを私がべた褒めしたの」
「はぁ」
「で、気づいたらああなっていたの」
言って、満足げに微笑むキッド。
いや、だから、何でそうなる?
「はぁ……そうですか」
満足げなキッドからはこれ以上は説明が無いだろうと判断した蒼真は曖昧に頷く。
つまり、なんだ? キッドさんから助けてもらった事によってキッドさんへの好感度が上がって、そんなキッドさんが俺の事をべた褒めしたから俺の事を見直したって事か?
……いや、意味が分からないな。
「蒼真! オレは決めたぞ!!」
先ほどからずっと首を傾げている蒼真の事なんて知った事かとばかりに、伊地が声も高らかに叫ぶ。
「――冒険者を辞める!!」
んん?
「そして、シャルロッテさん! オレを雇って下さい!!」
言って、キッドに深く頭を下げる伊地。
「う~ん。私のお店を好きになってくれるのは嬉しいけれど、お客さんとして通うのと働くのは全く別物よ?」
そんな伊地に向かってキッドは困惑しながらも問いかける。
「はい! 承知しております!! ですが、どうかお願いします!!」
頭を下げたまま伊地が叫ぶ。
「……それじゃ、とりあえず研修って事で数日働いてみる? それからまたお互いに考えましょう」
やる気満々の伊地にキッドがそう告げる。
「――ありがとうございます! 採用されるように粉骨砕身、頑張ります!」
言って、顔を上げた伊地は満面の笑顔。
……いや、本当に一体どうしてこうなった。
蒼真は終始首を傾げたままだった。




