第60話
「オレッチ様を引率するという栄誉をくれてやる。それで十分だろ?」
会うなり、開口一番に依頼料は無料にしろと言って、偉そうにふんぞり返る伊地。
それを見て、蒼真は変わったのは髪色だけだなと思わず苦笑する。
「それじゃ、俺たちに何のメリットもない」
当然のごとくそんな条件で蒼真は依頼を受ける気はない。
あの伊地が自分に依頼するという事には驚いたが、その内容が蒼真の知っている伊地らしいものであり、無茶な依頼のはずなのに蒼真としてはしっくりときた。
「メリット? 忌み子であるお前に栄誉をくれてやると言っているんだぞ? これ以上のメリット等、存在しないだろ?」
忌み子。
村で蒼真を呼称する言葉である。
「ここは村じゃないぞ」
「――ふんっ。忌み子はどこにいようが忌み子のままだろうが」
そう言って、鼻で笑って嘲る伊地。
「そうか」
ああ。こんな表情も小さい頃から何も変わっていないな。
そんな伊地を見て、蒼真はふと懐かしい気持ちになる。
「理解したか?」
高慢に、自信満々に、伊地が蒼真を見下して言う。
「ああ」
そんな伊地を見て、これはもう話にならないと蒼真は結論付ける。
「なら、とっとと準備をしろ」
やれやれと言った感じで蒼真を嘲笑して直ぐに支度をしろと言う伊地。
「――交渉決裂だな。精々薬草集めでも頑張ってくれ」
そんな伊地に向かって、蒼真はそう言って、くるりと踵を返す。
「……はぁ?」
伊地は何を言われたのか理解出来ていないのか、眉間にしわを寄せて固まる。
「じゃあな」
「――おいっ!? コラッ! 待て!!」
スタスタと部屋を出て行った蒼真に向かって硬直が解けた伊地は怒鳴り散らすが、蒼真がその歩みを止めることはなかった。
「と、言う事があった」
宿屋に戻り、理紗と拓也を呼んで伊地とのいざこざを説明する蒼真。
断ったとはいえ、本来ならばパーティーに対する依頼なので、リーンとカリナにも説明したほうが良い。
だが、リーンは不在、カリナ(正確にはラミアだが)に報告すると、物騒なことになりそうなので控えた。
「……やっぱり、うちの見間違いじゃなかったか」
蒼真の報告を聞いて、やはり理紗が見たのは本人で間違い無い事が確定した。
もしかしたら、万が一でも、他人の空似であって欲しいと思っていた理紗にとってみれば悲しい知らせである。
「で、あいつは相変わらずだったと」
拓也が蒼真の話を聞いて顔をしかめる。
拓也とて伊地はとてもではないが、好きになれない性格をしている。
「ああ。相変わらずだった」
蒼真たちが覚えている伊地という人物は一言で言えばガキ大将である。
同年代では圧倒的に高いレベル。大人たちには将来有望と褒め称えられ、同年代で逆らえる人はおらず、皆伊地の顔色を窺っていた。
「まぁ、伊地だけって訳でもないけどね……『自分たちは選ばれた民である』かぁ。あんなのただの御伽話なのにね」
言って、失笑する理紗。
理紗が言った村に伝わるおとぎ話を軽く触れると、
昔々の大昔。
島に神が降臨して、一人の女との間に子供を作った。
女は五人の子供を産み、そのうち四人が生まれて間もなく亡くなった。
生き残った一人は神に匹敵する力を持っていた。
亡くなった四人の赤子は神に匹敵する力にその身が耐えられずに死んだのだ。
神は生き残った子供が成長すると、島を去った。
だが、生き残った子供は島を去らずに島民との間に子をなした。
その子孫が自分たちである。
つまり、自分たちは神の子孫。神に選ばれた民である。
そんなおとぎ話である。
「かもな。だが、俺という忌み子がいる」
おとぎ話で生まれた最初の五人の内の四人。
神から力を授けられたのに、その力に耐えられずに死んだ愚か者。生き残った一人にそう忌み嫌われた四人。
その四人が最初の忌み子である。
「って、言っても、うちは実際に忌み子の証を見たわけじゃないし」
神との間に出来た最初の子供、島民たち曰く始祖。
始祖は多くの女性との間に子供を残した。
始祖との間に出来た子供は最低でも三つ子以上であり、その内二人以上が忌み子で、生まれて間もなく亡くなったと言い伝えられている。
つまり、生き残るのは常に一人だけであった。
だが、世代を経るごとに生まれる忌み子は減っていき、またその生存率も、生きている年月も長くなっていった。
現代では忌み子は島で一人しかいない。
その一人しかいない忌み子が亡くなると、直ぐに忌み子が生まれる。
まるで脈々と受け継がれる血や家柄のように、決して絶えることがない。
忌み子は今も昔も生まれたては、闇のように黒い肌、ルビーのように赤い目をしている。
だが、それらは時が経つにつれ薄まっていき、一人で立つことが出来るようになる頃には他の人と変わらなくなる。
それが忌み子の証と言われている。
「そんな小さい頃の記憶なんて僕だって覚えてないさ」
言って、拓也が苦笑する。
「……まぁ、俺も覚えていないんだが。とにかく、今後、伊地から何らかの接触があるかもしれない。あいつがこのまま引き下がるとは思えないからな」
「だねぇ」
「その依頼だが、条件が折り合えば受けるのか?」
「……そうだな。条件が折り合えば俺は受けても良いと思っている」
拓也からの質問に、少し考えてからそう答えると、蒼真は二人を見る。
「うちは受けたくないけど、条件が折り合うなら蒼ちゃんに任せる」
それにたいして、理紗は渋々と答える。
「分かった。一応準備だけはしておく」
「ああ。頼む」
そうまとめると三人は解散した。
くっそ! 何が一体不満なんだ!
蒼真に依頼を断られた伊地は荒れていた。
オレが頼んでやっているのにそれを断るとは何様のつもりだ! くそ! 何故こうも上手くいかない! ――っ。
伊地は怒りに任せてドンっと壁を叩く。が、思いのほか壁が頑丈で、殴った手に痛みが走る。
――くっそ! くっそ!
それがまた伊地を更に苛立たせる。
昔はオレを中心に回っていた! 大人も取り巻きも皆オレを褒めた! 何時からだ!? 何時からこうなった!? 村では低レベルと陰口を叩かれ、忌み子である蒼真にすら馬鹿にされる! 一体どこで間違った!?
神の子孫を自称する島民の平均レベルは高い。レベル40である伊地ですら同年代では最低レベルである。
幼い頃からレベルが高かった伊地が努力を怠った為か、もしくは早熟だったのか、その両方かは不明だが、伊地のレベルの伸びは悪く、幼い頃には同年代で頭一つ飛びぬけた存在だったが、気が付けば同年代にどんどんと追い抜かれて、今では一番低いレベルになってしまった。
強者から弱者に転落してしまった伊地の村での居心地は非常に悪かった。
そして、居心地の悪い村で過ごすうちに伊地は思い出した。
同年代で自分より弱い存在である忌み子の事を。
思い出してからの行動は早かった。
辛い現実からとっとと逃げ出したかった事もあり、直ぐに島を出た。
ギルドに登録してレベルが高いと言われて嬉しくなり、自信を取り戻せた。
だが、いきなり薬草集めをしろと言われ、それを回避する為に蒼真を呼びつければ、すげなく断られる始末。
――くっそ! くっそ! くっそ!!
と、顔を真っ赤にして憤慨している伊地のお腹が落ち着けと言っているかのように音を立てる。
くっそ! 腹が減った。
イライラしたまま伊地は何を食べようかと考え――この前行った喫茶店が頭に過った。
すると、不思議な事にイライラが少しおさまった。
……だが、あの店は少し高い。
金額で悩む伊地。
だが、喫茶店が頭を過ってからは、脳内であれやこれやと理由をこじつけて他のお店に行くという選択肢を消していく。
……高いといっても少しだ、そう少しだけだ。まだ暫くは大丈夫だろう。
最終的にそう結論付けると、伊地は足取り軽く喫茶店に向かった。




