第59話
――くっそ! 気に食わない!
冒険者ギルドに登録し終えた伊地は滞在している宿屋に戻るために帰路についていた。その内心はとても荒れていた。
何故オレが形だけとはいえ蒼真なんかに引率されなくちゃいけない! オレのほうが絶対に強いのに! くそ!
内心で何度も受付嬢と蒼真に毒づきながら大股でずんずんと歩く伊地。
だが、理紗に会うのは今から楽しみだ。大体五年ぶりくらいか? 何度も、オレの恋人にしてやると言ってやったのに、オレを振っておいて何を血迷ったのか、あろうことか、蒼真たちと一緒に村を出やがって、くっそ……だが、今はさぞや苦労しているだろう。そんな現状からオレが救ってやれば理紗も昔の行動を間違いだったと分かって、オレに恋人にして下さいとすがってくるに違いない。
昔から一方的に好意を寄せている理紗に会えると思うと苛立ちや怒りが和らいでいく。
ぐぅ~。
と、その時、伊地のお腹が空腹を訴える。
そういえば、今日は朝からまだ何も食べていなかったな……どこか、適当な飯屋に入るか。
「あ、ありがとうございましたっ」
そんな事を考えていた伊地の耳に可愛らしい女の子の声が聞こえた。
ふと、目を向ければ声のした方向にある店から二人の男が満足げに出てきた。そんな店からは微かに食べ物の匂いが漂ってきている。
どうやら飲食店らしい。なら、ここにでもしようかと思って、よく見てみれば店の入り口にはそれなりの客が並び、入店を待っていた。
「……はぁ」
伊地はその列を見て、他の店にしようと決めて、歩き始め、
「え~っと、次の方どうぞ」
ようとした瞬間。店からひょっこりと、とても可愛らしいメイド服を着た、一人の女の子が姿を現した。
「――っ」
その娘を見た瞬間、伊地の全身に電流が走る。
新雪のように真っ白な髪。左右で色が違う神秘的な瞳、ほっそりとした華奢な体躯は抱きしめたら簡単に折れてしまいそうである。
「に、二名様ご案内ですっ」
思わず見とれてしまった伊地を尻目に、その娘は先頭に並んでいた二人を連れて店内へと姿を消す。
「……こんなに並ぶって事は美味いって事だよな。うん。どうせなら美味いものが食べたいしな。うん」
言って、伊地は恍惚とした表情で、ふらふらと列の最後尾に並び始めた。
……少し高いな?
入店した伊地はメニューに記載された値段を見て眉をひそめる。
まぁ、美味いものに金が掛かるのは当たり前か……しかし、この店の内装は……落ち着かんな。
そう値段の事を自己解決した伊地は店内をぐるりと見まわす。
店内は全体的に白を基調としていて、とても明るい。だが、その所為で数少ない装飾品であるピンク色のハートマークとか黄色い星マークやらがとても目立ち、何故か落ち着かなくなる。
ふと視界を横切った、丈の短いメイド服の女性店員にドキッとする。
……ふぅ。落ち着け。あれが噂で聞いたことがあるメイド。つまり、女中さんって事だろ? 村ではあんな短い丈のスカートを履いている人は見たことがないが……動きやすさという意味では、短いほうが動きを阻害しないだろう。つまりはとても合理的だ。うん。
「ご注文はお決まりですか?」
そんな事を考えながら、なるべく自然を装って、ずっと忙しなく働いている女性店員(主にスカート)を眺めていた伊地に女性店員が声をかける。
――しまった。まだ決まってないぞ。だが、この様子だとオレが注文を決めたから店員に声を掛けようとして見ていたと勘違いしてくれている。しかし、逆を言えば直ぐに注文をしないと、女性店員をただ眺めていた事がばれてしまう。それは世間体がとても悪いし、そんな奴とは思われたくもない。
「あ、ああ……」
言って、何気ないふりでメニューに素早く目を通す。
くまたんカレー? くまたん? 熊か? つまり、熊肉が入ったカレーって事か?
「く、くまたんカレーとリンゴジュースで」
慌てた伊地は、とりあえず目についたものを適当に注文する。
「それですと、今の時間ならサラダも付けたほうがお得ですが、どういたしましょうか?」
「じゃ、それで」
「ありがとうございます。おまじないはどうしますか?」
「おまじない?」
「はい。美味しくなるおまじないです」
「んん? とりあえず、お願いします」
はて、おまじないとは何だろう? と首を傾げた伊地だったが、美味しくなるというのならば断る必要もないだろうと頼んだ。
「ありがとうございます」
そう言って、小さく一礼すると、女性店員は離れていった。
ちなみに伊地はおまじないが別料金だという事には気が付かなかった。
――その日、伊地はどっぷりと沼にはまることになる。
伊地が新しい世界に気づいた日、理紗は客として来店したのに、何故かシャルロッテの経営している喫茶店であくせくと働いていた。
その理由だが、体調不良で本来くるはずだった従業員が休んでしまった為に店が回らず、偶々客として訪れた理紗にシャルロッテがピーク時だけでも良いからとお願いされたからだ。
ん? あれ? ん? ――はぁ!?
目が回りそうなほど忙しい中、運がいいのか、悪いのか、理紗は店内に入ってきた伊地に気が付いた。
あれって、まさか、伊地のくそ野郎? 髪色が違うけど、そうだよね? ――はぁ!? 何でこんな所にいんの!?
気が付いた瞬間、理紗はそそくさと伊地から距離を取ると、物陰に隠れて、そっと覗き見る。
店内とメイド服の店員を物珍しそうに眺めている伊地はどうやら理紗の事に気が付いていない様子である。
席に着いた伊地は、ぱらぱらとメニューをめくると、いやらしい目つきで女性店員を見て、鼻の下を伸ばす。
……うわぁ。気持ち悪っ! 絶対にあの辺りに近づかないようにしないと。あいつにあんな目で見られるのは死んでもごめんだわ。
そう決意すると、理紗は慎重に仕事に戻っていった。
あ~。失敗したかもしれません。
ばっさばっさと片手間で魔物を倒しながらリーンは心の底からため息をつく。
ちょっと忘れていただけなのに、こんな面倒くさい事になっちゃうなんて。流石は魔王さんが作った施設という所ですかね。
蒼真たちに作ったダンジョンに挑ませてから、リーンはダンジョン作成に嵌った。
魔王(とっくの昔にダンジョンに飽きている)からダンジョンを好きにして良いと許可を取ったリーンは様々なダンジョンを作成した。魔力を使えば思い通りの環境が作れるのだ。気分はシミュレーションゲームである。
様々な環境を作り、様々な魔物を作り、または捕まえてきて解き放ち、様々な罠を作り、ましろたちに挑ませて――飽きた。
ダンジョンでやれる一通りの事をしてからリーンは気が付いたのだ。
――で? と。
ペットハウスとはよく言ったもので、これは本来様々な生き物を飼う為のものである。
リーンが楽しんでいた『作る』という工程はあくまでペットの環境を整える機能でしかない。
だから一通りやれる事をやったリーンは飽きた――魔物を自動で生成する設定にしたまま。
気が付いた時にはもう魔物はダンジョンから溢れ出す寸前。
慌ててリーンはダンジョンの一つに潜った――そう、一つである。
リーンが飽きたダンジョンは全部で五つ。その五つ全てが同じような状況である。
一つはましろたちに足止めさせているけど……これ、時間的に全部間に合うかなぁ。無駄に階層多く作っちゃったし。壊せれば一番手っ取り早いんだろうけれど、崩落で死なないやつもいるかもしれないし、そもそも外から破壊した位では機能が停止するかどうかも分からない。壊して止まるとしたとしても、魔王さんから許可を貰っているとはいえ、魔王さんの物を壊すのは気が引けるしなぁ。そもそも、私じゃ壊せないかもしれないしね。はぁ。本当に失敗した。
何度もため息をつきながらリーンはひたすらに最深部を目指した。




