第58話
紫色の髪を靡かせて、一人の青年が船の先端に立っている。
「ようやくだ。ようやく、ここまできた」
潮風に押さえつけられて目に掛かった前髪をすくいあげて、青年は腰に佩いた二本の刀を握りしめ、小さく呟く。
「待っていろよ――蒼真っ」
言って、普段から細いその目を更にキッと細めて、水平線の先を睨みつける。
「おい! 小僧! あぶねぇからそんな所に立つんじゃね!」
そんな青年に向かって、船員が怒鳴りつける。
「あっ……すいません」
ビクッと肩を揺らしてから振り返った青年は怒鳴った船員に向かって、小さく頭を下げながら船室へと足を向けた。
唸り声、悲鳴、遠吠え、衝突音、血の匂い、獣の匂い。決して狭いとは言えない洞窟内には様々な魔物がひしめき合い、殺しあっていた。
数えるのが馬鹿らしくなる程いる魔物が一匹また息絶える。
だが、どこからともなく、前触れもなく、新しい魔物が一匹増えた。
また一匹の魔物が息絶え、どこからともなく新しい魔物が今度は三匹増えた。
殺し、殺られ、魔物が減り、また唐突に増える。
狭くない洞窟内からあぶれた魔物は外へ外へと追い出される。
洞窟内――ダンジョンから魔物が溢れ出るのも時間の問題である。
その日、ファーストにある冒険者ギルドに、一人の青年が登録にやってきた。
真新しいギルドカードに記入された青年の名は伊地 明。記載されたレベルは40と新人としては破格の数字だ。
「……レベル40」
初めて触るギルドカードに目を輝かせてはいるが、記載されたレベルを見て、思わずといった感じで漏れた言葉はどこか不安そうである。
「ええ。その年齢では随分と高い方だと思いますよ」
そんな伊地に向かって、ギルドの受付嬢はにっこりと営業スマイルを浮かべながら返す。
「高い?」
そんな台詞を言った受付嬢に、半信半疑で問いかける伊地。
「ええ」
「そっか……ああ、やっぱり、そうか」
受付嬢に同意されてようやく自信がついたのか、伊地の顔色が徐々に明るくなっていく。
「――オレは強い!」
最初の不安そうな声はどこへ行ったのやら、自信満々に言い放ち、拳を握り締める伊地。
「このまま依頼などを受けられて行きますか?」
「ああ。もちろんだ! なんて言ってもオレは強ぇからな」
言って、先ほど説明されたように、依頼が張り出された掲示板に意気揚々と足を伸ばす伊地。
「――お待ちください」
そんな伊地に受付嬢が待ったをかける。
「登録されたばかりの方は数回、こちらで依頼を選別させて頂いております」
言って、机の上に数枚の依頼書を広げて見せる受付嬢。
「そ、そうか」
完全に出鼻をくじかれた伊地だったが、素直に受付嬢に体を戻す。
「ええ。初回ですし、こちらなどは如何でしょうか?」
「どれどれ……はぁ?」
伊地は受付嬢から指示された依頼書を覗き込み、思わず顔をしかめる。
「薬草。採取?」
そして、信じられないとばかりに呟く。
「はい」
そんな伊地に対して、受付嬢は完璧な笑顔と共に、間違いではないと告げる。
「……正気か? それは、ガキの小遣い稼ぎじゃないのか?」
指示された依頼書を手に取って、マジマジと穴が開くほど見た伊地は再び問いかける。
手にした依頼書には間違いなく伊地も見知った薬草の名前と絵が書かれていた。
「はい。登録されたばかりの方は皆さま、近場の薬草採取から始められます」
「オレのレベルは知っているだろ? 話にならん。違うやつにしろ」
「最初の数回だけですよ」
「――オレには相応しくない!」
「そう言われましても、残念ながら規則ですので」
「そんなん知るか!」
馬鹿にされたと思ったのか、顔を真っ赤にした伊地は手にした依頼書を乱暴に机に叩きつける。
うわぁ。面倒くさい奴がきた。
そんな伊地に笑顔を崩さずに対応しながら受付嬢は内心で顔をしかめる。
伊地の言いたいことも分かる。確かに近場での薬草採取なんてレベル40がやるものではない。だが、私に言ってもどうしょうもないだろう、と受付嬢は内心で文句をたれる。
ずっと昔はこういった規則は無かったと聞いたこともある。だが、それで無茶をして討伐等に手を伸ばして、命を落とす初心者が多かったためこういった規則が出来たらしい。
「それでは、ご依頼されますか?」
とは言え、こう言ったごねる初心者は珍しくなく、ギルドもいちいち対応するのが面倒くさくなったのか、初心者の引率を冒険者に依頼として出して、受諾した冒険者が一時的にでもパーティーを組み、引率する場合はかなり条件が緩和される仕組みを取り入れた。
ようは保護者同伴なら良いよという事である。
「依頼?」
受付嬢の言っている事が理解できずに伊地は問いかける。
「ええ、貴方が引率を依頼として出すのです。依頼を受諾する冒険者のレベルにもよりますが、そうすれば最初からある程度上の依頼を受ける事が出来ますよ」
「それなら薬草採取なんてガキの小遣い稼ぎなんてしなくても良いのか?」
「ええ。その場合は殆どが簡単な討伐からになると思います。ご依頼されますか?」
「依頼……依頼か」
ずっとニコニコと笑顔を絶やさない受付嬢の言葉に伊地は軽く眉をひそめる。
何故なら、伊地は懐にあまり余裕がない。無駄な出費は出来るだけ抑えたいのだ。
「う~ん……」
だが、今更薬草採取なんてするのも気に食わない。
しかも、あそこまでごねて、受付嬢に文句を言っておいて今更やっぱり受けますと言うのも何だか恥ずかしいし、何より格好悪い。
「もし、お知り合いがいてその方が引率を引き受けてくれるのなら、ご依頼されなくてもその方にお願いしても大丈夫ですよ。とは言っても引率できる実力があるかどうかはギルドで判断させて頂きますが」
渋面を作って唸り続ける伊地の内心を見透かしたのか、受付嬢が代案を提示する。
「んなのいるわけ……いや、引率うんぬんはともかくとして、一人だけ心当たりがある……いや、しかし」
ふと、伊地の頭にある人物が浮かび上がる。
だが浮かんだ瞬間に、思わず顔をしかめて、首を上下左右にゆっくりと回しながら何やら考え込む伊地。
「……斎藤蒼真」
動きを止めて、数秒沈黙してから、苦虫を嚙み潰したような顔で伊地が呟く。
「はい?」
だが、その呟きは受付嬢の耳まで届いていなかったようで、受付嬢が伊地に向かって首を傾げて見せる。
「斎藤蒼真だ! くっそ弱ぇやつだ。どうせまだこの街にいるんだろ?」
伊地は受付嬢にやけくそ気味にそう言い放ち、直ぐに顔をそむける。
「ああ、蒼真さんですか。ええ、いらっしゃいますよ」
受付嬢は伊地の言った人物を頭に思い浮かべながら答える。
「やっぱりいるんだな。で? あいつを引き連れていけば薬草採取なんてしなくて良いんだな?」
「そうですね……」
伊地に言われて受付嬢は蒼真たちのレベルと依頼達成率を思い出す。
最近、蒼真たちのパーティーは何かと話題が多い。
その多くは格上の魔物との不意遭遇がメインである。依頼に出かければ何故か必ずと言っていいほど格上と遭遇し、生還。もしくは討伐している。運がいいのか悪いのか分からないパーティーである。
最近ではダンジョンの新しい階層発見。枯れたダンジョン復活の報告。などがある。
……昔は弱くて堅実なパーティーっていう印象しか無かったけど。最近の功績を考えれば、問題無いかな。
「受ける内容次第ですが、大丈夫でしょう」
初心者を引率して簡単な討伐くらいならば問題は起こらないだろう。
そう判断した受付嬢は伊地に向かって、笑顔を浮かべて告げた。
「蒼真さん。伝言を預かっています」
依頼を終えてギルドに向かうと、開口一番に受付嬢からそう告げられた。
「伝言? 誰からですか?」
蒼真は伝言を頼みそうな人たちを思い浮かべながら受付嬢に問いかける。
ちなみに蒼真が思い浮かべた人たちは主にバイトで世話になっている人物ばかりである。
またぞろバイトの話であろうと見当をつけている。
「伊地 明と名乗っていました」
「……伊地……明?」
だが、伝言主の名前を告げられた蒼真は口を開けてぽかんとする。
「お知り合いだと言っていましたが。違いましたか?」
そんな蒼真を見て受付嬢が問いかける。
「いや、思い当たる、人物は、いるんだけど……伝言? 伊地が?」
伊地明と言われて思い浮かべるのは、生まれ故郷にいるはずの人物だ。
あの村はよく言えば伝統を重んじており、悪く言えば排他的な村だ。
故に多くの者が、例え村から出たとしても、蒼真と会おうとは思わないだろう。
「はい」
「……その、伝言の内容は?」
蒼真は未だに信じられずに、間抜けな表情のまま受付嬢に問いかける。
「宿屋『止り木』で待つ」
「それだけ、ですか?」
「はい。お預かりしている伝言は以上です」
「伊地が? 何でまた?」
「どうやら蒼真さんに引率して欲しいみたいですよ?」
「引率? もしかして初心者依頼の?」
「はい。どうやら薬草採取がお気に召さなかったみたいで」
「ああ……いや、それでもあいつが? 俺に?」
確かに伊地の性格からして薬草採取なんてものは拒否するだろう。
……だが、それ以上に引率を俺に頼むのはもっとあり得ないと思うんだが。
「ええ。私が引率を提案しました。お金の事をご心配されていたご様子だったので、私からお知り合いはいませんか? と、尋ねたところ、蒼真さんの名前が出てきました」
「はぁ。そうですか」
受付嬢が言っている事は分かるし、普通なら自然な流れで納得出来る。だが、それでも『あの伊地が本当に?』 と、半信半疑のまま、蒼真は相槌を打つ。
「ええ。ギルドとしても今の蒼真さんたちなら簡単な討伐ならば問題が無いと判断致しました」
「それは素直に嬉しいな」
初心者の冒険者を引率して簡単とは言え、討伐まで問題ないと判断されている事は自分たちが強くなったのをギルトから認められているようで素直に嬉しい。
「はい。最近のご活躍は目を見張るものがありますからね」
「ははは」
活躍っていうよりは、無理やり巻き込まれているだけなんだがな。
「まぁ、とにかく会いに行ってみますよ」
そう受付嬢に言って、依頼終了の手続きを終えてギルトを後にした蒼真だったが、最後の最後まで半信半疑のままだった。




