番外編。とある男の娘のお話
ファーストにある、とある宿屋。
そこには迷宮攻略を主としている一つのパーティーが宿泊している。
そのパーティーの名前は迷Qs。
迷宮を主としている彼らだが、最近はもっぱら普通の依頼をこなし続けている。
その勢いは凄まじく、依頼料が安い、依頼料が割に合わない、等などの理由で誰も中々手をつけなかった依頼すら片っ端からこなしている。
それもこれも、この間の迷宮攻略で失敗したのが原因である。その失敗で装備と財産の大半を失ってしまった。
その原因と言っても過言ではない、メンス・トーター。彼もパーティーメンバーの為になればと、一人でも出来る依頼を受けようとして……パーティーメンバーに全力で止められた。
表向きの理由は前衛がいない魔法使いでは万一があった場合に危険であるというものである。本当の理由はかなりドジであるメンスを心配してである。
そう説明されたメンスは一理あると納得した。
メンスには敵を察知する能力も、敵から身を隠す能力も、敵から逃げ切れる足の速さもない。仲間たちの言うように運悪く魔物と遭遇すれば危険かもしれない。
ならばせめてアルバイトでもやろうと思い、紆余曲折あったが、かなり給金の高いアルバイトに就く事が出来た。
一緒にアルバイトを探してくれた蒼真と理紗の二人には心から感謝している。
そんなメンスの朝は早い。パーティーメンバーのお弁当を作る為である。
これはとても好評で初日など皆涙を流して喜んだ程である。
考えてみたらパーティーメンバーに野営以外で料理を振舞ったことは今までなかったかもしれないとメンスは思った。
メンスは料理が下手という訳ではない。
訳ではないのだが、時折塩や砂糖などの調味料を間違えてしまうのが玉に瑕である。
ちなみにそれらは仲間たちの口には入らずにメンス自らの胃袋に収まる。
お弁当を作り終えると、洗濯、掃除を済ませ、軽くシャワーを浴びてから出勤をする。
仕事先の喫茶店には誰よりも早く出勤して、軽く掃除をするのが日課になっている。
たまにバケツの水をぶちまける等の失敗をして時間が掛かってしまう為に、時間には余裕を持って出勤している。多くの職場でクビになった自分を採用してくれたこの職場に少しでも恩を返したいのである。
軽く掃除を終える頃になると、店長であり、オーナーでもあるシャルロッテさんが出勤してくる。
そして笑顔と共に掃除の礼を述べられるのと同時に、やんわりとそこまでしなくても大丈夫だと言われる。
『好きでやっている事なので、気にしないで下さい』と毎回メンスは答えてからシャルロッテと一緒にオーナー室で着替える。
最初は普通に男子更衣室を使っていたのだが、何故か男女両方からそれに反対され、オーナー室で着替えるようになった。主に女性陣の反対が大きかった。
店の制服は女性用だがメンスは気にしていない。
男性としてかなり小柄であるメンスは昔から売られている男性用のサイズで衣服は無く、女性物を着ているので抵抗がない。
この店の制服も例に漏れず、男性用の制服では合うサイズが無い。そして、女性用の制服がこのデザインしかないのであればメンスに選択権はない。
お店が開くと、ぽつぽつとお客が入り席を埋めていく。
そのお客の殆どがこの店の常連であり、メンスも何人かと接客を通じて面識がある。
この時間帯はまだ忙しくないのでお客と他愛ない話が出来る。
常連たちはこれが目的で開店前から並んでおり、忙しくなるお昼頃に示し合わせたかのように、まるでそれが当然だと言わんばかりに店を出る。
お昼時はまるで戦場のようである。
ひっきりなしに来店するお客を捌き、やかましい位に鳴り響く呼び出しに駆け付け、次々と仕上がる料理をテーブルに運ぶ。
この戦場でメンスはお世辞にも戦力とは言えない。
むしろ、ドジを加味すれば足手まといですらある。
だから基本的にこの時間帯のメンスは休憩に入っているか、レジに張り付いている。
だが、それも蒼真がいると話が変わってくる。
蒼真はこの忙しい時間帯であってもメンスをフォローする余裕がある。
それだけに留まらず、他の店員のフォローすらやってのける。蒼真がいるといないでホールは随分と変わってくる。
その為、従業員からの評価は高い。
最近はメンスの事を気にしてかシフトに入ってくれる日が増えてその評価を更に上げている。はっきり言って冒険者などより天職である。
その姿を間近で見ている(主にドジのフォローをされている)メンスは蒼真に好意、正確には憧れや尊敬の念を抱いている。
迷宮では命を助けられ、仕事を斡旋して貰った上に、その仕事のフォローすらされている。これで好意を抱かないのは恩知らずと言う物であろう。
その日、シャルロッテからそんな憧れの人物と敵情視察を頼まれた。
何でも最近オープンした喫茶店が気になるらしい。
もちろん、迷いなくメンスは頷いた。
「……う~ん」
次の日、時刻はそろそろ夕方になろうという時間帯、シャルロッテから服を買ってもらったメンスは職場の喫茶店で珍しく難しい顔をしていた。
「どうしたの、そんな難しい顔をして」
そんなメンスに先輩である女性従業員が声を掛ける。
「あっ、レインさん」
「何、何、何か悩み事? お姉さんが相談にのってあげようか?」
ニコニコと人懐っこい笑顔を浮かべたレインがメンスに問いかける。
店内は随分と空いていて暇つぶしにお喋りでもしようとレインはメンスに声を掛けたのである。
「あの、その、可笑しなことを聞いても良いですか?」
「ん? 何、何?」
「ボクって『女の子』のように見えますか?」
「ん?」
レインはメンスの言っている事の意味が理解できなかった。
「……やっぱり難しいですかね?」
そんなレインの反応をどう捉えたのかメンスが小さくため息を吐きながら言う。
「いやいや、何言っているの? メンスちゃんはどこからどう見ても女の子だよ?」
むしろ、男の子には見えない。と言うか、未だに信じられない。とレインは心の中で思う。
「本当ですか?」
「本当、本当。それで? それがどうしたの?」
「実は、シャルロッテさんに言われて新しく出来た喫茶店に偵察に行くんですけど」
「ふんふん」
その喫茶店の事はレインも知っている。
だが、わざわざ視察に行くほどの事では無いと思う。
「それで、その視察にせんぱいと二人で行く事になったんですが」
「先輩?」
「あっ、蒼真せんぱいです」
「ほほぉ~」
そう言えば、メンスが休まなくてシャルロッテさんが心配しているという話を人伝に聞いたのをレインは思い出した。この偵察はきっとメンスを休ませる為の方便なのだろう。
シャルロッテさん、あんな図体と顔をしているのにかなり優しくて気配りさんだからなぁ。本人が働きたいって言っているんだから気にしなければ良いのに。まぁ、そこがシャルロッテさんの良い所でもあるのか。
「それで、シャルロッテさんが、どうせなら恋人同士を装って偵察してきたらどうか? と言い出して……」
「こ、恋人同士っ?」
困ったように苦笑いを浮かべてはいるが、何故か満更でも無さそうに見えるメンスから出てきた言葉にレインは思わず上ずった声をあげる。
えっ!? 蒼君とメンスちゃんが恋人を装う? そ、それは流石に洒落になっていないんじゃ……理沙が知ったら、発狂しそう。
仲の良い理沙から何度か恋愛相談されたレインは心の中で理沙に同情する……下手をすればライバルがまた増えそうだなと。
「や、やっぱり無理がありますかね?」
「あっ。大丈夫、大丈夫。ちょっと驚いちゃっただけ……」
レインは不安そうにこちらを見つめるメンスを見る。
……うん。どこからどう見ても女の子。というか美少女。これと見比べられたくないなぁ。
「うん。どこからどう見ても可愛い、可愛い。美少女にしか見えないね。ん? と言う事はメンスちゃんが女の子役をするの?」
まさか蒼真に女装をさせないだろうと思って、確認の為にレインは問いかける。
「あっ、はい。それで、ボクがちゃんと女の子に見えるかどうか、不安で」
「あ~。それで難しい顔をしていたんだ」
何ともまぁ無駄な事で悩んでいるものだとレインは思う。
「はい。服はとても女の子らしいものをシャルロッテさんが買ってくれたんですけど……正直、男のボクが着ても似合うかどうか不安ですし」
言って大きくため息を吐くメンスを見てレインは少しばかりの殺意を覚えた。
……落ち着け、私。メンスちゃんはきっと本気で悩んでいるんだから、落ち着けぇ……後、これに嫉妬とか覚えても仕方ないぞ私。落ち着け。
「……う~ん、だったらさ、お化粧。してみる?」
レインは心を静めながらそうメンスに提案する。
「お化粧、ですか?」
「うん、そう。お化粧。お化粧は凄いよ、メンスちゃん。女は化粧で化けるとまで言われるからね。女が化けるなら、きっと男でも化けられるよ」
「そ、そうなんですね」
「そうそう」
「そ、それじゃ、教えて貰っても良いですか?」
「もちろん。それじゃ、お仕事終わったら早速教えてあげるね」
「はいっ。レインさんありがとうございます」
こうしてメンスは人生で初めて『女装』をする事になった。




