第57話
「くっ、あの店員め、外から見えない席に二人を案内しおって! ……妾たちも店内に突入するべきか?」
大きな帽子を目深に被ったラミアが慌てた様子で、隣にいる理紗に声を掛ける。
「今かかっている魔法って、もし隣の席に案内されても大丈夫なの?」
そう問いかける理紗もラミアと同じように大きな帽子を目深に被っている。帽子の下から覗くその表情は少し呆れているようである。
今、二人にはラミアがかけた認識阻害の魔法がかかっている。
「当たり前じゃ……と、言いたいところじゃが、そこまで親しくない相手ならば兎も角、親密といえる間柄の蒼真にはバレる可能性が高い」
今、二人にかかっている認識阻害の魔法は、見た相手が二人だと認識しづらくする効果がある。
あまり会えない友達位の親密度ならば注意深く二人を見ないと二人とは分からないだろう。
かなり親密な間柄であってもパッと見では、まず気づかない。
だが、少しだけ意識して(例えば、隣の席に座った相手を気にして横目でちらりと見れば気づくレベル)二人を見れば気づかれてしまう。
「だよねぇ。だから、こうしてこそこそと後をつけている訳だし、と言うことで外で待機ね……あ~あ、うちもメンスちゃんと遊びたかったなぁ」
言って、やれやれとベンチに腰を掛ける理紗。
「――ちっ、篭絡されおってからに」
しかめっ面で理沙にそう吐き捨てるとラミアもベンチに腰を掛ける。
だが、その目線は蒼真とメンスが入っていった喫茶店から動かない。
「なんて言ったって、メンスちゃんは可愛い、可愛い『後輩』だからね!」
腕を組み、何度も頷きながら嬉しそうに言う理紗。
「蒼真もお主も、たかが言葉一つで浮かれおって、全く情けない」
そんな理紗を横目で見て、ラミアは苛立たしげに捲し立て、はぁ~と大きなため息を漏らす。
「そもそも、ラミアちゃんはメンスちゃんの何がそんなに気に食わないの? いい子だよ? あの子」
「あやつは蒼真に色目を使っておる」
言って、喫茶店の壁越しにメンスを射殺さんとばかりに、きつく目を細めるラミア。
「色目って」
そんなラミアの言葉に理紗は思わず苦笑する。
理沙が思うに、メンスが蒼真に向けている感情は尊敬や憧れに近い。
「そもそも、メンスちゃんは男の子だよ?」
そんな内心は説明せずに、理紗は一般論を述べる。
普通に考えれば同性に色目を使う事はないだろう……まぁ、絶対とは言い切れないのだが、そこは確率の問題であり、言いだしたらキリがない。
「たかが、同性である事が好意――恋心を抱かない理由にはならんじゃろ?」
さも当然の考えであるとばかりに、ラミアが言い切る。
だが、そんな事は理沙も知っている。知っていて、メンスはそうではないと思っているのだ。確率の問題でもあるし、そんな事ばかり考えていると、蒼真の周りにいる全ての人が敵になってしまう。
理紗は自分の考えを述べようと、口を開き……止めた。多分、今のラミアには何を言っても意味が無いだろうから。
メンスは一言で言えば純粋だ。
幼い子供のように男女の垣根は低く、純粋な好意を相手に抱くだろうし、またそれを恥じることなく相手に告げるだろう。
だからダンジョンで、職場で自分を助けてくれた蒼真に好意を寄せているのだろう。事実、職場で助けている理紗にもメンスはとても懐いている。
「そんな事を言いだしたらキリが無くない? それこそ、蒼ちゃんと拓也だって仲が良いよ? それこそ、メンスちゃんよりも良いんじゃないかな?」
伊達に長いこと幼馴染をやっている訳ではない……まぁ、このままメンスと付き合っていくのなら、もしかしたら、いずれは逆転してしまいそうな勢いではあるが。
「――あの変態と蒼真が恋仲になったら妾は自害するわ」
顔をこれでもかと歪めてラミアはそう吐き捨てる。
「あはは、それだとカリナちゃんも巻き込んじゃうねぇ」
「安心せい。カリナも妾と同じ気持ちじゃ……そもそも、お主もそうなったら生きていけんじゃろ?」
「……まぁ、そうかも」
一瞬。蒼真と拓也が自分そっちのけでいちゃついている場面を想像してしまい、思わず、ラミアに負けないくらいに顔を歪める理紗。
「というか、今更だけれど、ラミアちゃんも蒼ちゃんの事が好きって事で良いの?」
理紗は嫌な想像を振り払うように、一度頭を振ってから、話題を変えたかったのか、唐突に問いかける。
ここまで態度で示されれば本当に今更ではあるが、ラミアから公言された事はない。
「……これはカリナの気持ちじゃ……と、言いたいところじゃが、最早妾にも判然とせん……仮に、そう仮に妾が蒼真の事を好いていたとしても――妾には蒼真を思う資格がない」
言って、悲しそうに俯くラミア。
「ふ~ん」
ラミアが蒼真を殺しかけたという事は知っている。というより、本人から聞かされた。確かにその時に、思うところがなかったと言えば嘘になる。
ただ、現場にいなかったからか、それ以上の悪感情を抱くことはなかった。
だって、蒼真は死にかけた気配など微塵も感じさせずピンピンしていたし、それこそ、この前のエルフの少女エルとの事件のほうが理紗としては余程憎らしい。
……あのクソエルフ、今度会ったらただじゃおかないんだから……まぁ、もう会うことも無いだろうけど……ない、よね? 蒼ちゃん。
「妾の事より、お主は蒼真に想いを告げんのか?」
内心でエルに毒づいていると、ラミアが理紗に問いかける。
「う、うち?」
その問いかけに理紗は思わず上ずった声を上げる。
「そうじゃ」
「な、なんの事?」
「じゃから、お主は蒼真に想いを告げぬのかと、聞いたのじゃ?」
「う、うちは別に――」
「――何とも思っていないとでも言うつもりか?」
「……」
「本当にそれで良いんじゃな?」
沈黙した理紗にラミアが真剣な面持ちで問いかける。
「……良くない」
そんなラミアに向かって、理紗は小さく呟く。
「なら、他人の恋路などに首を突っ込んでおる暇はないじゃろ?」
「……はぁ~。まぁ、そう、なんだけどさ」
大きくため息を吐き、頬杖をつく理紗。
「ならば、さっさと告白せんと、二人の婚約者に取られてしまうかもしれんぞ?」
「したよ。ずぅ~っと前に……まぁ、うちの想いは正確には伝わらなかったけど」
まだ村にいた頃に意を決して、告白して蒼真に自らの想いが伝わらなかった事を思い出して理紗は顔をしかめる。
「なら正確に伝わるまで繰り返せば良かろう?」
「それが出来たら苦労はしないよ……それに」
幼馴染だからこそ分かる事もある。今の蒼真はきっと、誰の想いにも答える気はないだろう。
「それに?」
「……ううん。何でもない」
ただ、そんな事は言う必要も、言ってあげる必要もない。
これはきっと、自称婚約者の二人よりも自分のほうが蒼真という人間を理解しているというアドバンテージ。
蒼真は自分自身に対する評価、というより、価値観が低い。だから、簡単に命を投げ出すような行動をする。
だから、二人に告白されても、無意識的に自分なんてと考えて首を縦に振らない。
そうなってしまった原因は分かりきっている――生まれ故郷である、あの最低最悪の村のせいだ。
「何じゃ、言うてみ? このままでは気持ち悪いじゃろ?」
「本当に、何でもないの。忘れて」
言って、理紗は苦笑を浮かべた。




