第55話
噴水のある広場で蒼真は一人佇む。
噴水という分かりやすい建造物がある為、周囲には老若男女様々な人が、待ち合わせとして、一時の涼を求めて、または日々の憩いの場所として利用している。
蒼真も今までに何回か待ち合わせ場所として使った事がある。何せ、この街では有名である。
だが、本日待ち合わせしている人物は、この場所を知らなかったらしく、だったら待ち合わせ場所を変えよう、それこそ二人がよく知っている喫茶店にでも――と、提案した所、何故かその喫茶店のオーナーに拒否されてしまった。
そのオーナー曰く『デートとは待ち合わせ場所も重要である』との事。
デート。そう、デートである。
蒼真的にはデートというよりは普通に遊びという感覚だが、傍から見たらどうやらデートという事になるらしい……デートという定義は一体どうなっているのだろう?
ともあれ、蒼真は本日とある人物、可愛い可愛い後輩と待ち合わせをして喫茶店(店員として働くことがある店ではない)でお茶をする予定である。
もっとも、本来ならば三人を予定していたのだが、三人目が本日は都合がつかないらしく、こうして二人きりでデートという形に相成った。
蒼真はちらりと噴水の近くに建てられた大きな時計を見遣る。
時刻は午後一時十五分を過ぎた所。ちなみに待ち合わせの時刻は午後一時である。つまり十五分程過ぎている。
約束した時刻をオーバーしている事に対して、蒼真には相手に対して怒りという感情は皆無。
……不安だ。
蒼真の胸中は怒りより、不安や、心配しかない。
何せ待ち合わせをしている人物のドジっぷりは、蒼真が知り合った人の中では二位を大差で突き放して堂々の一位。もうこれ程の人物は今後一生現れないのでは無いかと疑うレベルである。
迷子になっているのではないか? どこかで転んで怪我でもしているのではないか? 何かトラブルが起きているのではないか?
そんなよくない考えが次々に浮かんでは蒼真の胸中を埋めていく。
だから待ち合わせ場所なんて二人が知っている喫茶店にしておけば良かったんだ。
蒼真は小さく舌打ちをすると、きょろきょろと周囲を見回す。
もしかしたら蒼真が気づいていないだけで既に相手はここにいて人ごみに紛れ込んでしまっているのかもしれない。待ち合わせ相手の背丈はお世辞にも高いとは言えないのだ。
すると、広場に続く道の一つに数人の男達で作られた集団が見えた。
人の集団という意味では何も不自然ではない。
だが、その男たちの集団はまるで誰かを囲い込むかのように形成されていて、しかも不自然な事に前を歩く男たちは皆、器用にも後ろ向きで歩いている。
蒼真は、まさかとは思いつつもその集団へと歩み寄る。
近づくに連れて聞こえてくる男達の言葉は何やら誰か(どうやら異性みたいである)を遊びに誘っているらしく、蒼真が頭に過ぎったナンパ集団であるのは間違いが無さそうである。
男達の隙間から時折見えるナンパをされている人物は納得の美少女であり――蒼真の待ち人であった。
どうやら口説いていたのは、異性ではなかったみたいである。
「おっと――失礼っ」
それを目にして、蒼真はすぐさまにその集団の中に無理やり割って入る。
「――せんぱいっ」
すると、囲まれていた蒼真の待ち人、こと、メンスが嬉しそうに声を上げて蒼真を見る。
「よう、後輩」
そんなメンスに蒼真は軽く手を上げて答える。
「あの、その、遅れてすみませんっ」
言って、メンスは申し訳なさそうに頭を下げる。
「気にすんな――実は俺も今来たばかりだ」
しれっとそう嘘を吐いて、蒼真は気まずそうに頭を掻く。
「そ、そうだったんですね。良かった」
言って、ほっと胸を撫で下ろすメンス。
うん、可愛い、可愛い。これは思わず口説いてしまっても仕方がない。
「――おいっ! 無視してんじゃねぇぞ!!」
そんなやり取りをして蒼真とメンスが二人の世界に入っていると、それが気に食わないのか、さっきからガヤガヤと騒がしかった外野が蒼真の肩を後ろから、むんずと乱暴に掴んだ。
「んっだよ?」
蒼真は苛立たしげに舌打ちを一つすると、無理矢理にその手を振りほどくと、億劫そうに振り返る。
「てめぇ、舐めてんのか? ああ?」
すると、蒼真の目の前には金髪で指に沢山の指輪をジャラジャラとつけた、先程まで、というより今尚もメンスを囲んでいる男達の一人が威嚇するような声を上げる。
「やんのか、おい?」
赤い髪の毛をした背丈が一番低い男が、これみよがしに拳を握り締める。
「上等だよ、おら」
青い髪の毛をした背丈が一番高い男が、蒼真を見下ろして睨みつける。
「おいおい、お前らは血の気が多いな。ほら、てめぇ、とっとと謝っとけ。今なら許してやるからよ」
緑色の髪の毛をした一番恰幅の良い男が服の裾で汗を拭きながら、にちゃっと気持ちの悪い嘲笑を浮かべる。
「そうそう、それが一番。もっとも、その娘は置いていってもらうけれど」
紫色の髪の毛をした一番痩身の男が陰気な笑みを浮かべて言う。
「ふむ」
そんな五人衆をぐるりと見渡す蒼真。
見える限りでは五人とも武器らしい武器は持っておらず丸腰。
その佇まいは素人のそれであり、冒険者ではないであろう。
よしんば冒険者だとしてもレベルもランクも低いであろう。
……これなら何とかなりそうだな。でもなぁ、騒ぎになるのは面倒くさいなぁ……そもそも、ここには「娘」はいないのでこのままメンスを連れてここから消えても問題は無いのでは?
メンスを囲んでいるのを見たときは、
『全員ぶっ飛ばしやる!』
と、内心で激しく憤った蒼真であったが、メンスと会話をしている間に随分と落ち着いた今現在では、ただただこういった輩の相手をするのは面倒である。
「何とか言えよ! コラッ!」
気だるそうに腕を組んで眉間にシワを寄せた蒼真に苛立ったのか、顔立ちも身長も平々凡々とした金髪の男が怒声を上げて蒼真の胸ぐらを掴みかかろうとした、その瞬間。
蒼真は条件反射で思わず、胸ぐらを掴みかかろうとする男の顔に一撃を入れてしまった。
「――あっ」
しまった。という蒼真の声と、くぐもった声を出してその場に膝から崩れ落ちる金髪の男。
暫しの静寂。
「おい! おい!」
「コラッ! おい! コラッ!」
「ちょっ! テメェ! おらっ!」
「やりやがったな! おいっ!」
暫く呆気に取られていた赤、青、緑、紫だったが、ようやく現状を理解出来たのか、凄まじい剣幕で蒼真を怒鳴りつける。
「……はぁ」
蒼真は顔を押さえて蹲り、小さな声で『痛てぇ、痛てぇ~』と呻く金髪を見下ろして、大きくため息を吐く。
「せ、せんぱい」
メンスが不安そうな声を上げる。
それに対して蒼真は振り返らずに、心配するなと言わんばかりに、ひらひらと手を振ってみせる。
「くたばれ! おら!」
やいのやいのと蒼真に罵詈雑言を浴びせつつも一向に殴りかかってこなかった四人ではあったが、ついに我慢の限界がきたのか、赤髪が大声を上げながら蒼真に向かってくる。
赤髪はその低い身を更に低くして、蒼真の足を取ろうとタックルをしてくる。
そのあまりにも素直すぎる直線的な動きに蒼真はとりあえず、横に避けてみる。
蒼真としては当然、避けられた後にあるはずの何かしらの動きに気を払っていたのだが、赤髪は蒼真のいた場所に無様に、いや、華麗なヘッドスライディングを決める。
「――っ。このっ! 避けるな!」
すぐさまに立ち上がった赤髪が、怒りか、それとも恥じらいなのか、顔を真っ赤にして叫ぶ。
「いや、普通避けるだろ」
言うが、早いか、蒼真は、ご自由にどうぞと言わんばかりに絶好の高さにあった赤髪の腹部に蹴りを入れる。
「――上等っ」
無言で腹を抱えながら、苦悶の表情を浮かべて倒れた赤髪を見て、青髪が額に血管を浮かべて殴りかかってくる。
だが、蒼真は振り下ろされた拳を難なく避けると、青髪の懐に潜り込み、無防備な腹を殴りつける。
「――ぅぇっ!」
青髪も苦悶の表情を浮かべてその場に膝をつく。
「ぐふふ、おいおい、随分と腹パンにご執心じゃねぇ~か。何か腹に恨みでもあんのか? おぉ?」
倒れた三人を見て、緑髪は自らの肥大化した腹を自慢げに両手でパンっと叩いて、ねっちゃり、と粘着質な笑みを浮かべる。
「まっ、俺には効かないだろうがな――試してみるか? ん?」
言って、腹をこれみよがしに突き出すのと同時に拳を握り締めて、ゆっくりと蒼真に近づく。
「あっ、じゃあ、遠慮なく――」
言って、蒼真は突き出された腹――ではなく、顔面を殴りつける。
「っ! て、てめぇ!」
激高した緑髪が痛みで顔を歪めながらも反撃の拳を繰り出す……が、如何せんその動きは蒼真からしたら随分と緩慢な動きで、繰り出された緑髪の拳が届く前に二発目のパンチを顔面にお見舞いする。
「おっ、他の奴らよりは頑丈だな」
一発で沈んだ三人とは違って、未だに立っている緑髪を見て、思わず蒼真は呟く。
「っ! オラッ!」
緑髪は再び痛みに顔をしかめながらも反撃の拳を蒼真に放つ。
が、蒼真はそれをひらりと躱すと、三度緑髪の顔面に拳を叩き込む。
「ぅ! もう許さねぇ! ぞっ!」
痛みを誤魔化そうとするように大声を上げて、懲りずに蒼真に向かってくる緑髪。
「……めんどくせぇ」
蒼真は向かってきた緑髪の拳を軽々と避けると、拳を空振って少し前のめりになったその足を思いっきり引っ掛ける。
足を引っ掛けられて、つんのめりながらも踏ん張って転倒を防いだ緑髪。
だが、その背後にいた蒼真が、それは許さんと背中を蹴りつける。
背中を蹴られた緑髪が無様に転ぶ。
蒼真は転んだ緑髪の横っ腹に蹴りを一発入れる。
「――ぐぼっ」
何やら汚い音を立てて緑髪が苦悶の表情を浮かべて、ようやく動きを止める。
そんな緑髪に蒼真は念の為と反対側の横っ腹にも蹴りを入れる。
「――ぅぐっ」
すると、その場で体をくねらせて悶え苦しみ出す緑髪。
これで暫くは起き上がらないだろうと判断した蒼真は残り一人を片付けようと振り返る。
「……あれ?」
だが、そこに先程までいた紫色の髪の毛をした男は見当たらず、蒼真はぐるりと周囲を見回す。
「――あっ、おいっ!」
すると、痛みから回復したのか、金髪の男が鼻を押さえたまま、コソコソとこの場所から一人で退散しようとしているのを目にして思わず蒼真は声を掛ける。
蒼真に声をかけられた金髪はびくりと肩を震わせて振り返り、
「っ――お、覚えていろよっ!」
そう一方的に捲し立てると、一目散に逃げ出した。
「……えぇ。せめて仲間の回収くらいしてやれよ」
蒼真は未だに地面に蹲っている、赤、青、緑の三人をどうしようかと考え、
「まっ、放置でいっか」
そう結論づけた。
「んじゃ、行こうか。後輩」
言って、蒼真は何事も無かったかのように、メンスに手を差し出す。
「あっ、はい!」
メンスは差し出されたその手を嬉しそうに取って、そっと、握り締めた。




