第54話
ダンジョン攻略から一週間経ったある日、蒼真と理紗はギルドの掲示板でアルバイトの求人を眺めていた。
……金がない。
その理由は至って簡単で、蒼真たちはこの前のダンジョン探索で大赤字を叩き出した。
何せ、そこそこの投資をしてダンジョンに挑んだものの、魔物の素材や薬草の材料等などには目もくれずにダンジョンの最深部まで最速で到着。
メンスを救出してからはリーンの補習が始まり、結局は皆、ボロボロになっても倒しきれずに撤退。
ラミアが倒した一匹は面影も無くなる位に丸焦げ(ほぼ炭と化していた)で素材としての価値は無く、唯一入った収入がメンス達のパーティーから貰った謝礼のみ。
これでは赤字にならないほうが可笑しい。
そんな赤字の補填をするべく、蒼真と理紗は求人票とにらめっこをしている。
ちなみに蒼真たちが倒しきれなかった大蛇だが、丁度蒼真たちが撤退するのと入れ替わりで、メンス探索依頼を受けた複数のパーティーが現れて、どうにかこうにか討伐してしまった。
これを見て、リーンが苦々しく『もう少し早く撤退して、ラミアちゃんが力技で作った入口を塞いでおくべきでした』と言ったのを蒼真たちは耳にして、心の底から討伐したパーティーに感謝した。でなければ暫くはあの大蛇と戦わされていた事は間違い無い。
「蒼ちゃん、今回はどんな仕事する?」
張り出された『依頼』という名の求人票から目を離さずに理紗が問いかける。
「そうだなぁ。今回は何をするか」
問われて、蒼真はざっと求人票に目を通す。
接客、調理、警備、引越し、雑用、等など、多種多様の求人が張り出されている。
「……っていうか、どれもこれも馴染みの所ばっかりだな」
その多種多様の働き先だが、蒼真はどれもこれも何度もこなした事がある。こなしすぎてどれもこれもかなり優秀になってしまったくらいである。
「だねぇ。最近はかなり減ったけど、うちらって少し前まで冒険者やっているより、アルバイトしているほうが長かったし」
「どんな依頼より安全に金が入るからなぁ。ランクが上がらなければ未だにアルバイト中心だったんじゃないか?」
「あははは、かもね。上がっていなかったら、今頃は冒険者なんて辞めて、正社員目指してたかもねぇ」
「ははは……いや、もうちょっと頑張っていたと思うぞ……多分」
とは口に出して言ってみるものの、内心では『有り得た。というよりあのままではそうなっていた確率が高いよな』と考えて、蒼真は思わず頬を引きつらせる。
「リーンちゃん様様だねぇ」
「だなぁ」
「……あ、あの」
今は拓也とラミアを引き連れて補習に行っているリーンに二人が思いを馳せていると、どこからともなく声を掛けられた。
「ん?」
蒼真がその声に振り返ると、そこには最近知り合った、一人の男の子がいた。
日に焼けた褐色の肌、心配になる程の短いスカート。それを補うように穿いた黒いニーソックス。そのスカートとニーソックスの間から晒された肌は白く、それを隠すようにきゅっとスカートの裾を握り締めている。
「ああ、メンスか」
「メンスちゃん、こんにちは」
蒼真はその人物がこの前に助けたメンス・トーターと理解して、片手を上げて挨拶をする。
男。と聞いて、思わず蒼真は何故そんな格好をしているのか聞いてみたところ、どうやら男物では合うサイズがほとんどなく、女性物のほうが合うサイズが多いためにそうなってしまうらしい……まぁ、蒼真からしてみればパーティーメンバーの意向を強く感じられるのだが本人には黙っている。
「こ、こんにちは」
はにかみながらメンスはそう言って、ぺこりとお辞儀をする。
「メンスも依頼探しか?」
「えっと、はい、そのつもり、何ですけど……」
「何ですけど?」
「その、今回は少しアルバイトをしようと思って、まして」
「アルバイト? メンス達が?」
蒼真が聞いた話ではメンスが組んでいるパーティーはダンジョン探索をメインにしていて、普通の依頼はほとんど受けないらしい。それで利益が取れているんだから蒼真からしたら羨ましい限りである。
それを聞いていた蒼真は普通の依頼すらあまり受けないパーティーがアルバイトを探しているという事に少し驚く。
「……はい」
そんな蒼真を見たメンスは気まずそうに目を伏せて、スカートの裾を強く握り締める。
「そういや、他のやつらが見当たらないけど?」
メンスと出会ったのはつい最近だが、ダンジョンではぐれた時以外はパーティーの誰かがメンスの傍にいた。
だが、その姿が今は一人も見当たらず、蒼真は何となく問いかける。
「その……依頼……です」
「ん? メンスは?」
「ボクは、その……お留守番、です」
「一人で?」
「……はい……皆、それぞれ違う依頼を受けて、ボクは、まだ、この前の事があるので、休んでいろって」
「ふぅ~ん?」
「でも、パーティーの資金が無くなったのはボクのせいなので、ボクも力になりたくて……」
「メンスのせい?」
「はい。この前の事で皆装備とか傷ついちゃって、その修理費とか、ボクの捜索費用とかでお金が無くなっちゃったんです……」
「あ~。メンスも含めてボロボロだったもんなぁ」
蒼真は満身創痍だったメンスのパーティーを思い出した。しかも、メンスを保護してから直ぐにパーティーも帰還したので、他の捜索に来た冒険者たちと違って大蛇の討伐報酬も無い。これは蒼真たち以上の赤字であろう。
これならばパーティー総出で金策に走るのも納得である。
「はい。だからボクもアルバイトをして少しでも稼ごうと思って」
言って、俯くメンス。
「……ふむ」
蒼真はそんなメンスを見て、暫し考えて、
「メンスはアルバイトを今までにした事があるのか?」
と、問いかける。
蒼真は今のメンスが不憫に思ったのだ。自分のせいで金欠になったのに、パーティーメンバーからは休んでいろと言われてしまったメンスの心の中は罪悪感でいっぱいだろう。
それを少しでも軽く出来ればと蒼真は思った。
「……いえ」
答えて、軽く首を横に振るメンス。
「んじゃ、俺らと一緒に働くか?」
「えっ?」
その言葉を聞いてメンスが驚いたように顔を上げる。
「勿論、メンスが良ければだがな」
「あ、あの。ご迷惑、じゃない、ですか?」
「俺たちも丁度アルバイトを探していたからな」
「えっと……それじゃ、その、よろしくお願いします」
「おう、任せろ。新人のフォローなんて初めてじゃないしな。まっ、大船に乗ったつもりでいてくれ」
言って、胸を叩く蒼真。
「――ご、ごめんなさいっ」
経験があった。
「――ひっ!?」
実力もあった。
「――きゃんっ」
自信もあった。
「――わわわっ」
信頼もあった。
「……うぅ」
だが、それら全てが偽物で、ハリボテで、まやかしであるという事を蒼真は思い知らされた。
「ごめんね。うちじゃちょっと無理だわ」
申し訳なさそうに眉根を寄せてそう告げる男。
「本当にごめんね……斎藤君と相田さんだけなら大歓迎だったんだけど」
最後は小声で蒼真だけに聞こえるように言うと、静かに扉を閉めた。
……はぁ。これで何件目だったか。
蒼真は内心でため息を吐く。
二日、メンスをバイトに誘って二日経った。
今まで何件も求人票から選び、はたまた蒼真や理紗のツテを頼りに何件もバイトに精を出したが、得られた給金はゼロ。その理由は分かりきっている。
「……ご、ごめんなさい」
言って、今にも泣き出してしまいそうな顔でリンスが蒼真たちに謝罪する。
そう、メンスのせいである。
メンスが事あるごとに問題を起こすのである。
皿洗いをさせれば皿を割る。接客をさせれば客を怒らせる。商品を並べなければいけないのに何故か散らばる。腕力が無い為に肉体労働に向かない。しょっちゅう躓き転ぶ。その度に皿が、商品が、備品が、食材が、様々なものが被害を受ける。
端的に言うと、メンス・トーターは『ドジ』なのである。
その事に蒼真はメンスと会ったあの時から薄々気がついてはいた。何せ、あんな見え見えの罠に引っかかる人物である。
だが、それを考慮しても蒼真と理紗ならどうとでもなると思っていた。
伊達にバイト歴が長い訳ではない。経験も実力も自信も信頼もあった……だが、結果をみれば蒼真と理紗の敗北である。
いや、傍から見れば、メンスが出した被害を蒼真たちの給金で補填出来ているので辛うじて引き分けといえなくもない。
「大丈夫、大丈夫。人間、苦手なものが一つ、二つはあって当たり前だよ」
項垂れたメンスを理紗が慌てて慰める。
「でも、また、ボクのせいで、お二人に迷惑を……」
言って顔を上げたメンスの目から涙が零れ落ちる。
「ああ、もう。大丈夫、大丈夫だから、泣かないで、ね」
そんなメンスを見て、理紗が慌ててハンカチを取り出して、涙を拭う。
「……でも……でも……」
だが、一向に泣き止む気配がないメンスを見て、理紗が目で蒼真に助けを求める。
……う~ん。
蒼真はメンスでも出来そうな仕事を考える……が、何も思い浮かばない。というより今までも出来そうなものを選んでいるのだ。そう簡単に思い浮かぶならもうとっくに口に出している。
泣き止まないメンス。それをあやす理紗。考える蒼真。
……何も思い浮かばい。こうドジだと何をさせてもダメなような気がする……よくこんなんで冒険者で稼げているな。
メンスには魔法の才能があり、冒険者としてはその才能とパーティーメンバーのフォローで成功している。
もし、メンスがドジでなければ歴史にその名を残していたかもしれない。
……ドジでも出来る仕事……ドジ……ドジ……ド、ジ?
ふと、一人の人物が蒼真の頭の中に浮かぶ。
あそこなら、もしかしたら。
そう思い、改めてメンスの姿を見つめる蒼真。
見た目はおろか、声すらも言われなければ、否、言われたとしても男とは中々信じられないほどの美少女である。
……ふむ。これならいけるか?
「なぁ、メンスが嫌じゃなければ、働けそうな所に心当たりがあるんだが」
ここがダメならもう蒼真にはどうすることも出来ないだろう。そう思って、蒼真はメンスに問いかけた。
昔からボクがドジなのは自覚していた。
皆が当たり前にやっている事が出来ない。そのせいで周りがボクに気を使っているのが分かった。
悔しかったし、悲しかった。
だけれど、魔法が使えるようになって、ボクの世界は変わった。
皆が出来ない事がボクには出来たし、誰も彼もがボクを褒めてくれた。
だから、ボクも少しはまともになった思っていた……そう勘違いしていた。
ダンジョン探索では罠に掛かって死にそうになり、そのせいでパーティーのお金が無くなり皆に迷惑を掛けた。皆の負担を少しでも軽くしようとしたら、蒼真さんと理紗さんに迷惑を掛けてしまった。
……こんなボクでも本当に大丈夫なのかな?
更衣室で着替えながらメンスは考える。
さっき軽く説明されたけど、このお店でのボクの仕事はウエイトレスらしい。だけど、ウエイトレスなら何度かやったけれど、全部ダメダメだった。
「……はぁ~」
着替えを終えたメンスは大きくため息を吐く。
蒼真さんと店長さんは大丈夫って言っていたけれど……これがダメならアルバイトは諦めるしかないのかな……はぁ~。そうなったらどうやってお金を稼ごう。
メンスは悶々としたまま更衣室を後にした。
「――あっ」
「――おお」
メンスが転ぶ。その度にスカートが捲れて黒いスパッツが丸見えになる。
「――ひっ」
「――おお」
メンスが食器を落とす。その度に慌てふためく。
「――ご、ごめんなさいっ」
「――おお」
メンスがお客に飲み物を零す。その度に目に涙を浮かべる。
蒼真がここならばと、紹介したアルバイト先だがメンスはここでも本来の仕事を全くこなせていない。
だが、今までのようにメンスを不快に思ったり、怒ったりする人間はいない。むしろ、メンスを好ましく思っている人しかここにはいない。
食器関連もここは陶器製でなく、どんなに落としても割れる事はない……まぁ、落としてしまった食べ物や飲み物はどうしようもないが。
「いいわぁ。あの子、逸材ね」
言って、満面の笑みを浮かべるメイド服を着た屈強な中年男性。
この男性こそ、この店、メイド喫茶店の主人であるキッド・トゥイーニー。
メイド喫茶。という名のとおり、女性従業員は皆メイド服を着て働いている。
ただ、一般的なメイド服よりスカートのフリルが多く丈が短い。理紗はこのメイド服を可愛いと評していた。
変わっているのは制服だけではなく、この喫茶店、イベントとして時折、客を罵ったり、冷たい態度を取ってみたり、はたまたお客を『お兄ちゃん』と呼んで甘えてみたり、女性店員とお客が対面で話したりと様々な試みをしている。
そんな場所ならばもしかしたらと思って、メンスを連れてきたのだが、どうやら店長はメンスを気に入ってくれたみたいで蒼真は胸を撫で下ろす。
「そう言って貰えると本当に助かります、キッドさん」
そんな店長に執事服を着た蒼真が礼を告げる。
「もぉっ! 蒼真ちゃん! 私の名前は『シャルロッテ』よ。シャルって呼んでもいいわよ」
言って、胸に付けたネームプレートを摘んで蒼真に見せるキッド、もとい自称シャルロッテ。そのネームプレートにはやけに丸みを帯びた可愛らしい文字でしかもカラフルに『シャルロッテ』と書かれている。
「ああ、そうでしたね、シャルロッテさん」
「もぉ、シャルって呼んでくれても良いって言ったのに、蒼真ちゃんは恥ずかしがり屋さんね」
身をくねらせながらそう言って、蒼真の肩を叩くシャルロッテ。
「――痛いっ、痛いですっ。シャルロッテさん」
その力強さに思わず蒼真は顔をしかめる。
「もぉ、おおげさね。そんなに力は入れていないわよ」
言って、頬を膨らませるシャルロッテ。
「……ははは」
そんなシャルロッテを見て蒼真は苦笑いを浮かべる。
このシャルロッテ、元一流の冒険者であり、全盛期のレベルは67。衰えたとはいえ、今の蒼真たちでは逆立ちしても勝てない強さである。
「そ、蒼真さんっ。これ、二番卓と三番卓の注文です」
忙しそうにバタバタと足音を立てながらメンスが蒼真に伝票を手渡す。
……ん? これって、二番卓と三番卓逆じゃないか?
二番卓と三番卓にいるのはどちらとも常連であり、だいたい同じメニューを頼む。その頼むメニューが伝票では二番卓と三番卓で逆なのである。
「う~ん。了解」
恐らくメンスがやらかしているのだろうが、あの二人ならばこれくらいの事では怒らないだろうと思い、蒼真はそのまま伝票をキッチンへと運ぶ。
『お疲れ様っ。またいつでも来てね、大歓迎だから』
そう言って、ウインクをしながら手渡された紙袋の中身は本来貰えるはずだった給金より多かった。
その事を店長に告げたら、
『良いの。良いの。メンスちゃんのおかげでいつもよりお客さんが多かったんだから、貰って、貰って、っていうか、貰ってくれないと私の気が済まないのっ』
と、満面の笑みで言われてしまった。
その事を一緒に働いていた二人に告げると、
『確かにいつもより混んでたから良いんじゃないか?』
『うんうん。うちらも多く貰っているしね』
と、嬉しそうに言われた。
それならばと、今まで迷惑を掛けた二人に多く貰った分をあげようとしたら、全力で拒否されてしまった。
メンスは再び紙袋の中身をそっと覗き込む。
……初めて、ボク『一人だけ』でお金を稼いだ。
冒険者としてはそれなりに稼いでいるメンスではあるが、それはパーティーで稼いだものであり、メンスだけで稼いだのはこれが初めてだった。
それをメンスは大事そうに胸に抱えると、
「えへへ」
思わずといったように、笑みを零す。
色々な仕事をした。沢山怒られた。沢山呆れられた。だけど、今日は違った。
職場の人も、お客さんも、誰も彼もメンスに優しく、嬉しそうに、楽しそうにしていた。
初めて、働いていると実感した。
「あ、あのっ。今日はありがとうございました!」
別れ際、こんなドンくさい自分に最後まで付き合ってくれた二人に心から感謝の言葉を述べて、メンスは頭を下げる。
「気にすんな。こっちもメンスのおかげで多く貰えたんだからな」
「そうそう。また機会があったら一緒に働こうねっ」
笑顔でそう言ってくれる二人。
「――はいっ」
そんな二人にメンスはとびっきりの笑顔を向けた。




