第52話
薄暗闇の中、壁伝いに歩くこと暫し、まるでここがゴールだと言わんばかりに広く、明るい場所に蒼真達は出た。
円状に広がった空間のその真ん中に大きく蠢く影を見つけて蒼真はそっと近くの岩陰に身を潜める。メンスはその蠢く影に心当たりがあるのか、見た瞬間に顔面を蒼白にして、ぎゅっと蒼真の肩を握り締める。
息を潜め、耳をすませる。
すると、ゴキ、バキと鈍い音に混じり、時折パキンという軽い音と何かの悲鳴やうめき声が耳に障る。
暫くその音に耐えていると、今度は、ぐちゃ、ぬちゃ、ずずっ、という思わず怖気が走る音が広い洞窟内に響き渡る。
それを耳にしたメンスはガタガタと震えだす。蒼真はそんなメンスを少しでも落ち着かせようと、自らの肩を力強く握り締めているメンスの手に自らの手を重ね合わせる。
ややあって、全ての音がピタリと止み、不意に訪れる静寂。
メンスの震えが音を立てて響き渡ってしまうのではないかと錯覚してしまう程に、しんっと静まり返る洞窟内。
蒼真が様子を確かめる為に、岩陰からそっと顔を覗かせた、その刹那。
ズリズリっと、重く、大きな音を立てて大きな影が地面を這い始めた。
それは巨大な蛇だった。人どころか、小さな家なら丸呑みしてしまいそうな程巨大な蛇。
そんな蛇とタイミング悪く岩陰から顔を覗かせた蒼真は目が合う。
だが、気付かなかったのか、それとも興味が無かったのか、蛇は蒼真には一切興味を示さずに先程まで蒼真達がいた横穴にするりと入り込んでいった。
「……助かった」
それを見て蒼真は思わず安堵して呟く。
あの場所は恐らくあいつの寝床なのだろう。もう少しあそこに留まっていたら、あの蛇と逃げ場を塞がられた状態で対峙していた事に間違い無いだろう。そうならなかった事を蒼真は感謝する。
暫し幸運を噛み締めた蒼真はそろそろと岩陰から抜け出し、蛇が先程までいた場所に慎重に近づく。
そこには原型を留めていない何かの魔物の残骸と、それが出したであろう血液だか、体液だか分からない液体で地面が染まっている。
蒼真は思わず、それらから距離を取り、視線を洞窟の上に持っていく。
すると、天井の一部分に深い穴が空いているのが見えた。
……これは俺が落ちてきた落とし穴と同じようなものか?
蒼真がじっと目を凝らして穴を眺めていると、ぱらりと砂が蒼真の顔に落ちてきた。
と、言うことはこの穴を上っていけばここからは脱出出来る訳だが……まぁ、無理だな。
薄暗闇の中とはいえ、出口が全く見えない穴を見上げて蒼真はため息を吐く。
というか、そもそも穴の空いているあの高さですら上れる気がしない。
そう考えて蒼真はよじ登る案を却下する。
さて、そうすると他に出口が無いか探すしかないか……ていうか、メンスがやけに静かだな。
いつからだろう、あんなに震えていたメンスの震えが、荒い吐息が、今は全く感じられない。
「メンス?」
ふと、蒼真はやけに背中にもたれ掛かっているメンスに声を掛ける。
……だが、返事はおろか反応すらない。
「メンス?」
蒼真は不審に思って、肩にのったメンスを見遣る。
すると、そこには小さく寝息を立てたメンスの可愛らしい顔があった。こんな状況で寝る訳が無いので、あまりの恐怖に気を失ったのだろう。
「たっく」
蒼真はそんなメンスを見て、苦笑するとメンスを担ぎなおした。
「さて」
それから、ゆっくりと、慎重に周囲を探索し始める。
すると、さほどしないで先ほどとは違う横穴を、ほぼ反対側で発見する。
ゆっくりと、慎重に周囲を警戒しながら蒼真はその横穴に近づき、こっそりと中を見る。
……見える範囲には問題なし。
暗がりの中、見える距離は短いが、蒼真が視認できる範囲に異常は見当たらず、蒼真は目を閉じて耳を澄ませる。
……物音も無し。
少しの間耳を澄ませていたが、物音ひとつすらしない。
……行くしかないか。
このままここで立ち止まっていても仕方がないと蒼真はゆっくりと横穴の中に足を踏み入れた。
だが、それが間違いだった事に蒼真は直ぐに気づくことなる。
五分と歩かないうちに蒼真は暗闇に浮かぶ赤茶色の光を二つ捉えた。それを見た蒼真がまずいと思った時には既に手遅れだった。
赤茶色の下に真っ赤な色が加わり、ちろちろと動いたと思った次の瞬間には、ぎらりと鈍く光る牙をむき出して蒼真に襲いかかってきた。
蒼真は咄嗟に後ろへと飛び退くが、逃がすものかと牙は蒼真に追いすがる。
見る見ると迫ってくる牙を目の前にして蒼真が覚悟を決めたその刹那、轟音と共に目の前が真っ赤に染まった。
時は少し遡り、メンスと蒼真が自己紹介をしていた時の事である。
魔法使い? レベル32? はて? そのレベルで魔石に頼らずに魔法を発動出来るんですかね? もしくはここに落ちた時に落としたんですかね?
不可視化の魔法をかけて蒼真の後を追ってきたリーンは二人の会話をすぐ近くで聞きつつ首を傾げていた。
それにしても、この人は運がいいですね。蒼真さんとそう変わらないレベルであるのなら、あの蛇さんには為す術がないでしょう。よく生きていますね。
この最下層に巣食っているあの巨大な蛇は蒼真達のレベルでは到底敵わない相手である。にも関わらず蒼真達にけしかけたのはひとえに経験を積ませる為である。それは戦闘の経験であり、ダンジョンの経験であり、勝てなくても逃げて生き延びる為の経験である。
……あれ? 蛇さんと遭遇しているんですか?
蒼真と話ながら怯えるリンスを見て、リーンは更に首を傾げる。
魔法使い、ですよね? この人? で、あればあの蛇さんから逃げるには魔法を使わないと無理ですよね? という事はこの人、魔石無しで魔法が使えるんですかね? で、あれば才能がありますね。
多くの者が勘違いをしているが、魔石というものは魔法を発動する為に存在している訳ではなく、あくまで補助的なものである。例えるならば自転車の補助輪のようなものである。
魔法という仕組みを理解して慣れれば魔石という存在は必要ない。
だが、魔石を使わず魔法を使える高レベルの人間は限られており、実際に目にする機会が少ない為、周囲は皆、魔石を使って魔法を発動する。その結果、『魔法とは魔石を使うものだ』という先入観が植えつけられてしまう。
ちなみにリーンの場合は逆に魔石を使って魔法を発動する人間がいなかった為に、知識としては知っていても、実際に使った事は無い。
かなり高レベルの師匠でもいるんでしょうか?
首を傾げながらトコトコと壁伝いに歩く蒼真達の後をつけていくリーン。
あれ? 蒼真さん、まだ暗視が出来ないんですかね? こんなに明るいのに? これは後で習得させないとですね。
等とリーンが考えていると蒼真と食事を終えた蛇の目が合う。
おお、これ以上はないっていう位に完璧なタイミングで目が合いましたね。
リーンは完璧なタイミングで目を合わせた一人と一匹に内心で拍手を送りながら、これは流石に手助けをしないと拙いかと思い、身構えた。
だが、それは結局杞憂に終わった。
しかし安心したのも束の間である。
横穴に足を踏み入れた蒼真に巨大な牙が襲い掛かり、これはもう流石に手助けをしようかとリーンが構えた、その刹那。
轟音と共に洞窟内が真っ赤に染まった。




