第6話
「そうだけど、ミストは小さいからまだ良く分かっていないんだよ。ほら、将来大きくなったら俺なんかより好きな男の子が出来るかもしれないし。ほら、村で遊んでいる男の子達に格好いい人とか、気になる人とかいるだろ?」
「ダーリンしかいないよ」
「えっと、今はそう思うかもしれないけど、もっと大きくなって一人で色んな事が出来たり、色んな所に行けるようになったら、色んな人と出会うんだ。そこで俺なんかより好きな人と会うかもしれないだろ?」
「そんな人、出来ないもん」
「え~っと。ミストはここで生まれたから分からないかもしれないけど、俺の故郷じゃ結婚は生涯に一回、一人だけって決まっているんだよ」
「ミストもダーリンと『けっこん』したら『りこん』するつもり無いよ?」
「いや、今はそうかもしれないけど、大きくなったら分からないだろ?」
「大きくなっても変わらないよ」
「いや、今はそうかもしれないけど……う~ん。何て言ったら良いか」
どうも水掛け論になってきている。蒼真の雲行きは実に怪しい。
「……ダーリンはミストのこと、きらい?」
と、ここで蒼真の雲行きが怪しいのを理解している訳では無いだろうが、うるうると瞳を潤ませるミスト。
「嫌いじゃない。嫌いじゃないけど、それとこれは別問題なんだよ」
「ダーリンはミストのこと、好き?」
「ん? そりゃ、好きか嫌いかで言えば好きだけど?」
とは言っても、蒼真の好きは妹みたいな存在という意味である。
「ミストもダーリンのことが好きだよ。好きな人同士でするのが『けっこん』なんでしょ?」
蒼真に好きと言われて嬉しかったのか、満面の笑顔を浮かべて言うミスト。
「いや、そうだけど、まだミストは小さいだろ?」
「あと、七年経てばミストも十六歳。とっくに大人だよ?」
この世界では男女ともに十五歳で成人と認められている。成人すればもちろん結婚も出来る。
その年齢までミストは後七年と言わずに六年で達する。
「いや、そうだけど。ほら、俺とミストは6つも年が違うだろ?」
「お父さんと、お母さんは十歳違うよ?」
言って、蒼真はしまったと思った。エレクトとディーネ夫婦はエレクトのほうが十歳年上なのだ。
身近にそんな歳の離れた夫婦がいるのだ、ミストにとって六歳差なんて問題ではないのかもしれない。
「いや、うん、そうだけど……」
ミストに言い聞かせるつもりの蒼真だったが、元々あまり頭が良くない事もあり、段々とミストに掛ける言葉を失い始める。
どころか、次第にミストによって逃げ場を奪われていく。
くっそ、拓也だったら俺と違って頭が良いからもっと上手くやるんだろうけど。
「ダーリンはミストと『けっこん』したく無いの?」
「したい、したくない以前の問題なんだが……」
「したく、無い、の?」
ミストの質問に困ったように頬を掻きながら蒼真が答えると、ミストの目に涙が浮かび始めた。
「いや、あのな、ミスト、だから、そういう事じゃなくて」
そんなミストを見て蒼真は、これじゃまるで俺が泣かしたみたいじゃないか。と慌てふためく。
「ぐずっ……したく……ひっく……ない……の?」
終に泣き出してしまったミスト。
「はぁ~……したい。したい」
そんなミストを見て蒼真は説得を諦める。
泣く子には勝てない。
「――本当っ!?」
蒼真が渋々と口にした言葉を聞いて、ミストが満面の笑みを浮かべる。
さっきの涙は一体何だったのだろう、全く現金なものである……もっとも、これが計算であれば末恐ろしいが。
「ああ、けど、後十――七年したらな」
つい、十年と言おうとして蒼真は慌てて訂正する。
先ほどミストに指摘されたばかりである。
ここで期間を延長するのは何となく男らしくない。
どころか女々しい気がする。
「うんっ!」
元気に頷くと再び蒼真の胸に飛びついてくるミスト。
……まぁ、ミストもまだまだ子供だ。後七年もあれば俺が言いたいことも分かってくれるだろうし、気も変わるだろう。
そんな事を思いながら蒼真は苦笑いを浮かべる。
「――でも、『うわき』はダメだよ」
言って、険しい顔をして何やら蒼真の背中を睨みつけるミスト。
「浮気って、ん?」
そこで、背中の柔らかい感触に蒼真は気づき、振り返る。
「リーン、何してんだ?」
すると、そこには蒼真の背中に抱きついているリーンがいた。
「いえ、その、抱きついているミストちゃんがあまりにも幸せそうなので、もしかしたら蒼真さんの抱き心地が良いんじゃないかと思って」
言って、蒼真の背中に顔を埋めるリーン。
「ほう? で、どうだった?」
「良くないですね。筋肉でゴツゴツしているだけで、心地よさで言えば最低です」
「ほぉ――」
だったらとっとと離れろと、蒼真の手がリーンの頭にのびる。
「……でも、何だか安心します。何処と無く懐かしい」
が、そんなリーンの呟きを耳にして、蒼真の手がぴたりと止まる。
考えてみればリーンだってまだ十歳である。
普通なら冒険者なんてやっていないで、家族と一緒に暮らしている年齢。
きっと、年相応の振る舞いをするミストに感化されて、親でも恋しくなったのだろう。
「……たく」
そう考えて、蒼真は伸ばした手をすっと戻す。
「ダーリンから離れてっ」
そんなリーンに対してミストが蒼真に抱きついたまま叫ぶ。
目は細められ、叫んだ口元から八重歯がきらりと光るその様は敵を威嚇する小型犬を彷彿とさせて、本人の意志とは裏腹に何だか微笑ましい。
「――あっ、そうですね。すみません」
そんなミストの威嚇に屈したというよりは、自らの行いを恥ずかしく思ったのだろう、リーンが頬を染めて慌てて蒼真から離れる。
「――おっしゃ」
そんなリーンを蒼真は振り向きざまに持ち上げる。俗に言われている『高い高い』というやつである。
「おお、これはっ」
蒼真に持ち上げられてリーンが驚嘆の声を上げる。
「――低いっ! 昔、父様にされた時よりずっと低いですっ」
「……お前の父親はどんだけ背が高いんだよ」
「背が高いというより、父様は私を空中に投げていました」
「危ねぇな!」
「やはり父様のやり方はイレギュラーでしたか……私も何だか違うような気がしていたのです」
言って眉をひそめるリーン。
「――あっ、ずるい! ミストも! ミストも!」
と、ここでリーンが高い高いされている事に気づいたミストが自分もと蒼真に要求する。
「ほらほら、子供達、遊んでないで早く食べな。せっかくの料理が冷めちまうよ」
まるでそんなミストを諌めるようにディーネがパンパンと手を叩きながら言い放つ。
「ああ、すみません」
すると、蒼真はバツが悪そうに苦笑いを浮かべて席に着き、
「すみませんでした」
と、リーンは恥ずかしそうに席に着く。
「うぅ~だっこ」
そんな二人とは反対にミストだけは恨めしそうに蒼真を見つめて席に付かない。
「ご飯食べたらやってやるよ」
だが、蒼真がそう告げると、
「――絶対、だからねっ!」
と、蒼真に念を押して渋々と席に着いた。