第50話
その地下迷宮は一見、ただの洞窟のように蒼真には思えた。周辺には殊更珍しい魔物がいるわけでも、想定外の強さを持った魔物がいる訳でもない。
ある学者は、
『地下迷宮こそ魔物の発生源であり、地下迷宮内での生存競争に敗れたものがやむなく外に出てきたにほかならない』
と言う学説を発表した。
だが、その学説を支持している学者は発表されてから今まで、かなりの少数である。
とは言っても、地下迷宮の外と中では魔物のレベルが段違いであるのは間違い無い。
蒼真は初めて挑戦した地下迷宮も同じ洞窟型だったという事を思い出して、思わず身震いする。
リーンの話ではこの地下迷宮はギルドにぎりぎり中級認定されている全十階層の地下迷宮らしい。
中級という区分だけ聞くと、地下迷宮探索を専門としていない今の蒼真達には少しばかり荷が重い。だが、それがそろそろ初級に落ちるかもしれないと言われている地下迷宮では話が別である。
今のパーティーレベルならば、ほぼ地下迷宮初探索である蒼真達でもちょっと頑張ればどうにかなりそうなレベルである。下手をすれば適正であると言える。
……あれ? リーンにしては今回甘いな。流石にダンジョン攻略が初めてだからか? という事は次からは難易度が跳ね上がる?
そんな事を思いながら蒼真はリーンの小さな背中を見つめる。
「さて、それでは攻略して行きましょう。事前に伝えたようにこのダンジョンのマップは買っていませんよね?」
そんな蒼真の視線に気がついた訳では無いだろうが、リーンがくるりと振り返って皆を見回しながら言う。
地下迷宮探索を専門としているチームの中には攻略した地下迷宮の地図を作成して収入を得ている者もいる。
マップには全何階層か、階層ごとの特徴、どのような魔物が出たか、どこにどのような罠があるか、等が書かれている。
もっとも、そのチームがその地下迷宮を探索した結果なので当然見落としもあるし間違いもある。地下迷宮によってはどういう原理か罠の位置が定期的に変わったりもするし、冒険者が魔物を狩るので地下迷宮の生態系が変化する事もある。
だが、それでも持っていないよりは持っているほうが断然に良い。
そんな地図だが、当然のように攻略された回数が少ない地下迷宮のほうが流通している数が少なく値段が高く、攻略された回数が多いほど流通している数も多く、値段も安い。今回の地下迷宮であれば比較的安く手に入っただろう。
だが、リーンからすれば、地図を入手すると難易度が低すぎるのか、今回は地図を購入するのを禁止したのだ。
「ああ」
蒼真はリーンの問いかけに頷き、パーティーの面々を見回す。すると、蒼真の答えを肯定するように皆小さく首を縦に振ってみせる。
「よろしい、それでは――」
リーンが満足そうに頷き、いざ攻略開始とばかりに歩き出したその時、
「くっそ! ここにもいない!」
「どこか! どこか見落としたのか!?」
「くっそ! 一体どこに!」
装備はぼろぼろ、寝ていないのか目の下には大きなクマ、見える箇所で傷を負っていない場所は無いほど、満身創痍の三人の男が地下迷宮から文字通りに飛び出してきた。
「――あっ! すみません! この辺りで人を見ませんでしたか!?」
三人は蒼真たちに気づくと、目を血走らせながら、必死の形相でそう問いかけてくる。
「人? う~ん。ここに来るまで二組くらいのパーティーとはすれ違ったけど」
きっと彼らが求めているものでは無いだろうと思いながら蒼真は答える。
「そ、その中にとても可愛らしい子はいなかったですか? 背は低くて、白髪、左右で瞳の色が違う子が」
蒼真は暫し記憶を手繰り寄せてから、
「……いや、多分、いなかったと思う」
瞳の色までは分からないがすれ違った人の中に白髪の人はいなかったように思える。
「そう、ですか。ありがとうございます」
言って、男は暫し目を閉じて、
「ハッシュ。お前は宿に戻っていないか確認してくれ。いなかったらギルドに行って行方不明者の捜索依頼を出してくれ、金額は相場の倍以上出せ。有り金はたいても構わない。レモは俺と一緒にもう一度ダンジョンに潜るぞ。どこか見落としているかもしれない」
仲間に指示を出す。
「分かった」
「了解した」
「良し。絶対に見つけるぞ!」
「――ちょっと待ってくれ」
今にも駆け出しそうだった三人を蒼真が引き止める。
「俺たちもこれからダンジョンに潜るんだ。そのついで、という訳じゃないが、俺たちも一緒に探しても構わないが、どうする?」
そう言って、蒼真はちらりとリーンを見遣る。
すると、リーンはあからさまに嫌そうな顔をしていた。まるで蒼真がそう言い出すんじゃないかと思っていかのような顔である。
「本当か!? 金は払うから、是非とも頼む!」
「ああ、微力だが力になるよ。なっ、良いよな?」
言って、パーティーメンバーを見回す蒼真。
すると、リーン以外が頷き、リーンを見遣る。
「……はぁ。後で補習ですよ?」
四面楚歌に陥ったリーンは大きくため息を吐くと、渋々と蒼真の提案に頷いた。
リーンの頷きに蒼真は、これで無茶ぶりを言われる確率が減ったと、内心で笑う。
実は蒼真、目の前で困っている人を助けたい。という気持ちよりも、この件に首を突っ込んでこいつらを巻き込めばリーンも無茶な要求をしづらくなるのでは? という打算の元に行動していた。勿論、助けたいという気持ちも全くの嘘では無いのだが。
「さて、それでは今回の目的に遭難者も追加しましょう。では、具体的に何階層ではぐれたか覚えていますか?」
リーンは先ほど仲間に指示を飛ばしていた男に問いかける。
「多分、五階層だったと思う……魔物が出て、そいつとの戦いが終わった後にいなくなっていたんだ」
リーンに問われて男はそう答えて仲間たちを見回す。
すると、皆それに頷き同意を示す。
「五階層? そうですか。ちなみにどれくらい前の話ですか?」
リーンは何やら思うところがあるのか小首を傾げる。
「まだ一日も経っていないはずだ」
一日も経っていない?
蒼真は男の言葉に驚き、思わず目を丸くする。
何故ならこの地下迷宮、普通に攻略しようとすると行き帰りで約一週間は掛かるのだ。蒼真達の荷物も大半はその為の備えである。単純計算で一日に進む階数は三階。それをこのパーティーは一日もせずに五階層進んだというのだ。
かなり無茶したんだな……ああ、だからここまでボロボロなのか。
改めて満身創痍の三人を見て蒼真は納得した。
とは言っても、いくら無茶をしようが実力が伴わなければここまで時間短縮も出来ないし、下手をすれば魔物にやられて命を落としていたかもしれないので、この三人はそれを行う実力を有しているのだろう。
「う~ん、これから向かうとして、はぐれてから約二日ですか。普通の遭難なら余裕がありますが、ダンジョンとなると……う~ん。地図はありますか?」
……ん? 俺の聞き間違いか? 今、シレっとリーンが一日で向かうと言っていなかったか? ……何か、とても嫌な予感がするんだが。
「ああ」
「そうですか。丁度良いですし、それなら少し急ぎますか」
蒼真の嫌な予感はリーンが言った、『丁度良い』という一言で大きくなる。
「という事で皆さん遅れないで下さいね」
言って、にっこりと蒼真達に微笑むリーン。
……あれ? これ、もしかして失敗したか? 普通に攻略していたほうがもしかしたら楽だった?
蒼真はその笑顔を見て、内心で後悔した。
それからはまるでマラソン大会、いや、短距離走かと思うほどのスピードで地下迷宮をどんどんと進んでいくリーン。
罠があろうが気にせず踏み抜き、罠が発動する前にその場からいなくなる。
確かに効率的だ、とても効率的なのだが、その被害を受けるのは後続の蒼真達である。
蒼真達は次々と襲いかかってくる罠の処理しながら走り続けた。
これもリーンからの蒼真達への訓練の一環なのだろう、蒼真達の手に負えないような罠はきちんと無効化されていたのだから間違い無い。そもそも男達から地図を借りているのだ。それで、ここまで頻繁に罠に掛かっているのだ、ほぼ間違いないだろう。
「……こんな真似が出来るやつが今更こんなダンジョンに何の用があるんだ? ……というか、これなら地図なんて必要なかったんじゃないか?」
必死に地下迷宮を進んでいる蒼真達を見て、男の一人、仲間に指示を出していたリーダーであるジットが呟いたのは当然と言えば当然であろう。
そんなこんなで蒼真達は五階層まで約半日でたどり着いた。
はぁ、はぁ、はぁ、ほぼ休みなく、罠を処理しつつ、それなりの荷物背負って半日走り続けるとか。
蒼真はその場で寝転がりたい気持ちを必死で堪えながら息を整える。ちなみに拓也は途中で体力が尽き、今はましろに咥えられ引きずられている。
にしても、こいつらも満身創痍なのに、あのスピードに付いてくるとか素直にすげぇな。
流石に息は乱れて肩で大きく呼吸をしているが男達、ジットとレモと呼ばれていた男はまだまだ余裕がありそうである。
ちなみにもう一人のハッシュと呼ばれていた男はギルドに捜索依頼を出しに行ったのでここにはいない。
「良し、レモ。早速この階層をくまなく捜索するぞ。お前たちは少し休んでていてくれ。正直この速さでこれたのはお前たち、というか、あの少女のおかげだからな」
余裕がある証拠にジットとレモは五階層にたどり着くなり早速捜索を開始したのだ。
「それじゃお言葉に甘えましょうか。あっ、ましろ、拓也さんはその辺に転がしてといて下さい。情けないので後で補習を追加しましょう」
「はぁ。もう、うち、限界」
リーンの言葉を聞いて理紗がその場で倒れるように仰向けに寝転ぶ。
蒼真もそうしたかったが、念の為に疲れたままで周囲を警戒した。
リーンもそうは見えないが周囲を警戒しているので大丈夫だろうが、リーンの場合は何か起こってもその危険度を判断してから、これ幸いとばかりに蒼真達にそれをけしかける恐れがある。
そういう訳で蒼真は警戒を怠れないのであった。
「蒼真も、休んで。警戒は、私がやる」
そんな蒼真にカリナが声を掛ける。
だが、そんな事を言っているカリナのほうが、どう見ても蒼真より疲労している。
「無理しなくて良いよ。俺は大丈夫だからカリナは休んでいてくれ」
そんなカリナの言葉を受けいられるわけも無く蒼真はカリナに告げる。
「……でも」
そんな蒼真の言葉にカリナは納得できないのか、眉をひそめる。
「あ~、じゃあ、交代制にしよう。俺が先に警戒に当たるからカリナは先に休んでくれ」
そんなカリナを見て、蒼真はこのまま押し問答を繰り返すのは疲れるし、とてもではないが建設的ではないと判断してそう提案する。
「……分かった」
カリナは何か言いかけたが蒼真がにっこり微笑むとそれを飲み込み、小さく頷きその場で腰を下ろした。
……何もここで休まなくても良いだろう。
蒼真はそう思ったが口には出さずに小さく苦笑した。




