幕間~とある幼女の帰省~その2~
リーンは城の中を進み、裏手に回る。正面とは違って、常識的な人間の通る大きさの扉(それでも十分大きく豪華ではあるが)を開ける。
すると、どういう訳か扉の先には庭ではなく、巨大な穴が姿を現した。
隕石でも落下したのだろうか、中心に向かってただでさえ急な傾斜が徐々に増していくその姿はクレーターと酷似していた。その中心部分は深すぎて底が見えない。
そんな中心部を照らし出すかのように、またはここには近づくなと警告するかのように、赤、青、黄、白、緑、と様々な色が明滅する。ずっと見つめていたら具合が悪くなりそうである。もっとも、常人の視力ではそれを確認するのは困難であろうが。
リーンはそんな中心部に向かって穴を滑り落ちる。
すると、野球ボール程の小さな火球がリーン向かって数個向かってきた。
これに対して、リーンは久しぶりに加減無しで魔法を放つ。
リーンが放ったバスケットボール程の大きさの水球が向かって来た火球とぶつかり、少しの間せめぎあった後に蒸発する。
が、火球は勢いこそ衰えたものの未だにリーンに向かってきている。
リーンはそれを予想していたかのように慌てず、慣れた様子で全身に防御魔法を掛ける。
ややあって、リーンと火球がぶつかり、火球と防御魔法がせめぎ合い、火球が動きを止める。リーンは目の前で止まった火球を空へと蹴り上げる。
空へと蹴り上げられた火球は暫くしてから、まるで花火のように空中で弾け消え、一瞬だけ周囲を明るく照らし出す。
すると、それが合図だったかのように、先程まで激しく明滅していた中心部がピタリと明滅しなくなる。
「おお、リーン帰ったか」
ややあって、穴を滑り落ちているリーンの隣に一人の赤い髪をした男が姿を現す。
その男はリーンより頭一つ分背が高く、まだ幼さの残る顔つきと、少しだけ高い声を上げながら、斜面にピタリと立つ。
「ただいま戻りました。父様」
言って、リーンも滑り落ちるのを止め、斜面に立つ。
「はっはっは、父様じゃなくてパパだろ、パ~パ」
男は不満そうに言いつつ、リーンと同じ色をした碧眼を細めて、破顔する。それから、リーンの頭に手をやって、乱暴に撫で回す。
「もうパパと呼ぶほどに、私は幼くないです、父様」
リーンは父親こと、かの勇者と同じ名前、というより英雄譚で語られている風貌とは全く違うが、その人、本人であるヴェルベット・ベルに抵抗することなく頭を左右に揺らしながらため息を吐く。
「何言ってんだよ、リーン。お前はまだまだ幼いぞ」
言って、更に激しくリーンの頭を撫で回すヴェルベット。
「父様から見ればそうでしょうけれど……」
ヴェルベットは幼い容姿(ぱっと見、12~13歳である)とは裏腹にかなりの年齢である。十歳の娘がいることすら想像出来ないのにその実年齢を言い当てられる者は皆無であろう。
何故なら、ヴェルベットは不老不死である。
ヴェルベットは昔、この島で魔王と対峙し、成す術も無く敗れ去った。だが、魔王はヴェルベットの実力はこれからの伸びしろを気に入り、死にかけていたヴェルベットを不老不死にしたのである。
つまり年齢で言えば168歳である。
「いやいや、世間的にみれば十歳はまだ子供だろ」
言ってリーンを抱き上げるヴェルベット。そんないつまでも子供扱いしてくる父親にリーンは少しだけ腹が立ち、
「でも、私の知り合いには私とほぼ同い年の女の子ですが、既に婚約者がいますよ? 父様の価値観が最早古いのでは?」
少しだけ頬を膨らませて、そう言い放つ。
「はっはっは、まさか、そんな訳ないだろ」
それを聞いたヴェルベットは何を馬鹿な事をと笑い飛ばす。
確かに自分は少しばかり長く生きている。だが、いくら何でも十歳の子供が婚約している事が普通となっている世の中に変わっているはずがない。
少なくとも十数年前に魔王にどうしても勝てずに不貞腐れて人間の街で遊び惚けていた時はそうだった。
「本当ですよ?」
そんなヴェルベットにリーンは素っ気なく答える。
「……マジか……世も末だな」
言って、顔を顰めるヴェルベット。たかが十数年でそこまで人の世が乱れるとは思ってもみなかった。
ヴェルベットが勇者として活躍していた時代も酷かったが今の世の中のほうがそれよりも酷いのでは無いかとすら思う。
「十歳にもなれば立派な女性です。父様の考えが古いのです。ですので、私にもそれ相応の対応を要求します」
本当ならば世間一般的にも十歳はまだ子供ではあるが、自分の言葉を信じたヴェルベットに対して、リーンはここぞとばかりに言い放つ。
「まぁ、世間は世間、よそはよそ、うちはうち――つまり、うちではパパがルールだ。よってリーンはまだ子供とする」
言って、口元をにやにやと綻ばせて、リーンの頬に何度もキスをするヴェルベット。
リーンはそれに対して、心底嫌そうな顔をしてみせる。
「それだと、ベルベルを居候させてあげている家主である私のほうが偉いのでは無いですか?」
何度も頬にキスをしてくる父親にうんざりして、リーンが抵抗を始めた所で、唐突にリーン達の近くに一人の男が現れて言う。
その男は闇を煮詰めたような、光すら飲み込んでしまいそうな漆黒の髪をしており、その瞳はじっと見つめていると吸い込まれてしまいそうになる程、美しい金色をしていた。背は高く、物腰は柔らかく、柔和な笑みを浮かべている。
「俺は居候じゃない。お前のゲスト、つまりは客だ。客をもて成すのは家主の務めだろ? それと、その変な呼び方は止めろ」
唐突に現れた男にヴェルベットが少しばかり腹を立てながら言う。
その男に名前は無い。
ただ、人からは様々な呼ばれ方をしている。
その代表的なものが――魔王。
「あっ、魔王さん。只今戻りました」
昔、人間世界の三分の一を侵略した魔王に対して、リーンは恐れる様子がなく、むしろ親しげに話しかける。
それもそのはず、物心ついたとき時からずっと一つ屋根の下で暮らしているリーンからすれば、魔王は家族同然の人物である。
「お帰りなさい、リーンさん」
そんなリーンに魔王はそう言って、にっこりと微笑む。
「そういえば、うちの三汰を見ませんでしたか? 最近、姿が見えないのですが」
そう問いかけて、首を傾げる魔王。
魔王から問われたリーンはパルサーという山間の村を思い出した。
「……ああ。三汰君だったら、この前見ましたよ? 私のパーティーにちょっかいだしてきたので少しお灸をすえましたけど」
三汰がラミアをけしかけて危うく蒼真を殺されそうになった事を思い出して、リーンは不機嫌になりつつ答える。
魔王が『うち』の三汰と言っていたように、三汰と魔王は家族である。
より正確を期すならば、体格や容姿は変わってしまったけれども、魔王が昔に生み出した自らの分身が三汰である。
ちなみに三汰で三人目である。
では、一人目と二人目はどうなったのかと言うと、魔王もどこで何をしているのかさっぱり分からないらしい。
自らの分身とは言え、長い年月を経て魔王とは違う人格が形成されており、既に別人と化している。
ちなみに分身を作り出した理由は自分と互角に戦えるのは自分だけと思い、ダメもとでやってみたら出来たらしい。
だがそれも三人目で飽きたらしい。
「ああ、やはり、リーンさんの後を追っていたんですか。そして、リーンさんを怒らせる何かをしでかしたのですね」
言って、やれやれと肩を竦めてため息を吐く魔王。
「今から探してぶっ殺すか?」
そう言って、笑顔で拳を握り締めるヴェルベット。
「父様、それは止めて下さい。三汰君がいなくなったら私のパーティーは誰を目標にすればいいんですか?」
きっと本気で言っているのであろうヴェルベットをリーンが慌てて止める。
「あ~。そうだったな。確かにリーンがレベル99を超えるには足枷を付けて誰も死なずにあいつを倒す位しないと駄目っぽいなぁ。ちょっと弱いらしいが、こいつの一人目とか二人目でもいいかもしれない。だが、どこにいるのか、生きているのか死んでいるのかも分からんしな……ちっ、命拾いしたな」
言って、盛大に舌打ちをして握っていた拳を開くヴェルベット。
リーンのレベルは最大値と言われているレベル99である。ついでに言うと、三汰もレベル99である。
レベルは同じなのだが、実際の戦いになると軍配はリーンに上がることが多い。ここ最近は特にそうだ。
この前だって三汰から抵抗らしい抵抗を受けなかった。理由は分からないが手加減をされているとリーンは思っている。
リーンは今、レベルが伸び悩んでいた(最大値なので伸び悩むというのも可笑しな話ではあるが)それを打破する為にヴェルベットが提案したのは足手まといを引き連れて同レベルである三汰を倒す事である。
ただし、高レベル冒険者では駄目だ。
それでは足手まといにならない。
普通の冒険者でも駄目だ。
三汰と対峙する為にリーンが鍛えれば高レベルになってしまう。もっとも、ついてこられればの話ではあるが。
リーンが探していた冒険者は低レベルで才能が無く、最大限に鍛えてようやく三汰と対峙できるレベルになる者である。
そして方々を駆け回ってようやく探し当てたのが蒼真達である。
当たり前だが、ヴェルベットと魔王のレベルは99以上である。
正確な数値は測る術が無いので不明である。
では、どちらが強いかと問われれば、現状は魔王に軍配が上がっている。
ただ、魔王曰く、二人の実力差はさほど無いとの事で、自分に軍配が上がり続けているのは圧倒的な経験の差らしい。魔王を100点とすると、今のヴェルベットは93点位らしい。
「父様、私の大切な仲間を足枷扱いしないでくれますか? ……まぁ、確かにそういった目的で接触したのは確かなのですが」
最近では蒼真達を本当に大切な仲間だと思っている(拓也は時々気持ち悪いけれども)リーンがヴェルベットの言葉に頬を膨らませる。
「……そうか、リーンにもパパ以外に大切な人が出来たか、良かった、良かった……確か、パーティーには男が二人いるよな? ん? 今度連れてきなさい、少しばかりリーンに手を出さないように脅――いや、パパから二人に話があるから」
言って、再び拳を握りしめるヴェルベット。
「そうですね。いつか、ここにも連れてくるかもしれません……先は長いと思いますけど」
最低限ここまで来て死なないレベルになるまでに一体どれ位掛かるのだろうか? と蒼真達の現時点でのレベルを思い出して遠い目をするリーン。
「そうか、そうか、その時は是非とも歓迎しないとな」
言ってにやりと口元を歪ませるヴェルベット。
「あっ。仲間と言えば、私、父様に仲間がいたなんて知りませんでした」
ふと、リーンは街で聞いた父親の英雄譚を思い出した。
「仲間? パパに?」
リーンに問われてヴェルベットが首を傾げる。
「はい。え~っと、確か、剣聖、ヒューズ・フロスト。聖女、テレサ・アーウィン。不動、ラクト・スパルタン。暴君、ロウ・オレルアン。でしたっけ?」
「いや、でしたっけと言われても……誰だそいつら? パパは知らないぞ? 誰が言ったんだそんな事?」
「えっ? 誰と言われても父様の英雄譚にはそう書かれていましたよ?」
その言葉を聞いてヴェルベットは顔を顰める。
英雄譚というのは本人が死んでいると思って、基本的には話を盛るものだ。
「誰だよ、そんな話を書いた奴は? たっく。いいか、リーン。パパに仲間なんていなかった」
ヴェルベットが断言する。ヴェルベットが昔に街で聞いた英雄譚では出てきてなかった気がするので比較的新しい話なのかもしれない。
「そうなんですか?」
リーンはヴェルベットの発言を裏付ける為に魔王に問いかける。
「ええ。ベルベルは一人でここまで来ましたよ。ベルベルに襲われて人間領から逃げてきた奴らからもベルベルは一人だったと聞いています。まぁ、ベルベルと同レベルの存在なんてそうはいないでしょうから、仲間はただの足手まといですね。ああ、非常に脆そうですが、肉壁として持っておくのはありかもしれません」
「俺は一人で無敵で完璧で完成されているからな。そんなものは必要ない」
言って、リーンに自慢するかのように、胸を張るヴェルベット。
「ふむ、そうなると私は無敵で完璧で完成されている存在より上位の存在ですか」
そんなヴェルベットを見て、魔王が微笑む。
「……いつか、絶対にぶっ殺す」
そんな魔王をヴェルベットが殺気の篭った目で睨み付ける。
「ふふふ、楽しみにしていますよ。ベルベルなら私に初めての敗北を与えられるかもしれません――私の初めてを奪ってください」
言って、恍惚な顔をする魔王。
その表情と言動にヴェルベットが引きつった笑みを浮かべて一歩後ずさる。
魔王に性別は無い。男にも女にもなれる。子供を作れるかどうかは知らないがその行為自体は出来るはずだ。どちらの性別でも。
「……時々思うんだが……お前、俺に惚れてはいない……よな?」
さっきまでの威勢はどこへやら、ヴェルベットが恐る恐る問いかける。
「私がベルベルに? ……どうなんでしょう?」
言って少しばかり考えてから首を傾げる魔王。
ヴェルベットは否定しなかった事に背筋が寒くなる。
「私が固執した人間がベルベルだけなのは確かですが、惚れているのならきっと女性になっているでしょう。つまり、そういった感情では無いのでは?」
まぁ、男のままそういった行為をしたいと可能性もゼロでは無いかもしれませんし、私がベルベルを支配したいと思っているだけかもしれませんが。
内心で魔王はそう思ったが口にはしない。
「そ、そうか……お前はずっとそのままでいてくれ」
魔王の言葉にほっと胸を撫で下ろすヴェルベット。
「では、王様から魔王討伐を依頼されたというのは本当ですか?」
そう言えば父親が勇者と呼ばれていた時代の話を詳しく聞いたことが無いとリーンは今更ながらに思い、問いかける。
「王様からの依頼? んなもん受けた記憶が無いな……あっ、何時だったかどっかの街にいた魔王軍を鏖にした時に何か偉そうなじじいが感謝してたな、もしかしてあれか?」
「それも嘘ですか……」
英雄譚とは創作物である。そんな事は理解しているリーンではあったが、まさかここまで作り話だとは思わず落胆する。今のところあっているのは名前くらいである。
「一応何か頼んでたからあのじじいが王様だったんなら嘘とは言い切れないが……あっ、そういや、パパ、勇者の他に剣聖とか、不動とか、暴君とか言われてたような……流石に聖女と言われた事が無いがな、性別違うし」
「ベルベル、治癒魔法も使えるでしょう? それを他人に使った記憶は?」
「あっ? んなん気分次第でほいほい使ってたわ」
「ではそれでは無いですか? 英雄譚を作った人からすれば全て一人でこなす勇者よりは仲間がいたほうが創作しやすいですし、男だらけのパーティーより女性がいたほうが盛り上がりますしね」
「確かに、娯楽作品としてみるならその方がいいか……ところでリーン、パパはどう伝わっているんだ?」
最近の自分の英雄譚は一体どうなっているのだろうと、気になったヴェルベットはリーンに問いかける。
「えっと確か、かなりの大男で身の丈以上の斧を振り回していたみたいですよ?」
「確かに武器は何でも使いこなせるが……大男、か」
「ベルベルの実際の背丈では見栄えが悪いんでしょうね」
「うっせ! てめぇが俺を不老不死なんかにするから成長が止まったんだよ! 俺の成長期はこれからだったんだよ!」
「ベルベルは当時十八歳でしたっけ? 人間ってそこから身長伸びますかね? いえ、無いとは言い切れませんよ? ただ、可能性は低いかと……」
「もうすぐ私が父様を追い越しそうです」
言って、自慢そうに胸を張るリーン。
「リーン……子供っていうのはいつか親を追い抜いていくもんだ」
「確かにこのままでは死なないベルベルより確実に早く亡くなりますしね」
「――その前にお前をぶっ殺してこの呪いを解くから問題ない。俺は絶対にリーンより先に死んでやる」
「ふふふ、その意気ですよ」
「――もう一戦だっ、この野郎っ!」
「いいですよ。先程は途中でしたしね」
「あっ、だったら私はもう帰ってもいいですか? 特に報告する事も無いですし」
早く帰ってましろからの報告を聞きたい……何か面倒な事が起こっているような気がするのだ。
「――リーン。今日はもう遅いから泊まっていけ、そして、後でたくさんお話をしよう」
「……え~」
「いいな、絶対に泊まっていくんだぞ。ちょっとパパは魔王しばいてくるから」
「ちょっとベルベルと遊んできますよ。リーンさんはゆっくりしていってくださいね」
そう言って、ヴェルベットと魔王が目の前から消え、再び穴の奥底から様々な輝きが放たれ始めた。
「はぁ~……仕方が無いですね」
リーンは大きくため息を吐くと踵を返した。




