幕間~とある幼女の帰省~
世界の果ての先には大海があり、そこから見える地平線の彼方には島が存在しているのが辛うじて見える。
その島には魔王がいたと言われており、人々はその島を、魔王がいた島、略して魔島と呼んでいる。
その島に足を踏み入れて帰ってきたものはいない。
かの魔王を倒した勇者ですら帰ってこなかった。
そもそも、島までたどり着く事すら困難。超一流と呼ばれている冒険者でやっといった有様である。
では、何故誰も帰ってきていないのに、魔王を倒したと言えるのか?
その答えは簡単だ。勇者がその島に向かったと言われてから暫くして、それまで人間を滅ぼそうと侵攻してきた魔王配下の魔人や魔物の軍団、簡潔に述べると、魔王軍が、ある日を境に侵攻を止めたのだ。
島から勇者は帰ってきていないが、魔王軍の侵略も止まった。
つまりそれは魔王が倒されたからに違いないと人々は信じたのだ。
魔王軍が世界の果てから人間世界に侵略を開始したのが今からおよそ二百年前。
そしてその侵攻を止めたのが今からおよそ百五十年前。
この五十年の間に魔王軍は人間世界の三分の一を奪い取っていた。
最前線基地が王都ファーストとなり、当時の王は南の都市に避難、そこを新たな王都として、都市名をラストと変え、不退転の意思を人々に示した。
もっとも、もう逃げる場所が無いだけではあったのだが。
勇者はそんな絶望的な状況で現れた。
その名をヴェルベット・ベル。
その男は目を見張るほどの大男で、人の身の丈以上はある戦斧を振るい、襲いかかってくる敵を一撃の元に両断していき、その凄まじい戦いっぷりから闘神と呼ばれていた。
だが、そんな戦いっぷりからは到底想像出来ない程に紳士的で、心優しい人物であったと言われている。
そして、勇者を支えた四人の英雄。
剣聖、ヒューズ・フロスト。
繰り出される数々の剣技は鋭く、切られた相手が暫く切られた事に気づかないと言われた程である。
聖女、テレサ・アーウィン。
その癒しは死の淵にいる者すら生還させたと言われている。
不動、ラクト・スパルタン。
かの者が装備した盾はどんなものも防ぎ、どんな魔人や魔物でも彼を動かす事は叶わなかったと言われている。
暴君、ロウ・オレルアン。
この者が魔法を放つと数百という敵が灰となったと言われている。
そんな五人の噂を聞きつけ、王は一つの計画を立てる。
それは五人でパーティーを組ませ、魔王を討伐するという子供でも思いつきそうな計画である。この計画は、当時の人間が子供でも思いつきそうな無謀な考えを実行するしかない程に追い込まれていたという証明でもある。
討伐計画の問題は、今まで誰も魔王の姿を目撃した者がいないことである。
魔王という存在すら、自らを魔王配下と声高に叫ぶ敵が複数いなければ知り得なかったであろう。
それまで人間は魔物や魔人が何らかの理由で大量発生して、住む場所が無くなった者達が人間世界に押し寄せてきた、一種の天災だと思っていたのである。
そんな状況な訳で、魔王という存在の姿かたちも分からない。どれ程の実力かも、どんな所にいるのかすらも分からない。
何も分からない状態だが、このままでは人間の世界は滅びてしまう。
という訳で、勇者一行はまず魔王軍が現れた方向へとひたすらと進み、世界の果てにたどり着いた。
そして、魔島に足を踏み入れて、誰一人として帰ってこなかった。
簡潔に述べるとこのような事になる。もっとも、その道中が楽であるはずもなく、起きた出来事は吟遊詩人が今も英雄譚として語り継いでいる。
さて、そんな世界の果ての海上に一つ、不自然な波が立っている。
その波は皆と一緒なのが気に食わないのか、一つだけ逆方向に向かっている。
すわ怪奇現象かと目を凝らしてみると、その正体は怪奇現象以上に信じられない事に、一人の人間、それも小さな女の子である。
小さな女の子、こと、リーンは海上を走っているのである。
もっとも、先ほどの失態を繰り返さないようにきちんと不可視化魔法は使っている。もっとも、人目は皆無なのだが。
だが、それでもここに生息している高レベルモンスターには効かないのか、それとも単純に不自然に立った波に反応したのか、次から次へと巨大なモンスターがリーンに襲いかかる。
だが、リーンは襲いかかってくるモンスターを歯牙にもかけず、まるで単純作業のようにそれら全てをいなしていく。
……はぁ。これだからここを渡るのは嫌いなんです。物凄く鬱陶しいので。
そう内心でため息を吐くリーンが向かっている先は、未だに誰も帰ってきたことがない魔島である。
岸から走ること約三十分。
ようやくリーンは魔島にたどり着く。
だが、ここが終着点ではない。ここから更に島の中心部目掛けてリーンは駆け出す。
周りには高レベルの魔物がうじゃうじゃといるのだが、一匹としてリーンに襲いかかろうとするものはいない。皆、理解しているのだ、リーンが己よりも圧倒的に強者であるという事を。
走る事、約二十分。
リーンは魔島のほぼ中心地にたどり着いた。
魔島は緑豊かな島である。その証拠にリーンが通ってきた道はこれまで道というよりは森の中の獣道に近かった。
だと、いうのに、魔島の中心部には大きな城下町が存在している。
最奥にそびえ立つ城は見上げるほど大きく、そして、敵からの侵入を防ぐためか、城は全長一キロ以上ありそうな長い堀でぐるりと囲まれている。
ついでに言うと、堀というには少々どころか、完全に底が深すぎる。
堀の深さは地の底まで続いているのではないかと思ってしまう位に深い。だと言うのに、城に渡る為の橋が見当たらず、跳ね橋の姿も見えない。
そう、この城にたどり着く為にはこの長い堀を飛び越えるか、空を飛んでいくか、堀の底まで下ってから絶壁を登らないといけない。
リーンは様々な魔物や魔人で賑わう街中を城目指して、走り抜ける。この街でリーンは有名なのか、多くの者に次々と声を掛けられる。ここに来て、最後の最後で、リーンの歩みは遅くなった。
「よっと」
ようやく城の前までたどり着いたリーンは助走すらつけずに、そのまま、何でもないかのように、ひょいっと堀を飛び越える。
そして、巨人が住んでいるかと思うほど巨大な扉を楽々と開けて城内に入る。
『ただいま』と言いながら。
そう、この城こそリーンの実家である。
より正確をきすなら魔王の居城であり、リーンは父親と一緒に居候させてもらっている身である。
もっとも、リーンからすれば生まれた時から住んでいるので、居候という感じは全くしない。
「お帰りなさいませ、リーン様」
扉を開けると、丁度掃除をしていたメイド姿の魔人がその手を止め、リーンに向き直り、恭しく一礼をした。
「ただいま、ディズさん。父様はお城にいますか?」
リーンにディズと呼ばれたこの魔人はこの城の住込みの使用人である。ちなみにメイド服は魔王の好みでは無く、リーンの父親の趣味である。
見た目は十代半ばに見えるのだが、リーンが生まれる前からここで働いているらしい。
ちなみに容姿は人間と似ていて、顔立ちも整っているのだが、その髪の毛から肌の色まで、全身が雪のように白いので、人間と間違える事は無いだろう。
「ヴェルベット様でしたら――」
ディズがリーンに答えようとした、その瞬間。大きな地震が起こり、巨大な城を左右に揺らした。
「ああ、どこにいるか分かりました。裏庭ですよね?」
揺られながらリーンがディズに言う。
それにディズは頷き返す。
「ありがとうございます。行ってみます」
リーンはディズに礼を述べると、城の裏庭へと向かって歩き出した。




