幕間~とある幼女の帰省(途中)その2~
一体どこに隠れていたのか、巨大な蜘蛛、ビッグスパイターがワラワラと姿を現して、チーム、セセルフ・サクリファイスのリーダー、サディス・ショーンは思った。
どう死ねば一人でも多くの人を助けられるだろうか? どう戦えば一秒でも長く、このくそったれの蜘蛛野郎の足を止める事が出来るだろう? と。
敵の数が予想より多い。自分たちの手に負えない。勝てる見込みはゼロ。普通なら問答言わずに撤退する所である。
ただ、ショーンは、いや、ここにいるチーム全員が撤退という考えを一欠片も持ち合わせていない。
死ぬまで戦って、一人でも多くの村人をここから逃がす。
冒険者。というものは、報酬を貰って仕事をこなす。命の危険は伴うが、その分稼げる。結局は職業のうちの一つである。
だから多くの冒険者は依頼達成よりも自らの生命を大事にする。当然であろう、生きる糧を得る為に依頼を受けているのだ。
だが、希に自らの命や、得られる金銭に興味の薄い者たちは存在している。
強さを求める者。
スリルを求める者。
名声を求める者。
死に場所を求める者。
ショーンや他の仲間も最初は真っ当に金銭を目的として冒険者になり、チームを組んだ。
その時はチーム名もメンバーも違っていた。
今のメンバーとは、とある依頼で知り合った。
その時に死にかけ、一つの冒険者チームに救われ、そのリーダーの一言で、彼らの考えは変わった。
『困っているやつを見かけたら、手を差し伸べるのが当然』
自らも深手を負いながらショーンたちを救ったチームのリーダーはそう言って、助けた面々を見回し、
『はっはっは、全員無事そうで何よりだ』
一番の深手を負いながら、笑ったのだ。
ショーンはそんなリーダーに感銘を受け、これまでの自らの行動や考えを恥じた。その時の依頼は、念のためと、お金に余裕がある依頼者が、複数の冒険者チームに声を掛けていた。
依頼は依頼者の私有地に現れた魔物の討伐。
危険度が低い割には報酬が高めだった。早い者勝ちでレベル30以上のチームを十組募集していた。
ショーンは運良く依頼を受けられ、詳しい内容を聞いた。
依頼内容はレベル30前後と見られる魔物の群れの殲滅。
撃ち漏らしてはいけないのが面倒な位で、当時レベル45だったショーンにとっては楽な依頼であった。
他のチームも平均でレベル37。魔物のレベルや群れの数から判断するに、半分の5チームでもこなせる依頼であった。
これは楽な依頼だ。
そうショーンはタカをくくっていた。
『一番多くの数を討伐したチームには追加報酬もある』
だが、依頼人のそんな一言がショーンを死地へと追いやった。
依頼人としては軽いボーナスのつもりだったのだろう。何せ殲滅しなければいけないのだ、その位のサービスはしても構わないと思ったのだろう。
だが、その追加報酬が思ったよりも高く、依頼に参加したチームに不協和音を齎し、激しい対立を引き起こした。
本来協力して事に当たらなければいけないのに、お互いに足を引っ張り合い始めたのだ。
更には、追加報酬に目がくらんだ、チームが我先へと魔物の群れに挑んでいった。連携も、統率もあったものでは無かった。
ショーンはそれでも自分のレベルならば問題ないだろうと、楽観的だった。
だが、予想されていた以上に群れの数が多く、他チームの妨害も酷かった。
何せ集まったチームの中でショーンのチームは頭一つレベルが上だったのだ。つまりは、他チームからすれば、もっとも目障りな存在である。
その結果、統率が取れていない十組の冒険者チームはじりじりと魔物の群れに削られていって、このままでは拙いと気がついた時には既に戦闘に耐えられるチームは三チームしか残っていなかった。
そこでようやく残ったチームは纏りをみせ、ショーンのチームを中心として奮闘した……が、既に手遅れ、徐々に魔物の群れに包囲され、絶体絶命の窮地に陥った。
最早これまで、と全員が自棄っぱちに突撃した、その瞬間。
魔物の包囲網が一部破れた。
それを見た全員がこれ幸いと、一斉にそこに向かう。
すると、
『はっは。もう大丈夫だ! 後は俺たちに任せろっ』
そんな野太い声と共に、五つの人影が、ショーン達と入れ替わるように魔物の群れに突撃したのである。
五つの内、一際目立つ大男。それが声の主であり、チームのリーダー。イワン・アレクサンドルであった。
イワンのレベルは当時63。一流の冒険者だ。
その時、その場に居合わせたのは本当にたまたまだった。
近くを通りかかった所、何やら負傷した冒険者達がぽつぽつと現れた為、気になったイワンは、負傷していた一人の冒険者に事情を聞いた。
そして、話を聞き終えて、このままでは拙いと考えて、駆けつけたのだ。
そんな幸運に助けられて、ショーン達は窮地を脱せた。
だが、そんなショーン達の後ろではイワン達が、モンスターを一匹でもショーン達の後を追わせるものかと奮闘していた。
殲滅するだけならイワンのチームで事足りる。負傷者も出なかっただろう。
だが、逃げたショーン達を追いかけようとした魔物の対処で無理をした為、いらぬ負傷をした。戦闘が終わった時、イワンのチームに無傷のものはいなかった。
にも関わらず、報酬は装備や消耗品、治療代と最低限だけ受け取ると、残りは追加報酬すらいらないと言うのだ。
『これは俺たちが受けた依頼じゃない。それに、下のやつが受けた依頼に勝手に首を突っ込んで、依頼料をかっぱらった。なんて、噂が広まったら、俺たちが笑いものにされちまう』
そんなイワンにショーンは憧れた。
後に、イワン達のチームを調べると、他の冒険者チームからは『チームおせっかい』と呼ばれ、煙たがれていた。
イワン達はどんな危険で報酬額の低い依頼でもギルドを通さずに勝手に受けてしまう。
更には困っている人を見つけるとタダ同然で請け負うので、本来ならギルドに依頼されるべき案件がその分減ってしまう。つまり、冒険者達からすれば、自らの食い扶持が減ってしまうのである。
ちなみに、ギルドとしては勝手に依頼を受けるのは構わない。
構わないのだが、その件数が半端なく多いのが問題だった。
しかも、難易度が高い、低いに関わらず請け負うので、本来ならレベルの低い冒険者に回す案件も減り、レベルの低い冒険者が育たなくなる。
つまりギルドとしては迷惑この上ないチームで、相当上から嫌われていた。
だが、命を救われたショーンはそんな彼らの姿勢に感銘を受けた。
今まで、冒険者をやっていたのは儲かるからで、依頼は報酬の高いものを優先的に受けて、失敗しても、損したな、位にしか思えず、依頼主は愚か、他の冒険者の事なんて考えた事も無かった。
だが、イワンを見て、自分もそうなりたいと思った。
それはショーンだけでなく、あの場で生き残った者達の中にもいた。そんな者が集まって出来上がったのだが、チーム、セルフ・サクリファイス。名の通りに自己犠牲を厭わず、自らより、困っている他者を優先する者たちである。
そして、イワン達を真似して行動し始めた。
『困っているやつを見かけたら、手を差し伸べるのが当然』
それがチームの合言葉である。
そんな訳で、割に合わない、またはタダ同然で依頼を受けまくったのだが、不思議な事に実入りは良くなった。
とは言っても、彼らはその大半を、ギルドを通して、寄付してしまっている。
そのおかげか、ショーン達はイワン達程ギルドから疎まれている訳ではない。ただ、他の冒険者からは疎まれている。こればかりは仕方のない事だろう。
ちなみに、蛇足だが、ギルドを通して寄付をすると、本来の額から一割程少なくなって寄付先に届く。良く言えば手数料。悪く言えば着服である。もっとも、それはショーン達も承知の上ではある。
そんな彼らだから、たまたま通りかかった村の村長から、数日前に村人がビッグスパイダーらしいモンスターを見たので、もしかしたら、近くにビッグスパイダーがいるかもしれない。なので、暫く滞在してくれないか? と、非常に曖昧な依頼をされても快く頷いたのだ。勿論、そんな依頼だから依頼料も当然安い。
この辺りのモンスターのレベルは平均で40中頃、確認された高レベルモンスターが50なので、レベル61のビッグスパイダーがいる可能性は極めて低い。
本来ならもっと北にいかないと遭遇する事は無いモンスターである。ただ、本当にいるのならば一大事である。
この世界はファーストから北、つまりは世界の果てに近づけば近づく程、レベルが高く、屈強で凶悪なモンスターが出現する傾向にある。
ショーン達が村に滞在して数日。村長が心配した通りに、ビッグスパイダーが一匹ひょっこりと姿を現した。
ビッグスパイダーはかなり強いモンスターである。
その巨大な体と、八本ある脚の外骨格は鉄のように固く、物理攻撃だけでなく、魔法も通しづらい。つまり、物理攻撃にも、魔法攻撃にも強いのである。それがこのモンスターの恐ろしい所。
その為、ビッグスパイダーの外骨格は防具の素材として重宝され、中々の高値をつけている。
だが、外骨格とは反対に、目は脆く、二つある弱点のうちの一つになっている。
もっとも、巨体過ぎる為に普通の人間ではそこまで剣が届かず、魔法で攻撃しようにも、八本ある脚を器用に動かして目を守られてしまう。
その動きは、巨体であるにも関わらず素早く、口から出す梳糸は粘り気が強く絡まると中々取れない。粘着力も強いので、下手をすればそのまま地面や木々に縫い付けられてしまう。
ちなみに、そこに目を付けた、一部の高位冒険者には接着剤として利用されたりしている。
かなり手ごわい相手だが、ショーンのレベルが62。他のメンバーも全員レベル61、と敵わない相手ではない。むしろ丁度良い相手と言える。
それを証明するように、ショーン達はビッグスパイダーに善戦した。
このままいけば勝てる。俺たちだって、伊達に一流と呼ばれてはいない。
そうショーンが思った、その瞬間。
絶望がわらわらと這い寄ってきた。
一匹目で驚いたが、まだどうにかなると思った。
二匹目でこれでは仲間の被害が免れないと焦った。
三匹目で村に被害が及んでしまうと、狼狽えた。
四匹目で自分たちの死に場所を悟った。
五匹目で自分たちだけでなく村の壊滅を悟った。
――だが、そんな事は自分たちの誇りにかけて許しはしない。
一人でも多くの村人を逃がす為に戦う。ここが俺たちの死に場所だ。
そう決意したショーンは雄叫びを上げながらビックスパイダーに斬りかかった。ショーンだけではない、チームの誰一人として逃げるものや、自らの命を惜しむもの等いない。皆、果敢に己の得物を手に取り、くそったれの蜘蛛野郎に立ち向かっていった。
だが、束になってようやく一体と互角なのだ。
数の上でも上回れたショーン達に勝ち目など無かった。
一人また一人と、力の限り戦い、地面に倒れていき、終には立っているのはショーンだけとなってしまった。
戦闘を開始して、どれくらい経っただろう? 十分? 二十分? ……村人達は……逃げられた……だろうか? 剣がやけに重い。鎧なんて今すぐ脱ぎ捨てたい位だ。
ビッグスパイダーに囲まれたショーンはあっちっこちに怪我をしていて満身創痍、それでも肩で息を繰り返しながら、刃こぼれが酷い愛剣の柄を握り締める。
はぁ、はぁ、どうやら、俺も、ここまで、か……悔いのない、人生だった……とは決して言えないが、何、最悪では無かった。願わくは、多くの村人が助かる事を祈る。
自然と口元が緩んだ。これから死ぬというのに気分は悪く無い。恐怖も無い。ただただ、疲れた。もう、とっとと終わりにしたい。そんな気持ちが強い。
「……だが、それでも、最後の悪あがきだ」
せめて一匹くらいは道連れにしてやるっ。
そう決意したショーンは一匹のビッグスパイダーを睨みつける。標的は最初に遭遇した一匹。
蜘蛛野郎の区別なんてつかないが、お前だけ傷だらけなんだよっ。ったく、俺の仲間は最後までいい仕事してくれるぜっ。
最初の一匹以外に傷一つすらつけられなかった事を内心で皮肉り、ショーンはぐっと腰を落とす。
「っくぞ! ごら!」
そして、矢のように駆け出す。
そんなショーンに止めを刺そうと、ビッグスパイダーが脚を振り下ろす。
「――シッ」
だが、ショーンは見る見る己に迫る巨大な脚を紙一重で回避。
勢いよく地面に突き刺さったビッグスパイダーの脚が草木を空に舞い上がらせる。
んだよ。まだいけんじゃないか、俺。
視界が広い。
蜘蛛野郎の動きが手に取るように分かる。
蜘蛛野郎の次の攻撃が予測出来る。
それが怖いくらいに当たる。
劣勢のはずなのに負ける気がしない。
もっとも、そこまでしても、勝てるとも思えないが。
ショーンは今まで経験した事が無いくらいに調子が良いのを実感する。
これなら、いけるっ。
ショーンを止めようと、ビッグスパイダーは脚を振り下ろし、梳糸を吐き、終いには、噛みちぎろう口を伸ばす。
だが、どれもこれもショーンの足止めすら出来ない。
待たせたな! 来てやったぜ! くそ野郎!
ついに、ショーンは標的のビッグスパイダーの元へとたどり着き、
「――うらぁ!」
叫びを上げて、無数の小傷がある脚に剣を叩きつける。
――だが、剣は虚しく跳ね返される。
「――そらっ!」
それでも、ショーンは二度、三度、四度、とそれを繰り返す。
だが、無駄、全く効いていないとばかりに、ビッグスパイダーが剣を叩きつけられた脚を振り上げ――下ろす。
「――オオッラッ!」
ショーンは振り下ろされた脚をぎりぎりで躱し、狂ったように剣を叩きつける。
すると、パキッという小さな音と共に、微かにビッグスパイダーの脚の外骨格が砕け落ちた。
ビッグスパイダーの弱点は二つある。
一つは目である。
だが、今のショーンでは目を狙える確率は低い。
だから、ショーンはもう一つの弱点を狙った。
ビッグスパイダーのほぼ全身を覆う、外骨格は硬い。
だが、その硬い外骨格さえ貫いてしまえば、その中身はとてつもなく脆いのだ。
ショーンはその外骨格をどうにかする為に、何度も、何度も、同じ場所に剣を叩きつけていたのである。
これは賭けであった。自分が力尽きるのが先か、外骨格を砕くのが先か。
その賭けにショーンは今、まさに、勝ったのだ。
「――フンッ!!」
ショーンは中身がむき出しになった脚に向けて剣を振り下ろす。
ザッ。
という小気味いい音と共にビッグスパイダーの脚は綺麗に切り落とされ、ビッグスパイダーはバランスを崩す。
ギィー!!
という錆び付いたドアの開閉音のような悲鳴をビッグスパイダーが上げる。
だが、ショーンの攻撃はこれで終わりではない。
「はっはっは、終わりだっ。蜘蛛野郎!」
ショーンはそう言って高らかに笑うと、むき出しの脚に炎魔法が封じ込められた魔石をねじり込み、
「――燃えろっ!」
発動させる。
その瞬間、魔石から解き放たれた炎魔法は凄まじい勢いでビッグスパイダーを燃え上がらせる。たった数秒でビッグスパイダーは火だるまと化した。
「はっはっはっ! どうだ、この野郎! 取っておいた甲斐があったぜ!」
それを眺めながらショーンは大声で叫ぶ。
もっとも、取っておいたというよりは普通に忘れていた、というのが真相ではあるが。
だが、ショーンの快進撃もここまで。
一匹倒したとはいえ、ビッグスパイダーはまだ五匹も残っている。しかも、ほとんど無傷の状態で。
「……はぁ~。ここまでかぁ」
言って、ショーンは満足げに、ドカっと地面に腰を下ろす。
先ほどの反動か、それとも先ほどが異常だったのか、もう全身に力が入らない。剣すらもう握れない。
血を流しすぎたのか、意識がぼんやりとしてきた。
ふと思い出したのは最後にした食事の光景。仲間の一人におかずを一品盗まれた事。
……くっそ……あいつ……あの世で……覚えとけ……よ。
そんな下らない事を思いながら、ショーンの徐々に薄れていき、
「へぇ。あの状態から一匹でも倒したのは、大したものですねぇ」
最後に幼い女の子の声を聞いた気がした。
そして、ショーン達が目を覚ますと、目の前にはビッグスパイダーの死体が転がっていた。
それだけで無く、何人か瀕死の状態にあったはずなのに、誰一人として命を落としておらず、また、かすり傷すら見当たらなかった。
仲間たちが一体何が起こったのか、呆然としていると、ショーンは意識をなくす前に聞いた、声を思い出し、
「……天使だ」
そう、小さく呟いた。
「天使が俺たちを救ってくれたんだ」
あの声は幼く、神という印象は受けなかった。
幼く、これほどの奇跡を起こせるものは、神じゃなければ天使しか有り得ない。
きっと、自分たちの今までの行いを見ていて、それを評価して助けてくれたのだ。
そうショーンは結論づけ、天に向かって深い祈りを捧げた。




