幕間~とある王牙のストーキング~
「いいですか、ましろ。何度も言いますが、決して貴方だとばれないように行動する事。なるべく危険を排除する事。でも、排除しすぎない事。しかし、いざとなったらどんな手を使ってでも三人を生かすこと」
そう強く我に言い聞かせると、ご主人は実家に帰っていった。
何でも急な用事が入ったらしい。
最初、このお願いという命令を聞いた時には内心で、ご主人から強いられるレベルアップの為の訓練と比べれば楽なものだ。とタカをくくっていた。
あの次々とハードルが上がっていく、地獄のような特訓。これ以上の地獄は無いと思い死ぬ思いをして(実際に何度も死にかけ、その度にご主人に回復させられた)ようやくクリアした特訓も、次の特訓で地獄の定義が塗り替えられる。それをクリアしてもまだそれ以上の地獄が続く、終わりなき特訓という名の地獄。
そのおかげもあって、我のレベルも61。そんじょそこらの魔物や冒険者では歯が立たない存在となった。
そんな存在となった我にかかればその位の事は難なく成し遂げられると思っていた。
……だが、現実はそう上手くいかなかった。
まず、手下に命令して三人を尾行させた。何かあれば報告せよと命じた。トラブルがあれば多少強い手下に命じて三人にばれないように排除させようと思っていた。つまり、我は何もせず久しぶりに魔物らしくだらだらしようとしていた。
出だしは順調だった。
刀傷は慎重な男だ。ご主人がいなければ危険な依頼を受けるとは思っていなかった。
その予想は当たり、刀傷は簡単な荷物運びを選び、二人も反対しなかった。奴らも我ほどではないとしても、ご主人からの与えられる特訓に疲れていたのかもしれない。
だが、その途中でエルフの子供を拾った事によって事態は予期しない方向へと流れていった。
まず、墓地で三人を見失った。
どうやら地下に潜ったようなのだが、手下がどうやってもその地下に入れず、三人の状況が分からない。
我はこの報告を聞いて、血の気が引いた。
その地下で三人に何かあったら対処が出来ない。我は急いで現場へ向かい、手下を肉体言語で詰問した。
そこで手下の勘違いに気が付く。
三人は地下に消えたのではなく、地下にこっそりと設置されていた転移魔法陣でどこかに転移したのだと。
我の人生は詰んだ。
念の為、もしかしたら、万が一、という可能性に掛けて乗ってみた転移魔法陣の上で我は自らの死を悟った。
これは術者に許可されたモノしか転移できない代物だ。こういった代物が得意な高位な魔法使いなら規制を解除するなり、改竄するなり出来るのだろうが、今の我には不可能。そもそも、我は肉弾戦に特化していて、魔法は多少使えるレベル。これで三人にもしもの事があったらご主人から殺される事は間違いない。
そう思うと乾いた笑いしか出てこなかった。
だが、そんな諦念も長くは続かなかった。基本的に我は楽観的な性格である。奴らが殺されなければ何も問題は無いのだ。死にかけていた場合はご主人から念の為と渡されたとっておきを使えば良い。本当はあまり使いたくは無いが、最悪の結末を迎えるよりはマシである。
そう思い直すと、手下をかき集めて周辺をくまなく夜通しで探させた。我も必死に奴らの匂いを辿り、ようやく明け方に街道で見つける事が出来た。
その時の気持ちを我は一生忘れないであろう。
耳を澄まして会話を聞き取ると、どうやら奴らはじじいから依頼を受けたらしい。全く面倒な事をしてくれると思いながらも、手下の数を増やして慎重に尾行させた。もう我もだらけようという気は一切なく、我自らが指揮にあたった。
その時の我は少しばかり心配性になっていたのだろう。
だから、失敗した。
あのエルフのガキを迎えに行った二人の行き先にクソ山羊がいると聞いた我は判断を間違い、万全を期すために、自ら排除に向かってしまった。
クソ山羊を軽く小突いたその時、我の頭の中でご主人の言いつけが過ぎった。
『なるべく危険を排除する事――でも、排除しすぎない事』
ここで我がこのクソ山羊を排除してしまうのはやりすぎではないか?
そんな事を思ったのが悪かった。
我が悩んでいる間にあろうことかクソ山羊は二人のいる方向へと逃げ出した。
慌てて追おうとしたが、ご主人から決してばれるなと言われていたのを思い出し、手下を向かわせた……だが、手下では追いつく事が出来ず、クソ山羊と二人は遭遇してしまった。
もうこうなってしまったら手下も使えない。群れている狼牙を見た二人は我の存在に気がついてしまうかもしれない。
だが、あの二人の手にはクソ山羊は手に余るだろう。
いざとなったらばれても仕方がないので飛び出そうと思い、我はこっそりと草むらの中から様子を伺った。
すると、クソ山羊は余程我の事が恐ろしかったのか、二人には関心を示さず、そのまま通り過ぎようとしていた。
我は内心でほっと安堵した――その時、あのエルフのガキがしでかした。理解出来なかった。何故自らよりも強い生き物を挑発するのか。
呆気に取られていると、刀傷がエルフのガキを庇って、傷を負った。
その光景を目にして、我はご主人の言葉が頭を過ぎった。
『特に蒼真さんには気を配って下さい。理由は分かりませんが、あの人は自分の命を低く見すぎている気がします』
即死かと思った。
だが、運の良い事に刀傷は生きていて、どうにかこうにかクソ山羊を倒せた。しかし、傷が深い。あのまま放置したら今度こそ死ぬだろう。だが、あの様子では直ぐには死なない。
我は直ぐに出ていこうか悩んだ。
刀傷が今、我が出ていかなければ死ぬと分かっていれば悩まなかっただろう。
だが、そうではない。
ご主人の命令は、三人を死なせてはならない。だが、我とばれてもいけない。
これは、我とばれても飛び出さないといけない、いざという状況なのか、それともまだその時では無いのか。
悩んでいるとエルフのクソガキが逃げやがった。逃げるならもっと早くに逃げろ。
しかし、女だけでは重症を負った刀傷を拠点まで連れていけないだろう。
ここに至って我は出て行く事を決意する。
良しと一歩踏み出したその瞬間、我は素晴らしいアイデアを思いついた。
少し前に我は人化する事が可能となった(特に使うメリットが無いので全く使っていないが)。しかし、奴らの前では一度も人化した事が無い。つまり、人化して助ければ我とばれないのでは無いか?
その考えは間違っておらず、ご主人から貰った三つのとっておきを一つ使ってしまったが窮地は脱した。
……しかし、ご主人が『念の為』と言っていた、とっておきを一つとはいえ使ってしまった。これがご主人の採点にどう影響するか……嗚呼、帰るのが怖い。




