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レベル99の幼女と最弱パーティー  作者: 癸識
エルフの村 ジュリアン
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第47話

 全員が寝静まった深夜、一人の少女が蒼真達のテントを訪れていた。少女、ことエルは一度躊躇ってから、そっと、少しだけ出入り口の布を捲り、中を覗き込む。

 そこには三人の男女が穏やかな寝息を立てながら眠っている。蒼真と理紗の距離は非常に近く、まるで恋人同士のようである。

 エルは眠っている蒼真の顔をじっと見つめる。

 寝息は規則正しく穏やか、顔色も良い。


 ……あの状態から生き残るなんて、運が良いわね。奇跡と言っても過言じゃないわ。


 エルは呆れたようにため息を吐く。

 それから、暫く蒼真を観察してから、満足したように、そっと出入り口の布を閉めようとして、不意に目を覚ました蒼真と目があった。


「……エル?」


 寝ぼけ眼の蒼真が確認するように、問いかけてくる。


「ええ、そうよ」


 エルはその問いかけに答えようかどうか少しだけ悩み、答える事にした。あのまま、何も言わずに立ち去ったら、まるで自分はこの場から慌てて、逃げ出したかのようでは無いか。

 何か、やましい事があるかのように。


「こんな時間に何か用か?」


 大きく欠伸をしながら蒼真が問いかける。


「おじ様から貴方が生き残ったって聞いてね。本当かどうか確かめに来たのよ」


 初め聞いた時は信じられなかった。そして助かった理由を知って妬ましくなった。何故、この男は助かって、パパは未だに苦しんでいるのだろう、と。

 それと、もう一つ、心に浮かんだ感情があったはずだけれど……今となっては、もう覚えていない。


「ああ、おかげさまで。運が良かったよ。エルは今までどこに?」


「村よ。薬を届けに行っていたの」


「そうか。そりゃ姿を見ないはずだ」


 言って、苦笑いを浮かべると、そっと立ち上がりエルに近寄る蒼真。


「何?」


 エルはそんな蒼真に警戒しながら、問いかける。


「ここで話していると、二人が起きちゃうかもしれないからな」


「二人が起きたら何かまずいのかしら?」


「まずいって訳じゃないけど、起こすのも悪いだろ?」


「私は気にしないわ」


「俺が気にするんだよ」


 言って、蒼真がテントから出て、そっと出入り口の布を戻す。それから、じっとエルを観察するように見つめる。


 ……まるで、私を責めるような目つきね。何が言いたいのか大体想像が出来る。


 エルはそんな蒼真を見て内心でため息を吐く。


 きっとこの男も私の事を責めるに違いない。でも、私は何も悪くない。だから何を言われようとも謝らないし、謝る必要も無い。


「そんなに見つめられると、とても不愉快なのだけれど」


 エルは先手必勝とばかりに、強い口調で言い放つ。


「ああ、すまん。怪我は無いって聞いていたんだが……どうやら違ったみたいだな」


 不機嫌さを隠そうとしない攻撃的なエルに対して、蒼真は申し訳なさそうな表情を見せる。


「怪我?」


 怪我など一体どこにあると言うのだろう。エルは蒼真の言葉に首を傾げる。


「ああ、顔が少し腫れているみたいだから……大丈夫か?」


 蒼真に言われてエルは、ああ、その事かと思い至る。


「ああ、これは貴方の仲間から殴られたのよ。私は何もしていないのに、全く、人間というのは野蛮な生き物ね」


 ちらりと理紗が寝ているテントを見てから、ふんっと不機嫌に鼻を鳴らして言い放つエル。


「……あ~、その、なんだ。すまんな」


 頬を掻きながら蒼真がエルに謝罪する。


「何故、貴方が謝るの? 謝るのならあの女のほうでしょう?」


 そんな蒼真をエルは訝しげに見る。


「まぁ、なんだ、どうやら、原因は俺にあるみたいだし……理紗はきっと謝らないだろうから」


「ええ、あの女は決して謝らないでしょうね」


 言って、頬に手をやるエル。

 あの時の理紗からは遠慮とか手加減とかそういったものがエルには一切感じられなかった。エルを殺す気だったと言っても、過言ではない。拓也が止めに入らなければきっと理紗はエルが意識を失うまで殴っていただろう。下手をすれば本当に殺されていたかもしれない。

 そう思うと自然と背筋に冷たいものが流れる。


 ……あの眼鏡も私の為じゃなく、こいつの為に止めに入った。おじ様は止めようともしてくれなかった……私は何も悪くないのに……皆、皆、敵だ。


 敵意むき出しでエルは蒼真を睨みつけ、


「それで? 貴方も私を殴るのかしら?」


 そう問いかける。


「……は?」


 それを聞いて、蒼真は目をキョトンとさせる。


 白々しい。


 エルはそんな蒼真を見て苛立つ。自分に腹が立っていない訳が無いのだ。心の中ではどのようにして自分に復讐してやろうかと考えているはずに違いない。それをさとられないようにあんな態度を取っているに決まっている。


「それとも、もっと酷いお返しを考えているのかしら? でも、お生憎様。今の私は短杖を持っているわ。何かしてきたら容赦なく魔法を叩きつける」


 言って、短杖を構えるエル。

 理紗の時は自分も冷静では無かった。あんなもの魔法を使えば簡単に無効化出来たし、もっと強烈にやり返せた。そう、これは正当防衛。私は間違っていない。


「……は?」


 そんなエルに蒼真は何を言っているんだこいつ? という目を向ける。


「安心しなさい、ちゃんと手加減はしてあげるから」


 シラを切り通すつもりね。その手には乗らない。私が短杖を構えたからどうにかして隙を作りたいだけよ。油断ならないわ。


「う~ん……何か、勘違いしていないか?」


 油断なく短杖を構えるエルを見て、蒼真は肩を竦める。


「俺は別にエルをどうこうしたい訳じゃないし、ましてや殴ろうなんてこれっぽっちも考えていない」


 大きくため息を吐き、そんな事を言う蒼真。


「――嘘よ! 騙されないわっ」


 そうだ、嘘に決まっている。こんなあからさまな嘘に騙されるのは赤ん坊くらいのもの。


「いや、嘘って言われても……そもそも、何でエルは俺に殴られると思ったんだ?」


 眉を顰めながら蒼真が問いかける。


「あの女が私を殴ったからよ」


 そうだ。言ってみれば怪我すらしなかった第三者があそこまで怒りを顕にしたのだ。それが当人となれば怒っていないほうが可笑しい。この男は死にかけたのだ。

 私はこの男に助けてとも、守ってとも、庇ってとも言っていない。この男が勝手にやった事だ。つまりは自業自得でしかない。何故、私があしざまに言われ無ければいけない。


「だから俺もエルを殴ると?」


「そうよっ」


 そうに決まっている。そうでなければ可笑しい。


「いや、俺は殴らないし、それどころか、怒ってすらいない。むしろ、エルには、いや、理紗や拓也やワグマのじいさんにも悪いことをしたと思っている位だ」


 言って、バツが悪そうに頬を掻く蒼真。


「意味が分からないわっ」


「そもそもの原因は俺にあるからだよ。エルを探しに行くだけだから軽装備で構わないと油断をした。その結果があの様だ」


 言って、自嘲する蒼真。

 その姿があまりにも真に迫っていて、エルには嘘とは思えなくて、


「……でも、私が魔法をゴートに放たなければ良かったとは思っているでしょ?」


 つい、エルは警戒を緩めて、そんな事を問いかけてしまった。


「いいや、あのままやり過ごせた可能性は残念ながら低い」


 低いと言っているが、エルの見立てでは低く見積もっても半々だ。決して低い確率とは言えない。


「嘘よ」


 だからこれは嘘だ……でも、この嘘はこの男にとっては何のメリットにもならない。


「本当だよ」


 嘘……けれど、嘘と断言したくない嘘。そう、この嘘は、とても暖かいのだ。嘘だけれど信じてしまいたくなる嘘。


「信じないわ」


 だけれど、この嘘を信じてはいけないのだ……何故なら、真実というやつは、とても冷酷で、冷たく、決して覆らないものだから。


「別に信じてくれなくても構わないよ……でも、ごめんな。怖い思いさせて」


 だから、何故この男が謝る必要があるのだ……謝罪が必要なのは、むしろ。


「怖くなんて無かったわ」


 嘘だ。とても怖かった。私の嘘はこの男の嘘と比べて酷く薄っぺらで、ちっとも暖かく無く、つつけば崩壊してしまう程に脆い。


「心配させてごめんな」


「心配なんてしていないわ」


 嘘だ。とても心配だった。自分のせいで死んじゃうんじゃないかと怖かった。だからこんな真夜中にも関わらず様子が気になって、いてもたってもいられなくて、ここまで来たんだ。


「そうか、なら良い。エルは何も悪くないんだから」


「そうよ。私は何も悪くない」


 嘘だ。何もかも、私が悪い。


「ああ、だから泣くことは何も無いんだ」


「泣く? 誰が?」


「エルが」


「私が? 私は泣いてなんて――あれ?」


 ここで初めてエルは自らの頬をいつの間にか流れていた、暖かい感触に気が付く。


 何で、私は、泣いている、の?


 本当は、怖かったから、不安だったから、心配だったから――蒼真に、赦して欲しかったから。


 ……ああ、だから、私は泣いているのか。


 視界が滲み、トスンっと、握っていた短杖が地面に落ちる音がした。


「……皆……皆……私が、悪いって……そう、言うの」


 自分だって本当はそう思っている。何もかも自分のせいだ。そして、それは嘘ではなく、真実だ。

 真実というやつはその多くが目を覆い隠したくなる程に醜悪で、冷たく、慈悲など無く、どうしょうもなく現実である。


「エルは何も悪くないよ」


 だから私は嘘を求めていたのだ。甘美で、耳当たりよく、心地よく、優しい、そんな嘘。


「……そう……私は、悪くないの……悪くないのに」


 だから私は自分自身に嘘を吐いた。嘘を信じていたかった。真実が、現実が耐えられないものだったから。


「ああ、そうだな」


 だけれど、自分の嘘を信じれば信じる程に、その嘘は重くなっていき、甘美だったものが辛苦に変わり、何も聞こえなくなり、あんなに良かった耳当たりは煩わしくなり、逃げ出したくなった。だけれど、逃げられる場所なんて、どこにも無くて。


「……私は、悪く、ない……のに……そう、なのに……」


 私の心はこの嘘に絡め取られて逃げられない。


「ああ、本当にごめんな。全部、俺のせいだから」


 そう言って、いつの間にか近くにまで来ていた蒼真に、優しく頭を撫でられた。


「……ひっく……悪く……ひっく……ないっ」


 ダムが崩壊するように涙が勢いを増し、エルは泣いた。恥も外聞も、見栄もプライドも、かなぐり捨てて泣いた。


「ああ、悪く無い。ごめんな、本当にごめん」


 そんなエルを蒼真は優しく抱きしめ、エルの耳元で囁く。


「早く見つけてやれなくて、ごめん。怖い思いをさせて、ごめん。悪者にされて、ごめん。守ってやれなくて、ごめん」


 この男は嘘ばっかりだ。普通に考えればこの男の言っている事は全て嘘だ。

 ……だけれど、この男の嘘は自分の嘘と違って、暖かく、優しくて、そして、強い。


「…………ごめん…………なさ…………い」


 だから、私も、この男には『嘘』を吐く事にした。

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