第46話
「ふむ。これがどのようなものか知っているのか」
言いつつ、これでもかと目を見開いているワグマを無視して、蒼真に近づく白銀の女性。
「知っておるに決まっておろう……とは言っても、実物を持っている人物には初めて会うがの。儂なんぞには逆立ちしても手が届かんアイテムじゃ」
言って、目を細めて宝石を観察するワグマ。
白銀の女性が持っている宝石は魔法を封じ込められる魔石である。この魔石は普通の魔石とは違い、発掘される確率が非常に低い。つまり、非常にレアなアイテムである。
その為に高価となり、庶民とってみれば馬鹿らしくなるくらいの値段が付いている。
基本的に封じ込められる魔法は一つだけ、しかも一度封じ込めた魔法を解き放つと再度魔法を封じ込める事は出来ない。
つまりは使い捨てのアイテムである。
ただ、この魔石は魔力を消費せず、しかもほぼノータイムで魔法を発動させられるという非常に魅力的なアイテムである。
しかも、魔法を封じ込める、ので、自分では使えないような強力な魔法でも発動可能。例え自らの魔力がゼロであってもこの魔石であれば魔法を使う事が出来る。
冒険者の中でも手が届くのは一流クラスから、頑張ってお金を貯めれば二流の上位でも手が届くかもしれない。
この魔石の使い方は基本的に二つ。強力な攻撃魔法を封じ込めておくか、それとも万が一の保険の為に上位の回復魔法を封じ込めておくかである。
「ちなみに、念の為に聞いておきたいんじゃが、それに込められた魔法は回復魔法じゃよな? もしや助かる可能性の低い刀傷に慈悲とばかりに攻撃魔法を放ったりはせんよな?」
「今の、と言うより、この男を殺すのに、わ……たしがそんな事をする必要があると?」
「いやいや、念の為に聞いてみただけじゃ。して、それで刀傷は助かるのか?」
「問題なく助かるだろう……とは言っても、わ――んんっ。私も知り合いから念のためと貰っただけで、実際にどれくらいの魔法が込められているのかは知らない」
「なんじゃ、お前さんも知らんのか」
「ええ。とは言っても、くれた知り合いは、私、よりずっと強いので心配する事は無い」
言って、片膝を着くと、宝石を蒼真に翳す白銀の女性。
「――発動」
白銀の女性がそう口にした瞬間。
宝石から眩く、暖かい光が放たれ、蒼真を包み込む。
蒼真を包み込んだ光はゆっくりと、まるで蒼真に吸い込まれるように消えていく。
「ほぉ」
光が完全に消え去ると、ワグマは感嘆の声を漏らす。
先程まで血の気が全く無く、最早死人と言われても納得してしまいそうだった蒼真の顔に血の気が戻っている。
腹部を貫通していた大穴も綺麗さっぱり消え去っていて、穴が空いていたのが嘘のようである。
ぱっと見で判断するならば今の蒼真は健康そのものである。
……これなら宝石に封じる価値があろうの。儂が知る限りでは最高レベルの回復魔法で重傷者を戦闘可能レベルまで一瞬で回復させるはず……まぁ、見たことも使える奴も儂は見たことがないが。それと比べると若干劣るとはいえ、あの状態の刀傷をここまで回復させるとは……間違いなく上位の回復魔法じゃの。そんなものを見ず知らずの他人に使うこの白銀の嬢ちゃん……一体、何者じゃ? 最低でも一流の冒険者じゃないと可笑しいんじゃが……しかし、それなら尚更他人の為には使わんと思うし、そもそも、ここにはどんな用事で来たんじゃ? ……もしくは、どっかの、大金持ちの令嬢とかか?
今更ではあるが、むしろ、蒼真という心配事がなくなった今だからこそか、ワグマはこの謎の白銀の女性の素性が気になり始めた。
「これで大丈夫でしょう。とは言っても、念のために様子は見なさい」
言って、輝きを失った宝石を巾着に仕舞い、再び胸の中に突っ込むと、出口に足を向ける白銀の女性。
「――このまま帰るのか? 刀傷やその仲間に言えば、全額、はとてもでは無いが無理として、その一部でも金を払うとは思うが」
「所詮貰い物。元手はタダです」
「そうか、なら――」
「――では、失礼」
まるでこれ以上はワグマと話したくないとばかりに、白銀の女性はさっさとテントから出て行く。
「……何じゃったんじゃ一体」
博愛主義者? 意外とあの宝石の価値が分かっていなかった? 金持ちの気まぐれ?
様々な考えを思い浮かべ、首を傾げつつ、ワグマは念のためと蒼真の容態をみる。
「ふむ。問題なさそうじゃの。これならそのうちに目を覚ますじゃろう」
入念に容態をみてからワグマは頷く。
「全く、儂の覚悟と気合は一体何じゃったんじゃ、馬鹿らしくすら思えてくるわい」
言って、苦笑するワグマ。
「さて、険悪になっている奴らにこの事を知らせに行かんと……ふっわ、安心したら眠くなってきたわ。知らせたら儂も少し寝るか」
ワグマは大きく欠伸をすると、蒼真に毛布を掛けてテントを出た。
「……ん」
ゆっくりと、まるで少しだけ居眠りをしてしまっていたかのように、蒼真が目を覚ます。
「蒼ちゃん」
「蒼真」
寝ぼけ眼のまま半身を起こせば、聞き慣れた二つの声がして、そちらを振り向く。
すると、理沙が満面の笑みを浮かべ、拓也は何やら安堵した様子を見せる。
「……どうした?」
そんな二人に蒼真は目を擦りながら首を傾げる。
「――蒼ちゃんっ」
すると、理紗が突然、蒼真に向かって駆け出し、そのまま蒼真の胸に飛び込んできた。
「――ちょっ!?」
その勢いと、全く予期できなかった出来事に蒼真は耐え切れずに、そのまま後ろへと倒れこむ。
「蒼ちゃん、蒼ちゃん」
飛び込んだ理紗は蒼真の背中に手を回して、何度も、何度も、蒼真の名前を呼ぶ、その瞳には涙が揺蕩っている。
蒼真の胸に押し付けられて理紗の大きな胸がぐにゃりとその形を変える。
「おいっ。ちょっと――」
蒼真はその柔らかい感触に思わず慌てて、抱きついてきた理紗を離そうとするが、理紗がそれを強く拒む。
「少し、そのままにしておいてやってくれ」
何が何だか分からない蒼真に拓也が声を掛ける。
「一体、何がどうなっているんだ? 確か俺は……」
蒼真は柔らかい感触から意識を逸らすように記憶を辿る。
思い出されるのは、草木の匂い、傷を負ったゴート、腹部に走る痛み、熱さ、血の匂い。
「そうだ。俺はゴートにやられて――エルは無事か?」
思い出した蒼真は再び半身を起こして周囲を見回す。だが、エルの姿はどこにも見当たらない。
「ここにはいない。けれど、無事だよ」
そんな蒼真に拓也が苦笑混じりに答える。
「そうか、それは良かった」
拓也の答えを聞いてほっと胸をなで下ろす蒼真。
「……何で?」
蒼真に抱きついたままの理紗が胸の中で、小さく呟く。
「ん?」
「何で、あの子の事を心配するの?」
「ん? 何でって、普通はするだろ?」
「何で? あの子のせいで蒼ちゃん、死にかけたんだよ? あの子が魔法をゴートに使わなければ、襲われる事は無かったんだよ?」
「そうかもしれないけど、使わなくても襲われたかもしれないだろ?」
「だけど、蒼ちゃんがあの子を庇う必要は無かった」
「いや、普通は庇うだろ」
「でも、そのせいで蒼ちゃんは死にかけたの、私たちはリーンちゃんみたいに強くない。だから、出来る事と出来ない事を理解しないといけない……あの子は見捨てるべきだった」
「いや、言っている事は分かるが、見捨てるって、お前」
「そうするべきだった――あんな子っ」
「……んん? 何か、あったのか?」
いつもの理紗らしくない態度に蒼真は首を傾げて問いかける。
「……」
だが、それに理紗が答える事は無く、ぎゅっと、蒼真を抱きしめる力を強めただけ。
その様子に蒼真はため息を吐き、拓也を見遣る。
「まぁ、ちょっと、な」
そんな蒼真に対して、拓也は気まずそうに頬を掻きながら答える。
そんな二人の様子から何かしらあったのだろうと蒼真は確信する。確信はするが、この二人から聞いても答えは返ってこないだろうと思い、再びため息を吐いた。




