第44話
――生きている。
腹部に深々と、どころかゴートの角を貫通させた蒼真は内心で即死しなかった事に歓喜した。
剣は? ……ツイているな。どうやら手放していないらしい。
蒼真は手のひらから伝わってくる無骨な感覚を確かめて、ゴートに弾かれながらも手放さなかった自分自身を褒めてやりたい気持ちになった。
それなら、まだやれるな。
気が高ぶっているせいか、痛みはあまりない。
蒼真は、ぎゅっと剣を握り締める。
「――うおぉおぉお!!」
そして雄叫びを上げながら、自らを持ち上げているゴートに向かって力いっぱい振り下ろす。
「――メェー!」
踏ん張りがきかない為、大した威力は出せなかったが、それでも、物理攻撃を苦手とするゴートには効果的であるらしく、蒼真の剣はゴートの額に突き刺さる。
だが、絶命には至らず、その痛みでゴートは大きな鳴き声を上げながら、いやいやと首を左右に振り回す。
――くっそ! 一撃で殺れなかった!
蒼真は振り落とされないようにしっかりと剣を握り締める。
振り落とされたらもう二度とこの距離まで近寄れない。ここで倒さないと三人の生存確率はぐっと下がってしまう。
「――メェー!」
そんな蒼真にゴートはいい加減にしろと言わんばかりに鳴き声を上げると、後ろ足で地面を蹴り上げ始める。振り落とせないなら、このまま木に叩きつけてやろうという魂胆であろう。
「――理紗っ!」
その動作を見て、蒼真は慌てて声を張り上げる。もしかしたら後ろにはまだエルがいるかもしれないのだ。
「――吹っ飛べ」
理紗の声と、ほぼ同時にゴートが駆け出した。
「――っぁ」
蒼真がゴートの足を止めるために、剣を引き抜き、振り下ろす暇さえ無く、ゴートは近くにあった大木にぶつかる。
強く体を打ち付けて思わず蒼真は声を漏らすが、思いのほか痛みは無い。きっと腹部から貫通したゴートの角が先に木に刺さったおかげであろう。しかも、木の背にした今の状態であるなら先程より、ずっと踏ん張りがきく。
蒼真はここが正念場だと、剣を引き抜き、
「――ぐぅうぉおぉおぉおぉ~!!」
獣の咆哮のような声を上げて振り下ろす。
「――メェエェエェー!!」
――くっそ、まだかっ! しぶとい!
まだ絶命していないゴートを見て、再び剣を引き抜き、振り下ろす蒼真。
「エェエェ……」
すると、明らかにゴートの鳴き声が弱くなる。
だが、まだ絶命していない。
蒼真は三度剣を引き抜き、振り下ろす。
すると、ゴートが膝から崩れ落ち、動かなくなった。
……やった、か?
蒼真は油断なく剣を引き抜くと、念のためにゴートに向かって振り下ろす。
だが、ゴートはぴくりとも動かない。
……やった、か……っ。
それを見て、蒼真はほっと安堵した。すると、今まで感じていなかった痛みが急激に襲いかかってきて、一瞬だけ蒼真の意識が飛ぶ。
……と、とにかく、この角だけでもどうにかしないと。帰るに、帰れない。
蒼真は朦朧としてきた意識の中、未だに木にはりつけられた現状をどうにかしないといけないと思い、必死に剣を角に向かって、振り下ろす。
だが、全く威力が出せず、ゴートの角は少し欠けただけ。
……くっそ。
蒼真は内心で毒づき、もう一度剣を振り下ろす。だが、結果は同じ。
まるで、道連れにしてやるとゴートが蒼真に言っているようである。
「――蒼ちゃんっ!」
名前を呼ばれて振り向けば、顔面蒼白の理紗が泣きながら、こちらを見ていた。
……そんな、顔、するなよ……大丈夫……だから、さ。
理紗の顔を見た蒼真はなけなしの力をかき集めて、三度剣を振り下ろす。
すると、パキンっという甲高い音を立てて、ゴートの角が折れる。
蒼真はそれを耳にして、ゆっくりと前のめりに倒れいき、意識をなくした。
「――蒼ちゃんっ!」
理紗は倒れて動かない蒼真に駆け寄ると、刺さったままの角を抜こうとして躊躇する。
角を抜いて出血が酷くなるのを恐れたのだ。ただでさえ、蒼真の出血は酷く服を真っ赤に染めているのだ、これ以上の出血は即死に繋がりかねない。
とにかく、運ばないと。
「エルちゃん!」
そう思って、エルに声を掛ける理紗。
理紗の魔法で吹き飛ばされて、ゴートの突進を辛くも避けたエルは座ったままじっと、呆然とした様子で、一連の出来事を見ていた。
「――っ」
理紗に声を掛けられ、はっとすると、慌てて立ち上がり、理紗と蒼真を交互に見てから、顔を歪めて――その場から逃げ出した。
「――なっ!? ちょっと!」
それに驚いた理紗は驚愕の声を上げる。
だが、そんな声は聞こえないとばかりに、エルは振り返らずに、一目散に森の中へと消えていった。
「……信じられない」
暫し、呆然とした後に理紗は呟く。
すると、ふつふつとエルに対して怒りが湧き上がる。
私だけでなんとかしなくちゃ!
理紗はその怒りを力に変えると、蒼真の肩に手を回して立ち上がらせると、そのまま引きずるように歩き出す。
だが、とにかくその歩みは遅い。
蒼ちゃん、蒼ちゃん、蒼ちゃん。
理紗は心の中で何度も蒼真の名前を呼びながら必死に足を動かす。
「――あっ」
と、本来なら躓かないような木の根に理紗は足を取られて、そのまま盛大に転ぶ。
あ~! もうっ! くっそ!
理紗は内心で毒づき、髪を振り乱しながら立ち上がる。
「平気か?」
すると、いつの間に現れたのか、そこには一人の女性が立っていた。
女性の見た目はまだ二十代前半であろうが、その髪色は白い。端正な顔立ち、少しだけつり上がった目尻、黒曜石のような瞳、と掛け値なしに美人と言えるだろう容姿をしている。
「助けてくださいっ!」
理紗はその女性を見て、なりふり構わず、瞳に涙を浮かべながら助けを乞う。
女性は、そんな理紗と転がった蒼真を見て状況を理解したのか、何も言わずに蒼真に近づくと、腰を下ろすと、ポケットから一つの石を取り出す。
「気休めだが、しないよりは良いだろう」
言って、蒼真の腹部に石を翳す女性。
すると、石が暖かい光を放つ。
「……魔石?」
理紗はそれを見て、その石がただの石ではなく、回復の魔石である事を理解する。
「男を運ぶ。どこに運べば良い?」
暫く石を蒼真に翳していた女性がそう言って、蒼真を軽々と持ち上げる。
「ありがとうございます! こっちです!」
言って、理紗は大慌てで女性を拠点へと案内し始めた。
ゴート、人間、怪我、怖い、逃げなきゃ。
森の中を疾走するエルの頭の中はぐちゃぐちゃに混乱していた。
庇った? 私のせいなのに? 何故?
見捨てられる原因なら数多く思い浮かぶ。しかし、自分を庇う理由が一つも思い浮かばない。
どうして? なんで? わからない。りかいできない。
必死に両足を動かしながらエルは考える。
「――うわぁあぁ~~!!」
ぐちゃぐちゃな思いを吐き出すように、エルは大声で叫ぶ。
不意に脳裏をよぎる、自らを庇って大怪我をした蒼真の姿。
「――っ」
ピタリとエルの足が止まる。あれは相当に酷い怪我だった。早く手当をしないと間に合わないだろう。
間に合わない? 何に? 間に合わないと、どうなるの?
「――ひっ」
最悪の結末を予想してエルは小さく悲鳴を上げる。そして、慌てて来た道を振り返る。
薄暗い森の中はいつも通り、見慣れた光景、それなのに、今は酷く恐ろしく、悍ましく思えて、
「――っ」
ぎゅっと唇を噛み締めると再び走り出す。
――誇り高いエルフがそれで良いの?
心のどこかでそんな声が聞こえる。
――所詮、下等種族の人間だ。構いやしない。
心のどこかでそんな声が聞こえる。
――だからこそ、助けるべきです。
――構いやしない。それに、行って何が出来る?
――出来る事をするべきです。
――何も出来やしないさ。
――助けてもらったではないですか。
――頼んでいないさ。いざとなったら自力でどうにか出来た。
――そうでしょうか?
――そうさ。それに、優秀な種族であるエルフを守れたんだ。奴だって、本望だろうよ。
……そうか……そうかもしれない……私は『守られた』んじゃない……『守らせてあげた』んだ……だから、私は悪くない。
「……あっはっはっは」
そう結論づけると、顔を歪めて、目尻に涙を浮かべながら笑う。
――私は何も悪くないっ。
エルは走りながら何度も自らにそう言い聞かせた。




