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レベル99の幼女と最弱パーティー  作者: 癸識
エルフの村 ジュリアン
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第38話

 ……予想はしていたが……これは酷いの。


 村にはられた結界を抜けて、一人で村に入った瞬間にワグマは思わずその端正な顔つきを悪臭で歪めた。

 その悪臭はワグマの人生で一番きつく、これなら肥溜めに落ちたほうがマシだと感じさせる悪臭だった。

 エルに合わせて向かっている蒼真達を置いて、ワグマは一人で先に村にたどり着いていた。

 ヴェルサスを経ってから十日。

 途中で遅れがちのエルをワグマが背負いながら急いで来たつもりだが、エルがいなければ七日、蒼真達だけでいいなら五日でたどり着けたであろう距離である。

 ワグマはまず村の様子を見て、ついでに必要なものを調達してからモンスター討伐の日程を組もうと思って、村まで先行してきたのだ。


 ……懐かしい。しかし、少しも変わっておらんの。


 ワグマは鼻をつまみながら昔暮らしていた村を見回す。

 ワグマが村を出てからおよそ二百年。村は何一つ変わった印象が無い。

 それを懐かしむ感情と、二百年も経っているのに何一つ変わっていない事に愕然とする。

 二百年も経てば人間社会はがらりと変わる。常識が非常識に、非常識が常識になったりもする。笑い話や絵空事が現実になったりもする。

 その成長速度を良しとする人もいれば、悪いと判断する人もいるだろう。だが、ワグマは前者である。

 そんな人間に惹かれて、エルフの村を捨てて人間社会にその身を置いている。


 ……いや、エルフにとってみればまだ二百年なのか……長寿というものは時として障害になるものじゃの……今はまだエルフの技術や知識のほうが人間より優っておるが、このままではいずれ抜かれてしまうじゃろうな。


 内心でため息を吐き、ワグマは目的の家を探す。

 目的の家は直ぐに見つかった。

 そして、ワグマは家のドアを開けてギョっとする。

 家の壁に、床に、ベッドに、所狭しと詰め込まれたエルフは皆死んだようにぴくりとも動かない。時折、微かに胸が上下しなければ、蚊のようなうめき声を上げなければ、死体と見間違っていた光景であろう。

 そして目が痛くなる程にきつい悪臭がワグマを襲い、思わず手で目を覆い隠す。

 その拍子に鼻をつまんでいた手の力を緩めてしまい、その隙間から凄まじい悪臭がワグマに襲い掛かり、堪らずにえずく。


 ……な、なんじゃここは。


 ワグマの頭の中で様々な悪臭が思い返されるが、ここ以上に酷い臭いは嗅いだことは無い。下手をすればこの悪臭で人を殺せるのではないかと思ってしまう程にその悪臭は強烈で、長い人生でこれ以上の悪臭とは二度と遭わないであろう確信がワグマの中で芽生える。

 それでもどうにかこうにか目的の人物を探す為に足を踏み入れるワグマ。

 そして、初めの一歩でぬるりとも、ぐにゃりとも、べちょりともいえる感触に足を囚われて思わず滑りこけてしまいそうになる。

 しかし、どうにか踏み止まる事に成功したワグマ。ほっと胸をなでおろすと、先ほどの何とも言えない気持ち悪い感触を思い出して背筋をぶるりと震わせる。


 ……一体何をどうすればあんな感触が作り出せるのじゃ?


 ワグマは躊躇する。目的に人物も予想が正しければ十中八九、どころか九分九厘、病に罹って使い物にならないであろう。

 そんな確認作業をする為に自分はあの何ともいえない気持ち悪い感触に耐えなければならないのだろうか?


 ……はぁ~。


 だが、ワグマは内心で(本当は普通にため息を吐きたかったのだが、悪臭の為、息をすることすら最小限にしたい為に)大きなため息を吐くと、覚悟を決めて踏み出す。

 万が一、奇跡的に、という可能性が残っている為で、もし、そうなったのならば随分と自分の労力と生産速度が早まり、救える人数が増える為である。

 目的の人物は、家の最奥に作られた研究室にいた。

 途中で転びそうになり、数人のエルフを盛大に踏んづけてしまったが、死にはしていないだろう……恐らく。

 目的の人物は椅子に座り、机に突っ伏した格好で倒れていた。

 そこら辺に転がっているエルフ達同様に、息をする度に肩が上下しているので生きてはいるのだろう。だが、呼吸以外は動きらしい動きが無く、はっきりと病に侵されているのが見て取れる。


 やはりジャックは役には立たんか。まぁ、そうじゃなければちみっ子を隣村まで行かせる何て事はせんか。


 そう内心でため息を吐き、ここにはもう用が無いと、早々に踵を返すワグマ。


「……だ、れ……だ」


 足早にその場を離れようとしたワグマの耳に途切れ途切れだが、はっきりと聞き取れる声が飛び込んでくる。

 ワグマはそれに答えるかどうか躊躇する。理由は言わずもがな、この劣悪な空間から一刻も早く退散したいからだ。


「……侵入者……を、殺す、力、ぐらいは……残っている、ぞ?」


 ワグマの躊躇をジャックは悪い方向に捉えたらしく、ゆっくり、ゆらりと、まるで幽鬼のように振り向く。その頬からは生気が感じられないが、その目は死んでおらず、ギラギラと怪しく輝いていた。


「久しいの、ジャック。儂の事を覚えておるか?」


 ワグマは観念して今にも攻撃してきそうなジャックに声を掛ける。鼻で息をしないように気をつけながら。

 すると、ジャックは目を大きく見開いて驚きをあらわにする。そして、小声で、まさか、そんな、有り得ない、と呟く。


「何じゃ、忘れてしまったのか? あそこまで面倒をみてやったというのに、薄情なやつじゃ」


 そんなジャックを見て、ワグマは肩を竦めて、やれやれと首を左右に振る。


「……ウォル……何故、あなた……いや、お前、がいる?」


「何故って、お前さんの娘をたまたま拾っての、聞けば故郷であるこの村がやばいということで、助けに来てやったんじゃが、必要なかったか?」


「必要、ない……村を、捨てた、貴様、に助けられる、など、恥も、良いところ、だ」


「そうか、そうか。なら、ここで転がっているエルフどもは皆、死ぬな。もちろん、お前さんも、そして、お前さんの娘もな」


「……っ」


「ジャック。儂の手助けが要らないというのはお前さんの感情じゃ。医者というものは時に感情や誇りを捨てなければいけない。それだけで助けられる命がある。未だにそれが分からん程に未熟なのか?」


「……」


「はぁ~。まぁ、良い。エルフという種族は誇りの為に死ねる種族じゃからな。その事は一応エルフである儂にも頭では理解できる。納得はせんがな」


「……」


「じゃが、医者であるお前さんはそれでは駄目じゃ。医者とは命を扱うものじゃ。そんなつまらないもが邪魔をして、救える命が救えなかったら、貴様はどうする?」


「……」


「はぁ~。まぁ、良い。今回は運が良かったの。儂がお前さんの代わりに村人を救えるだけ救ってやる」


「……一人で、か?」


「馬鹿を言え、そんな事をしたら流石の儂も死ぬかもしれん。きちんと助っ人を連れてきているわ」


「……人、間……か?」


「さぁ~の。そこは想像に任せるとしようか。さて、儂も色々と準備をせんといかんので、これで失礼する――ああ、村で使えそうなものは勝手に使わせてもらうからな」


「……勝手、に、しろ……それ、と。私に、薬は、不要、だ」


 言って、下唇を噛み締めながら、ぎろりとワグマを睨みつけるジャック。


「そうか、まぁ、儂はもう医者じゃないから何も言わんよ。勝手にすれば良い」


 そんなジャックを全く相手にせずにワグマは軽く肩を竦めると、今度こそ研究室を後にした。

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