第37話
……本当にこれで良いのかな?
数日前に通った道を再び歩きながら、エル・キャロラインは自問自答する。
……ウォルターさんの召使いとはいえ、人間、なんかの力を借りるなんて……エルフの恥……パパが知ったら、何て言うかな。
前を歩く人間三人を見て、エルは内心で大きくため息を吐く。
ウォルターさんも、ウォルターさんで人間の街で誇り高いエルフという事を隠して、こそこそと暮らしているみたいだし……信じられない……少し頭が可笑しいのかな? ……でも、エルフであることは間違い無いし、パパの事も知っていた。何かウォルターさんに考えがあるのかもしれない。
三人の少し後ろを歩くワグマを見てエルは眉を顰める。自分には決して理解出来ない考えや思想であると思って。
やっぱり、パパの言うとおりに隣村まで私一人でも行くべきだったのかもしれない。
ふとそんな考えが浮かぶ。だが、それと同時に行き倒れた時の事も思い出して、ぶるりと身を震わせる。
最初は順調だった。体力もあったし気力もあった。村が深刻な状態にあるのは分かっていた。早く隣村まで行って村を救うんだ。私が村の救世主になるんだと。そう息巻いていた。
村を出てから十日。予定より随分と早いペースでエルは進んでいた。
だが、それが悪かった。
エルのハイペースは休む時間を削ってのペースだった。
知識として休息は大事とは知っていても、村を救いたいという焦り、そして何よりまだまだ自分の体力は大丈夫という過信。それらがエルに不幸を招いた。
村を出て二週間目、エルは自らに忍び寄るモンスターの接近に気がつかなかった。
その日は随分と体が重かった。
本人は気づいていなかったが今までの無理がたたり、かなり疲労していたのだ。そして、今日はここまで進むという自らが立てた計画より遅れていた。それでも当初の予定よりは随分と早いペースだ。
だが、エルはその事が気に食わなく、その遅れを取り戻そうと、少しだけ無理をした。
少しだけ、あと少しだけと、日が傾き始めたにも関わらず歩き出したのだ。
本来なら野営する場所を探し、魔法のポシェット(拓也のリュックと同じでポシェットの中は魔法で作られた別空間となっている、拓也の物とほぼ同程度の収納量を誇る。ちなみに拓也が持っているものより高価である)からテントを取り出し、設置して食事の支度をしないといけない時間である。
そして、運悪くというか案の定、モンスターと遭遇してしまった。
そのモンスターは夕日を背にしてエルに襲いかかってきた。
鳥型のモンスターでレベルは然程高くない。蒼真達、というより蒼真一人でも対処出来る程の低レベルである。エルのレベルは蒼真より少しだけ高い26。普通に考えれば何の問題も無い相手である。
だが、疲労困憊のエルには少しばかり荷が重かった。鳥型のモンスターというのも問題だった。
森の住民であるエルフにとって、獣型のモンスターや昆虫型、草木型は珍しく無いが、木々高く、鬱蒼とした森の中では鳥型のモンスターに襲われる事は滅多にない。それこそ巣にでも近づかない限りは襲われる心配が無い程に。
だからエルは対処の仕方が分からなかった。
他のモンスターと同様に魔法を空中にいるモンスター目掛けて放つが、相手は空中でひらり、ひらり、時にはエルを馬鹿にするかのように、くるりと回転して華麗に避ける。
そして、急降下したと思ったら、地面すれすれの低飛行でエルに一撃を食らえると再び空へと舞い戻る。エルの体力を徐々に削り仕留めようという腹だ。
それを理解した時、エルは地面すれすれでこちらに向かってくるモンスターに、怯まずに立ち向かい。ぎりぎりまで引きつけてから魔法を放ち、どうにかこうにか仕留める事に成功した。
だが、低レベルのモンスターというものは群れている事が多い。そのモンスターも例に漏れず、ようやく一羽を仕留めたあたりで、二羽、三羽、四羽、と姿を現し始めた。
そうなってはエルに戦うという手段は残されていない。必死に迫り来るモンスターたちに魔法を放ち、がむしゃらに走った。
暫くモンスターとエルの攻防は続いたが、がむしゃらにエルが放った魔法に運悪く当たり、一羽、二羽とその数が減った所で、エルに対してこれ以上は危険と判断したのか、モンスターたちは悔しそうに甲高く鳴きわめくと去っていった。
それを見送ったエルは安堵して、糸が切れた操り人形のようにその場で倒れた。それからエルがモンスターに襲われなかったのはひとえに運が良かったとした言いようが無い。僥倖と言っても良い。
そして、たまたま通りがかった蒼真たちに保護された訳である。
エルがワグマに言われて一人で隣村まで向かわなかったのは、ワグマの言うとおりに隣村まで行く時間が惜しかったというのもあるが、何よりも単純に怖かったのだ。
……それにしても、歩くのが、速い。
悔しい事に体力という面では、エルフより下等で、獣に近い人間に分がある事は知識では知っていた。だが、まさかここまでとはエルは思っていなかった。
これでも、魔法を使って、かなり速く歩いているのに。
下等種族に負けてなるものかと、こっそりと街を出てから、エルはかなり早いペースで歩いた。最初は先頭だった。それがいつの間にか、一人に抜かされ、二人に抜かされ、今となってはダントツのビリである。
しかも、そんなエルを馬鹿にしているのか、ちらちらと人間達が自分を振り返りみるのだ。
まるで、エルフという種族は大したことがないと嘲笑っているようで、その度にエルは腸が煮えくり返りそうになり、歩く速度を上げて、人間達との距離を詰める。
だが、直ぐに疲れて再び離されてしまう。
はぁ、はぁ、い、移動の、魔法を使っているのに、ど、どうして。
エルは今にも切れそうになる息を、人間達に悟られないように、必死に隠しながら歩く。
魔法に秀でた種族であるエルフは歩く事にすら魔法を使う。エルもその例に漏れず、魔法を使って自らの足をアシストしている。
その魔法は、例えるならば、電動自転車のように、自らの足を補助してくれるのだ。
エルが使えるのが初級の魔法であるという事も遅れている原因の一つだが、一番の理由は基礎体力の違いである。いくらアシストされたとしても、エル程度の脚力では限界がある。今のエルでは魔法を使って、人間の子供より少しばかり速い程度でしかない。
ワグマが蒼真達に付いていっているのはエルより基礎体力が高いというのもあるが、何より、ワグマはエルとは違って、足を魔法で強化して歩いているからだ。
エルの魔法が電動アシスト付きの自転車なら、ワグマは原動機付自転車である。
気に食わない、気に食わない、気に食わない。私は同年代で一番足が速いのにっ。魔法だって一番上手く使えるのにっ。そもそも、召使いのくせに主人の前を歩くなんてどういう事よっ。いざという時の盾になるとしても普通は護衛対象を真ん中に配置するものでしょっ。何で守られるはずの私が一番後ろなのよっ。これだから頭の足りない劣等種族はっ。
内心で毒付き、それを力に変えることでエルは必死に足を動かす。
それでも徐々に遅れ始めたエルに拓也が近づき、何やら話しかける。
その内容は、主にエルを気遣う台詞である。
疲れてないとか、少し休もうかとか、足は痛くないかとか、果ては僕がおぶろうか等等。鼻息荒く言わなければ、とても親切に感じられる台詞である。
何か言っているけど無視よ。無視。劣等種族の言葉なんて聞く価値無し。
それら全ての台詞をエルは無視する。
だが、拓也はそんな事はお構いなしにエルに話掛ける。このままでは一日中話しかけているのでは無いかと内心でエルが辟易した所で、理紗がそんな拓也の耳を引っ張り、無理やり先頭に戻っていった。
あの人間が三人の中で一番下等ね。行動に知性を感じられないもの、本能のままに生きている感じ、まさに獣。それに何だが生理的に受け付けないわ。
先頭に戻った理紗と拓也が何やら言い争いを始める。
醜い。とても、無様。理性の欠片も感じられないわ……でも、そんな事をする余裕にとても腹が立つわっ。
まるで遅れている自分に対するあてつけのようにエルは感じられて、ふつふつと怒りが沸いてくる。
あの女もよくあんな巨大で、はしたない胸で生きていけるものね。邪魔じゃないのかしら? ……いえ、きっと劣等種族だからあんなものに目がくらむ男が大勢いるに違いないわ。獣というものは多くの子供を残すもの、きっとあれで役に立っているんだわ……なんて、はしたない。
明らかに同年代、どころか、大人と比べても大きい方の自らの胸を棚に上げてエルはそんな事を考える。
エルが侮蔑の目を前に向けると、そこには言い争いを続けていた二人の間に蒼真が割って入った所だった。
それからまもなく二人の言い争いは沈静化した。
二人を宥め終えた蒼真がちらりとエルに視線を遣る。
その目にはエルに対する気遣いと、心配がありありと見て取れる。
……この男も私を馬鹿にして……人間っていう劣等種族はどいつもこいつも本当に無礼っ。今だけ、私を馬鹿に出来るのも今だけよっ。後で覚えていなさいっ。後でたっぷりと、いかにエルフという種族が凄いのかを見せつけてやるんだからっ。
だが、エルにはそんな蒼真の視線も歩みの遅い自分を馬鹿にしているようにしか見えず、疲れを訴える足に鞭打って、歩く速度を上げた。




