第36話
「う~む。それはかなり拙いのぉ」
エルの話を聞き終えたワグマはそう言って眉間に皺を寄せる。
エルから患者の様子や広まった時間を聞き、ワグマが行き着いた答えが正しいとするならば、かなり拙い状況だ。村が一個無くなってしまっても可笑しくない状況である。
ちらりと人間の三人を見やれば、三人とも村の惨状を聞いて眉を顰めている。
エルフの村がどうなろうと三人には関係無いはずだ。普通に生きていればエルフと人間が出会う確率は低い。何せ交流が無いのだ。
つまり、人間にとってエルフという種族が滅んでも日々の生活で困る事は一切ない。
逆に人間が滅んだ場合、エルフはゆっくりと滅亡に向かっていくだろう。
その大きな原因は冒険者達が行っているモンスター退治にある。
同レベルの人間とエルフを比べればその戦闘能力はエルフに軍配が上がるだろう。だが、それは魔法が大きく関与している。純粋な肉体勝負となったら間違いなく人間に軍配が上がるだろう。それも話にならないレベルで。
魔法攻撃が効かない、または効きにくいモンスターというものは意外と多く存在している。もちろん、その逆も存在しているがそういったモンスターは耐性を持っていない攻撃に対して極端に脆い。魔法なら物理に、物理なら魔法に、といった具合である。
もし、人間が絶滅、まではいかなくても数を極端に減らせば今までやっていたモンスター退治という仕事はエルフが担う事になる。
いや、自分たちの生活圏を守る為にそうせざるを得ないだろう。
最初のうちはどうにかなるだろう、だが、エルフという種族は人間と比べればその数が極端に少ない(その事もエルフが人間より優れている証拠であるというのがエルフの中での通説である)寿命が長いという事は成人するまでにも時間が掛かるという事、つまり戦力の補給や増強には時間が掛かる。
一方のモンスターは、特に知性を持たないものは基本的に短命である。
そういった類のものは、モンスターという立派な名前を貰っていても所詮は動物、種の存続の為に多くの子を生む。
つまり駆除しないとあっという間にその数を増やすのである。
しかも、エルフと違い短命であるが故に成体になるまでも早い、つまりは戦力の補給、増強が早いということである。
いくらエルフが優れているとは言え、数は力だ。いずれエルフはその数に屈する事になるだろう。
増えたモンスターが魔法の効きづらいモンスターだった場合、エルフの滅亡までの時間はぐっと短くなる。
人間と比べてエルフの身体能力は極端に低い。
魔法に耐性があるという事は基本的に物理攻撃に弱い。だが、エルフはその物理攻撃が劣っているのだ。もうこれは魔法に特化した種族の宿命であろう。
運良く、物理攻撃に特化した者が生まれてくれば話はまた違ってくるだろうが、その可能性は極めて低いだろう。
現在はおろか、過去や英雄譚を紐解いてもそんなエルフの話は聞いたことがない。
「はい。ですので助けて頂きたいのです。どうか、お願いします」
そう言って、深々と頭を下げるエルを前にワグマは大きく溜息を吐き、
「ああ。儂に出来る事なら手伝わせて貰おう」
くたびれた声でそう答える。
そもそも最初からワグマに選択肢なんて無かった。
あの伝染病が蔓延した村から来た一人の幼子。この幼子が感染していない可能性は限りなくゼロに近く、いつ発症しても可笑しくない状態であろう。
そんな人物と接触した自分も感染している可能性は極めて高い。もう無くなった病気と思われていた為、どの村に行っても特効薬のストックは無いだろう。
つまり、ワグマ自身もその特効薬を作り出す為にあのモンスターの角が必要でなのである。
こんなちみっ子を一人で使いに出すとは、ジャックの奴め、気でも狂ったかと思っとったが、何、奴自身も発病して、選択肢が残っておらんかったのじゃろう。
「っ――ありがとうございます!」
ワグマの返答を聞いて、エルが満面の笑顔を浮かべる。
「礼など必要無い。というのも、村を襲っている病気には心当たりがあっての……それが当たっておると、儂に選択肢はないんじゃよ」
砂漠の中でオアシスを見つけたような笑顔を浮かべているエルに対して、ワグマは苦笑いを浮かべる。その苦笑には面倒な事に巻き込まれたという自嘲も混じっている。
「――本当ですかっ? お父様でも最近ようやく原因を掴めたと仰っていたのに、おじ様は私の話を聞くだけで見当が付いたと?」
そんなワグマにエルは驚きと、疑念の混じった目を向ける。
「ああ、恐らくじゃがの……ジャックの娘よ。もしかしたら、ジャックから何か手紙を預からんかったか?」
「あっ、はい。預かっています」
「それを見せてくれんかの?」
「少しお待ちを」
言って、肩に掛けていたポシェットから手紙を取り出すエル。
「これがお父様からお預かりした手紙です。隣村の村長さんに渡すように言われました」
「ふむ。ちとばかり拝見するぞ」
エルから差し出された手紙を受け取ると、テーブルに置いてあった果物ナイフを手にして、迷いなく封印を破り、開封する。
「……ふむ。やはりな」
ざっと手紙に目を通したワグマは納得したようにそう呟く。
これは遠まわしに書かれた脅迫状じゃな。感染者を送ったから早く薬を作らないとお前たちも死ぬぞという脅迫じゃ。
「やはり、儂の見立てはあっていたようじゃな」
そう言って、手紙を折りたたむとエルに返す。
「一体、これには何が書かれていたのですか?」
手紙の内容を知らないエルは興味本位でワグマに問いかける。
「村に蔓延る伝染病についてと、その伝染病に対する特効薬を作るのに必要なモンスターの部位。そして、そのモンスターを討伐する為に力を貸して欲しいと書かれておる……全く、あの伝染病の恐ろしさを知らないエルフなんぞおらん。これを受け取ったエルフは大急ぎでモンスター狩りに出かけるじゃろうて」
「そこまで恐ろしい病気なのですか?」
「ん? 最近の子供はあの伝染病の話を知らんのか? ……まぁ、大昔の話じゃし、仕方ないと言えば仕方ないんじゃが……儂も年を食ったという事か……何、儂がまだ小さかった頃には年寄り達からよく聞かされたもんじゃよ。何でもたった数年でエルフの人口が半分以下になったとか言っておったの、もっとも、それが真実かどうか知らんが、とにかく恐ろしい病気という事だけは聞かされて知っておる。発病した時の症状もな、こういった症状のエルフがいたら直ぐに大人に知らせなさいと耳にタコで出来るくらい言われたもんじゃ」
早く寝ないと病気になるぞ、勉強しないと病気になるぞ、食べ残すと病気になるぞ、いい子にしないと、等等、大人が口々に言っていたのをワグマは思い出す。今となっては全くの意味不明なその言い草に笑えてくるだけだが。
「口を挟むようで悪い。聞いていて、一つ疑問が浮かんだんだが?」
遠い記憶を思い返して内心で笑っていたワグマに蒼真が声を掛ける。
「何じゃ?」
「その病気は人間には感染しないのか? するとしたら、俺達だけじゃなくて、この街ごと、どころか、エルフの女の子がここに来るまで通った道中の村までやばいんじゃないか?」
「ふむ」
もっともな疑問にワグマは軽く頷き、その問いに答えようと口を開こうとした、その刹那。
「――召使いの人間。私の名前はエル・キャロラインです。お客様の名前くらい一回で覚えたらどうですか? そんなんだから劣等種族と言われるんですよ?」
不快げに、かなりきつい口調と目つきで、エルが蒼真にまくし立てる。
……何をしとるんじゃ、この小娘は。
そんなエルを見て、ワグマは内心で天を仰ぐ。というのも、ワグマはどうにかしてモンスター討伐にこの三人を引き込めないものかと思っていたからである。
恐らく、あのレベルのモンスター討伐に赴くには少しばかりレベルが足りなさそうだが、そこはワグマがフォロー出来る範囲内。
隣村に行くというプランは既に日数が経ちすぎている為に却下。隣村から人を連れてきてモンスターを討伐して、薬を作って村人に投薬なんてちんたらしていたら村人が全滅する可能性すらある。そもそもワグマ自身いつ発病するか分からないのだ、早いに越したことはない。
確かにワグマ一人だったらモンスター討伐は自殺行為に近いだろう。あのモンスターの魔法耐性は馬鹿に出来ない。
だが、恐らく低レベルだろうとは言え、囮となる冒険者チームが一緒なら滅多なことが無ければ問題無いだろう。特効薬ならワグマにも作れるのだ。最悪村が全滅していても自分と幼子は助かるだろう。
街で冒険者を雇うのは自らがエルフだとばれる可能性が高く、できる限り選択したくない。
だから、どうにかこの三人を引き込めないだろうかと思っておったのに……それをこの小娘がぁ……いや、落ち着け儂。エルフという種族はそういうものじゃろうが。頭では理解しておるのじゃが、人間の世界で長く暮らしておると、エルフと関わる事が無いから忘れてしまいそうになるわい。召使いと認識している事に感謝しても良いくらいじゃのに。
「刀傷よ、答えよう。この病気が人間に感染したという例は聞いたことが無い。と言うのも、この病気が蔓延っていた時代には一部のエルフの村では人間と共存していたのじゃ。その村にも当然この伝染病は蔓延したが、その時に人間が発病したという記録は残っておらん。だから、儂たちエルフはこの伝染病はエルフのみが感染する特殊な病気と判断しておる。人間同様に、家畜や森に生息している生き物が発病した形跡も無かったらしいの」
どうしようといった感じに苦笑いを浮かべながら、こちらを見ている蒼真にワグマは答える。
「そうか、それなら一安心だ」
言って、胸をなで下ろす蒼真。
「……人間と共存? それは本当ですか? おじ様」
眉根を寄せて、嫌悪とも、驚きとも取れる表情で問いかけてくるエル。
「本当じゃ。もっとも、それら一部の村も伝染病のせいで人口が減り、他の村と合併したらしい。どうやらその時に人間たちとは別れたらしいの。今となっては人間と共存しておる村は存在しておらんはずじゃ」
合併したのは何もその村だけではない。何せ、エルフの半数以上が亡くなったと言われているのだ、単純に当時存在していた半分の村は合併した事になる。
「そうですか。それを聞いて安心しました。人間と共存するなんてエルフの恥ですから。怖気すら感じます」
吐き捨てるように言って、軽く身震いしてみせるエル。
その価値観でいくと儂は恥知らずとなるんじゃが……まぁ、儂の考えがエルフにとっては異端というのは重々承知しておるから良いか。
「さて、刀傷よ。お前さんらのリーダーは誰じゃ? ちと、相談したいことがあるんじゃが」
ワグマに問われて蒼真が小さく手を挙げる。
「そうか。では、一つ、依頼を受けてはくれんか?」
さて、これからハードルの高い交渉の始まりじゃ。
行き倒れておったエルフを助ける位だからエルフに悪感情はあまり抱いておらんかったろう。何せ実際に会ったのは初めてみたいじゃったしの。知識としてはエルフの事を知っている程度じゃろう。
じゃが、ちみっ子のあの発言と態度で確実に悪感情を抱いておるはずじゃ。そんな人間にエルフを助けてくれとお願いするのじゃ。すんなりとは了承すまい。
「依頼?」
案の定蒼真が少しばかり顔を顰める。当然だ、この話の流れで出た依頼である。その内容はおおよその見当がつくだろう。
「ああ。依頼の内容はとあるモンスターの討伐。報酬は相場より多く出そう。そして、儂もその討伐には参加しよう」
最悪、報酬は刀傷の言い値でも構わんじゃろう。どうせジュリアンの連中が払うんじゃし、ふっかけても文句は言われんだろう。何せ、命がかかっておるのじゃからな。
「当然、うけ――もがっ」
喜々として何か言いかけた拓也の口を無言で理紗が塞ぐ。
「おじ様っ! 人間に助けを求めるなんてっ」
そんな拓也の代わりとばかりにエルが声を荒げる。その声は悲鳴にも似ていた。
「他に手があるとでも?」
「お父様の言いつけ通りに、隣村まで助けを呼びに行けば宜しいのでは無いですかっ」
「それでは遅すぎる。儂と、ひょっとするとお前さんも助かるかもしれんが、村の連中はその大半が死ぬじゃろう」
「……でもっ。だからと言って、人間に助けを求めるなんてっ。村の人たちも人間に助けられたと知れば驚愕し、それを恥に思い自決する者も大勢出てくるでしょう。それ位ならいっそ、病気に殺されたほうがマシというもの」
「何、お前さんが誰にも話さなければ済むこと。それに此奴らは儂のサポートじゃよ。メインは儂、つまり儂が討伐したと言っても過言ではないじゃろう。村には儂とお前さんで何とか倒したと言えば良いじゃろう」
「しかし……」
「どうしても儂の案に納得出来ないのなら、それでも構わん。当初の予定通り隣村に助けを呼びに行くと良い。だが、お前さん一人で行くことになろう。儂は普通のエルフより同族に対して少しばかり冷たくての」
「そうですか……分かりました」
そう呟き、部屋を出ていこうとするエル。
「――分かっておるとは思うが、隣村までまだ半分以上もあるぞ? そして、再び行き倒れれば今度こそ高い確率でお前さんは死ぬじゃろう。何、村の事は心配するな、儂が助かるついでに村人も出来る限り救ってやるとしよう」
その小さな背中にワグマは言葉を投げかける。
すると、エルの足が止まり、振り返るとワグマをギロリと睨みつける。そして、唇を強く噛み締めると、悔しそうに俯く。
さて、これでちみっ子は下手なことはすまい。とは言っても、まだ幼子、理性より感情で生きている年頃。目は離さないでおらんとな。
「それで、どうじゃ。儂の依頼、引き受けてはくれんか?」
ワグマは蒼真に向き直って、問いかける。
「そのモンスターの討伐推奨レベルは?」
それに対して蒼真は事務的に、淡白に質問を投げ返す。
「確か30半ばじゃったような気がする。何、安心しろ、儂のレベルが43。魔法能力だけで見れば50に匹敵するレベルじゃ。よほどの事がない限り楽勝じゃよ」
「ふむ……」
蒼真はじっとワグマを観察するように見つめ、小さく頷く。
「少し、相談させてくれ」
言って、理紗と拓也を連れて部屋から出ていく。
断るにしてもこのまま無言で帰るのだけは勘弁して欲しいものじゃ……はぁ~。最悪、この街を去ることも考えんといかんか。
ワグマは大きく溜息を吐くと、今か今かと蒼真達の帰りを待った。




