第4話
「城門を閉められるったぁ、ついてなかったな~蒼真っ」
言って、バシバシと蒼真の背中を叩くガタイが良い壮年の男性。
毎日の作業によって鍛えられた腕は日に焼けてこんがりと小麦色をしていて逞しく、腕力だけならそこらに転がっている駆け出しの冒険者なんて目じゃないだろう。
その証拠に何度も背中を叩かれた蒼真はあまりの強さに咳き込んでいる。
「親方、痛い、痛い」
親方、こと、エレクト・ノースは蒼真が日雇いで働いてる職場の現場監督である
。
「おいおい、仮にも冒険者だろ? そんなんじゃモンスターにコロッと殺られちまうぞ?」
言って、大きなグラスに注がれた小麦色の液体、ビールをぐいっと喉に流し込むエレクト。
「この辺のモンスターに殴られるより親方に殴られたほうが痛てぇ~よ」
ひりひりと痛む背中の痛みを紛らわそうとするかのように蒼真もグラスに注がれた炭酸飲料を一気に飲み干す。
乾いた喉を刺激しつつ、だがしっかりと潤し、するすると胃袋へと収まっていくこの感覚は何度味わっても不思議と飽きない。
どころか、飲めば飲むほど虜になっていく。
村にいた頃の飲み物と言えば水かお茶しか無く、ファーストに来て初めて飲んだこの炭酸飲料は正直口に合わなかった。
合わなかったのだが、不思議とこの炭酸飲料はもう一度飲みたいと思えてしまう何かがあるのである。
そんなこんなで飲み続けているうちに蒼真はいつの間にか炭酸飲料の虜になってしまった。
「おぉ~飲みっぷりだけは成長したなぁ~。おら、もっと飲め飲め」
言って、再びバシバシと蒼真の背中を叩きながら空になった蒼真のグラスに炭酸飲料を注ぐエレクト。
「だから、痛てぇ~よ」
言いつつ、再び炭酸飲料を呷る蒼真は慣れとも、諦めとも言える表情を浮かべている。
「ごめんね~蒼真ちゃん。最近は蒼真ちゃんたちが冒険者稼業で中々顔を見せてくれなかったからうちの旦那寂しかったのよ」
言って、山盛りの料理を乗せた皿を両手に持って姿を現すふくよかな女性。
エレクトの奥さんでその名をディーネと言う。
「おいおい、母ちゃん、俺がいつ寂しい何て言った? 俺はただでさえ人手不足なのに中々蒼真が現場に顔を出さねぇ~から工事がちっとも進まねぇって言っただけだ」
言って、大きなグラスを傾けるエレクト。
だが、その中身は既に無く、バツが悪そうにテーブルにグラスを戻す。
「泊めてもらうだけじゃなくて食事まで、すみません。お金は払いますので」
言って、財布を取り出す蒼真。
その直後、中身を確認して「うっ」と小さいうめき声を上げる。
「ははは、そんなの良いよ。家族から金取る奴がどこにいるのさ」
そんな蒼真を見てか、はたまた最初からそのつもりだったのか、ドンッとテーブルに料理を置きつつ、笑って言い放つディーネ。
「母ちゃんの言うとおりだ、蒼真。そもそも、てめぇ~がこっちの現場に来てるってことは、またへまして金が必要になったんだろ?」
「うっ」
痛いところをつかれた。
エレクトの言う通りにこの前の事で武器や装備品はおろか、アイテムや携帯食料、テント等等、冒険をするのに必要な物は殆ど失ってしまった。
日帰りでファースト付近の依頼を受けるとしても武器や装備品くらいはどうにか調達しないといけないので蒼真達は各々働いているのだ。
「いや、でも、こうも昔っから世話になりっぱなしっていうのも」
この夫婦とは知り合ってから今まで世話になりっぱなしだ。
冒険者になり立てで食うにも困っている時には食わしてもらい。
俺たちに寝床が無いと分かればここに泊めてくれた。
俺たちに金がないと分かれば職を斡旋してくれた。
幼かった俺たちを息子、娘と呼んで可愛がってくれた。
もう、この夫婦にはちょっとやそっとじゃ返せない恩を受けている。
「まぁ~蒼真ちゃんがどうしても払いたいって言うなら今日はつけとくよ。払いはそうさね~出世払いで三倍は払って貰おうかね~」
食い下がる蒼真にディーネはそう言ってぱちんとウインクをする。
「おぉ~そりゃ良いな。蒼真たちの稼ぎいかんでは老後も安泰だな。はっは」
笑いながらそう言って、三度蒼真の背中をバシバシと叩くエレクト。
「……ったく。三倍なんてみみっちい事言ってないで最低でも十倍にして返すよ。絶対にさ」
言って、自信有りげに笑ってみせる蒼真。
「はっはっは。蒼真、俺たちが生きている間に頼むぞ」
そんな蒼真を見て、実に楽しそうにエレクトは笑い、手酌でビールを自らのグラスに注ぐ。
「お二人は蒼真さんのご両親なんですか?」
そんな遣り取りをしていると、摩訶不思議な事に山盛りの料理が自ら皿に乗って、テーブルへと赴き、それだけに留まらず会話に参加してきた。
「両親っちゃ、両親だな。なぁ、おい?」
「そうさね~。血は繋がってなくても私たちはそう思っちゃいるよ」
そんな非常識な光景を目にしても誰も驚かず、和気藹々と雑談を続ける。
「へぇ~。何だか素敵ですね」
テーブルの上にどんっと鎮座した山盛りの料理の後ろからにょきっと金色の髪の毛が姿を現す。
山盛りの料理の正体はリーンであった。
エレクトとディーネは気にするなと言ったのだが、リーンが手伝うと言ってきかなく、こうしてお手伝いをしているのだ。
「にしても、現場でもそうだが嬢ちゃんは本当に力持ちだなぁ。魔法でも使っているのかい?」
昼間の大人も顔負け、どころか完敗のリーンの仕事っぷりを思い出してエレクトが問いかける。
パーティーを組んでくれとしつこいリーンは蒼真の職場まで押しかけてきたので、初日に蒼真からエレクトは大体の説明を受けている。
もっとも、全滅しかけた部分は心配させるだけなので省いたのだが。
「いえ、日常生活では魔法はあまり使わないようにしていますね~」
「ほぉ~それであの働きっぷりかい。その小さな体は一体どうなってんだ? 嬢ちゃんは小人族じゃなくて人間なんだろ?」
「う~ん。無駄なく全身を使えれば私くらいの年齢でもあれくらいは出来ますよ?」
「はっはっは、こりゃ良い。おい、蒼真っお前、嬢ちゃんに弟子入りすればちったぁ強くなれんじゃねぇか?」
「軽く教わったけど、リーンが何を言っているのかちんぷんかんぷんだったよ。腹の中心にぎゅっと力を集める感じとか、全身くまなく、指先まで神経を巡らせて力の廻りを感じろとか、ぎゅっ、すっ、ぱんって感じです。みたいな。とにかく例えが意味不明で擬音が多い」
初日にそのあまりの仕事っぷりに驚いた蒼真はリーンにこっそりとコツを聞いたのだ。
エレクトの言う通りに冒険者としてもレベルアップが出来るかもしれないと思ったのだが、そのあまりの意味不明さにお手上げだった。
「それは私が悪いんじゃなくて、単純に蒼真さんが私の言っていることを理解するレベルに至っていないからです。現に以前教えたパーティーは全員が習得していましたよ」
蒼真の言いようが気に食わなかったのか、リーンがむっとした表情で反論する。
「へぇ~そいつは凄いなぁ。そいつら皆天才なんじゃないか?」
そんなリーンに対して蒼真は素っ気なく返す。
あんな説明で理解出来る人間なんて一体この世に何人いる事だろう何て思いながら。
「頑張ればその内、蒼真さんも使えるようになりますよ。こういうのは反復が大事です。地道にいきましょう」
言ってぎゅっと拳を握り締めるリーンの目はきらきらと輝いている。
「一応言っておくがパーティーは組まない――」
「――ダーリンっ!」
一週間で何度言ったか分からない台詞を蒼真がため息混じりに言おうとしたその瞬間、蒼真の背中に軽い衝撃が走る。