第33話
「すまんが他を当たってくれ」
何度目かの断りの言葉を耳にして、蒼真は大きくため息を吐いた。
「また、ダメだったか……全く、この街に心ある人間はいないのか?」
言って、やれやれと肩を竦める拓也。
「人間、だからだろう」
そんな拓也に蒼真は苦笑いを浮かべると、理紗の背中に目を遣る。
そこにはすやすやと寝息を立てる、一人の小さな少女の姿があった。その少女は蜂蜜をたらしたかのような金色の髪の毛をしている。その耳は普通の人のそれよりも大分尖っている。
それは、エルフ。と呼ばれている種族の特徴である。
エルフという種族は人間を見下している。というのは知識として多くの人々が知っているものである。
そういう種族的な考えがあり、人間とエルフは住み分かれている。
基本的にエルフは大きく、深い、人間が開拓出来ないような森の中に集落を作り、暮らしている。その為、森、どころか林すら近隣に存在していないこの街の周辺で倒れているのを見つけた時には蒼真達三人は自らの目を疑ったものである。何らかの事情があるのは明らかであろう。その事を理解しつつ、三人はこのエルフの少女を助けた。主に拓也が助けろとうるさかった。
とは言っても、普通、自分を見下している相手に近づこうとするモノ好きはあまりいないだろう。そんな人物を泊めてくれるモノ好きは更に少ない事であろう。蒼真達があしらわれるのは当然と言えば当然の結果である。
「ごめん。そろそろうち、限界なんだけれど」
言って、蒼真を見つめる理紗。その顔は確かに疲労の色が濃く見て取れる。
「と、言われてもな」
そんな理紗を見て、蒼真は顔を顰める。
「だから、さっきから言っているだろ? その子は僕が背負うって」
そんな困った様子の二人とは反対に拓也が目を輝かせて自分に任せろと言い放つ。
そんな拓也を見て、蒼真と理紗はこれでもかと顔を顰める。二人とも、拓也に小さな少女を任せてもいいものかと不安なのである。もちろん、体力的な問題もある。リーンによって鍛えられたとは言っても、三人の中では一番体力が無いのである。
「蒼ちゃ~ん」
鼻息も荒く、やる気満々の拓也を見て、理紗が泣きそうな顔で蒼真を見つめる。
そんな理紗を見て、蒼真は頭を抱える。
理紗の体力は限界に近い。小さいとは言っても、人を一人背負って街中を歩き回っているのだ、理紗じゃなくても疲れて当たり前だろう。
そもそも、普段の蒼真なら理紗に少女を背負って貰おうとは思わなかっただろう。拓也と違って蒼真は少女というものに特別な感情を抱いていない……同い年くらいの婚約者はいるがそれはこの際置いておこう。
だが、このエルフの少女はある一部分――胸――が年不相応に発育しているのだ。
理紗ほどではないが、街中ですれ違う多くの成人女性よりも大きく、それが蒼真を躊躇わせている。
「……もう、限界」
蒼真が内心で頭を抱えていると、理紗が少女を背負ったまま、地面にへたれこんでしまう。
「……はぁ……仕方がない」
蒼真は一瞬だけ拓也を見てから、大きくため息を吐くと理紗の背中から少女を持ち上げる。その大きな胸のせいであろう、確かにミストやリーン、カリナといった蒼真と親しい小さな少女と比べると、少しだけ重い。
蒼真はその大きな胸を気にして、理紗のように背中に背負うのではなく、エルフの少女を自らの腕の中に抱き抱える。背負うよりは少女の胸が当たらず、その分、気にならないだろうという判断である。
……うっ、それでも当たっちまうな。
エルフの少女を安定させる為に仕方がないとはいえ、自らの胸と、エルフの少女の胸が当たってしまう。それでも背中に背負うよりはずっとマシである。
この暴力的なまでに柔らかく、しかし張りのある、大きな物体が背中に押し付けられたら蒼真はきっとその場から動けなくなってしまっただろう。いや、少しだけ前かがみには動いたかもしれない。
……はぁ。全く、どうしてこんな事になっちまったんだろう。
蒼真は胸に感じる柔らかい感触と、襲い来る罪悪感、背徳感といった感情を忘れようとするように、このエルフの少女と出会った場面を思い出していた。
とは言っても、別段劇的な出会いという訳ではない。蒼真達が依頼の為にこの街、ヴェルサスに向かう途中で行き倒れていたのを介抱したのだ。
よほど疲れていたのであろう、エルフの少女は蒼真から水を奪い取って飲み干すと、そのまま死んだように眠ってしまった。
ちなみに今回は久しぶりの三人だけの仕事である。
リーンは私用でおらず、ましろもそれに同行。カリナは村長がぎっくり腰になって動けないとかで一時的に村に戻っている。
カリナと言えば、リーンに鍛えられて、たった一ヶ月で蒼真達に付いてこられるだけのレベルにまでなっている。
その事実に蒼真は半分、自分たちの五年間は一体なんだったのかと落ち込み。カリナに対するリーンの凄まじい特訓に半分同情した。
面白い、というか、不思議な事にカリナとラミアは同一の肉体なのに、いざレベルを測定すると、そのレベルとステータスが全く違った。
どうやら、あのレベル測定器は肉体だけでレベルを判断しているだけではないようである。
今まで蒼真は非実体がレベルを測ったとは聞いたことが無いが、きっとそういった存在のレベルも測れるようになっているのであろう。
ともあれ、閑話休題。
「ねぇ、うち思ったんだけさ。その子の耳を、帽子とかで隠せばエルフだってばれないんじゃない?」
このまま、少し休憩と言わんばかりに、地面にへたれこんだままの理紗がぽつりと呟く。
「「……あっ」」
蒼真と拓也は理紗のその呟きに対して同時に声を漏らした。
「……どうする? 今から耳を隠して他の宿をあたってみるか? ……まぁ、そんなに残っていないだろうけど」
そんな蒼真の提案に拓也は少しだけ考えてから、
「……いや、それは止めておいたほうが良いだろう。僕たちは今までその子の耳を隠さずに街中を歩き回っているんだ。エルフなんて見たことが無い人たちがもう噂を広めている頃合だろうから、もう手遅れだと思う。ついでにそんな珍しいエルフを連れている僕たちの事も広まっているだろうね」
そう言って肩を竦めてみせる。
「……くっそ~。何で街に入る前に気付かなかったかなぁ」
蒼真もエルフとは初めて会ったが、ぱっと見では耳以外で人間と大きく風貌が変わっている所は見当たらない。
これなら、最初から耳を隠せばエルフだとばれなかった可能性は高い。まぁ大きく変わらないとは言っても、この子の容姿は非常に整っているので、注目された事には間違いが無いだろうが。
「お困りかな?」
唐突に声がして、蒼真は周囲を慌てて見渡す。だが、拓也と理紗しか周辺にはおらず、どうやら二人には声が聞こえていなかったようで、蒼真の突然の行動に驚いている。だが、蒼真には微かにだが人の気配があるような気がしている。
「どうした蒼真?」
そんな蒼真に拓也が声を掛ける。
「いや、声が聞こえた気がするんだが……二人は聞こえなかったか?」
蒼真はゆっくりと、丁寧に、少しの変化でも見逃さないようにぐるりと、人の気配を探るように、周囲を見回しつつ、二人に問いかける。
「いいや、僕には聞こえなかったな」
「うちも聞いてない」
「そうか」
二人の返答を聞いて、蒼真は気のせいだったかなと首を傾げる。
「困っているなら、儂が助けてやろう」
すると、再び、蒼真の耳が人の声を拾う。
今度はどうやら二人にも聞こえたらしく、目を大きくして驚きつつ、先ほどの蒼真と同じように周囲に首を巡らせている。
「困っているなら街の外にある墓地まで行きなさい。そして、ムーン・ワグマの墓を探して、こう言いなさい『エルフの変わり者ウォルター・グラッチここに眠る』と、くれぐれも人目には気をつけなさい」
そんな言葉と共に微かにあった人の気配が薄れていくように蒼真には感じられた。
「……どうする?」
訝しみながら拓也が蒼真に問いかける。
「まぁ、困っているのは確かだ。他にあてがある訳でも無し……行ってみるか」
そう拓也に答えて肩を竦めてみせる蒼真。
この街に着いた時はまだ日が高かったのだが、大分傾いてきた、このまま宿が取れなかったら野宿であろう。三人は慣れている為、何も問題は無い。だが、見るからに疲労困憊の、このエルフの少女には少し酷であろう。このまま普通に宿を探しても見つかる可能性は低い。ならば、怪しいとはいえ先ほどの言葉に従うべきである。墓地に行ったら追い剥ぎが待ち構えていました~。何てオチもあるかもしれないが、その時は問答無用で一撃を加えて逃げれば良い。
様々な事態を想定、その対処法を相談しながら蒼真達三人は街の外にある墓地へと向かった。




