幕間1ー1
「ふぅ。久しぶりに帰ってきた気がする」
言って、蒼真は見慣れたベッドに大の字に寝転がる。
すると、スプリングが劣化しているせいか、それとも壊れしまっているのか、変な動きで蒼真を受け止めるベッド。
窓を開けているのだが、まだ昼間だというのに薄暗い。住環境とすればパルサーの宿屋のほうが確実に良いだろう。
だが、長年慣れ親しんだ蒼真にはそんな事は気にならない。むしろこの可笑しなベッドの動きと異音に安堵してしまう始末である。
あれから蒼真達は十日掛けてファーストまで帰ってきた。
行きの倍の日数が掛かったのはカリナの体力の問題だ。
ラミアという高レベルの吸血鬼を憑依させているとはいえ、基本的にはカリナに体の主導権がある。
どうやらラミアは魔法でカリナの肉体を強化していたらしく、そんな魔法が使えないカリナの体力は年相応しか無い。だから仕方がない事であろう。
これからリーンがカリナの訓練メニューを考えると言っていたので、直ぐに冒険者として最低限の体力はつくだろう……カリナがリーンの特訓についていければの話ではあるが。
とは言え、ラミアに憑依されるだけあって、リーン曰く、カリナには魔法の才能があるらしいので頑張って貰いたいものである。
年相応という言葉で思い出されるのはカリナの年齢である。
蒼真はずっとカリナを六~七歳程度と思っていたのだが、実際には十二歳だった。それは蒼真にとって、この依頼の中で一番の驚きだった。
残っている数少ない記憶なので間違わないで欲しいと憤慨された。
とはいっても、あの外見では仕方が無い事であろう。
カリナをパーティーに加えるのは簡単だった。
最初、予想通りに保護者である村長が渋ったのだが、カリナが村長の耳元で何事かを話すと、村長は喜色満面で頷いてくれた。
その後、うっすらと涙を浮かべながら、蒼真の手を力強く握り締めて、『カリナをよろしく頼みます』と言われた蒼真は大きく頷いて答えた。
宿に着いた一行は各自の部屋を掃除して、今は自由時間である。
理紗はカリナに街の案内をすると言って、リーンとカリナを連れて出て行った。カリナからは、蒼真も一緒に来ないかと誘われたが、蒼真はそれを断った。
拓也には申し訳無いが、依頼完了の報告をギルドにしに行って貰っている。
拓也と言えば、カリナの参入で一番喜んでいた。まぁ、当然であろう。
だが、蒼真と仲が良すぎる光景を見て、『ミストちゃんだけでなく、カリナちゃんまで……蒼真、許すまじ』と嫉妬の炎を燃やしていた。
ちなみに未だに拓也はカリナと一言も話を出来ていない。もっとも、理紗とリーンの女性陣ですら、ようやく話をするようになった程度なので、拓也が話せる日はまだ遠いだろう。
「ダーリンっ」
不意に、ドアが乱暴に開けられる音と、聞き覚えのある声を耳にして、蒼真は体を起こした。
すると、部屋の入口に、一人の見慣れた女の子、ミスト・ノースが目に入る。
「ん?」
だが、本来、まだ幼いミストがファーストにいるはずがない。それも一人で。そんな疑問に蒼真は首を傾げる。
「おかえりなさい!」
その瞬間、ミストが満面の笑みを浮かべて、蒼真に向かって飛び込んでくる。
「っと」
蒼真はそれを反射的に受け止める。
すると、ふわりと蒼真の鼻孔をくすぐる甘い、ミルクのような香り。
「えへへ」
蒼真の胸に飛び込んだミストは嬉しそうに、顔を蒼真の胸に擦り付ける。まるで、飼い主の帰宅を待っていた飼い犬のような愛らしさがそこにはある。
だが、何故、ミストがファーストにいるのだろうか?
「おいおい、親の目の前で娘をベッドに引き込むったぁ。蒼真~やるようになったじゃねぇ~か」
そんな蒼真の疑問に答えるように、そんな台詞と共に一人の大男がぬっと部屋に入ってくる。エレクト・ノース、もとい親方である。
「親方。何でファーストに? そもそも仕事は?」
「今日は休みだ。だが、運悪く母ちゃんにファーストまで買い物を頼まれちまってな。んで、ミストがうるさいから、ダメもとでてめぇらの宿を訪ねてみれば、てめぇの部屋の窓が開いてるじゃね~か。そっからのミストは早かったぜ」
「えへへ。一秒でも早くダーリンに会いたかったの」
「ったく、家の手伝いもそれくらい早いと助かるんだがな」
言って、やれやれとため息を吐く親方。
「お父さん、ダーリンに変な事言わないでっ。ミスト、ちゃんとお家の手伝いもしてるもん。はなよめしゅぎょう? 何だからっ」
そんな親方をミストは頬を膨らませて睨みつける。
「おお、怖い、怖い」
「――ダーリンっ! 本当なんだからねっ」
言って、蒼真を見つめるミスト。
「ああ、信じるよ。親方よりミストのほうが正直だからな……花嫁修業うんぬんはともかくな」
蒼真はそう言って、優しくミストの頭を撫でる。ちなみに、最後の台詞はミストに聞こえないように小声である。
蒼真に撫でられたミストは心地よさそうに目を細めて、ご満悦のご様子。
「おいおい、これじゃ俺が悪者みたいじゃね~か。ったく――まっ、そんな事より、三流になって初めての依頼はどうだったよ? 話、聞かせろや」
言って、拓也のベッドにドスンッと腰掛ける親方。
ミストも興味があるのか、細めていた目を見開いて蒼真を見上げている。
「そうだなぁ」
そんな二人の期待に応えて、蒼真はぽつぽつと話しだした。
「……それで? ダーリン。そのカリナって女の子はどこ?」
話し終えた蒼真にミストがぽつりと問いかける。
何故かその表情は怒っているように蒼真には見える。だが、その原因がさっぱり分からない。
最初のうちは良かった。ミストも目を輝かせて蒼真の話に耳を傾けていたのだが、話にカリナが登場した辺りから、徐々にその表情が変化してきた。
「おっと、そろそろ買い物を済ませないとだなっ――蒼真、悪いが俺が買い物を終えるまでミストを預かってくれや」
言って、何故か慌てた様子で親方が立ち上がる。
「ん? それは構わないけれど」
その願いに蒼真は快く首を縦に振る。
「んじゃ、ちょっくら行ってくら――ミスト、ほどほどにな」
立ち上がった親方はそう言って、ミストの肩をぽんっと軽く叩くと、逃げるように、足早に部屋から出て行った。
「変な親方だな」
蒼真はそんな親方に首を傾げる。
「ダーリン。ミストの質問に答えて? その女の子は今、どこにいるの?」
言って、頬を膨らませて蒼真を睨みつけるミスト。
「ん? 今は、理紗達と街の見物に行ってる」
何やらご機嫌斜めらしいミストに蒼真は素直に答える。
「そう。それじゃ、ここで待たせてもらうね」
言って、にっこりと微笑むミスト。
蒼真はそんなミストに、何だか言い知れぬ重圧を感じた。
「あ、ああ」
蒼真は頷く事しか出来なかった。
それから訪れる沈黙。
ミストは何やら蒼真の膝の中で、猫のようにじっと、部屋の入口を睨みつけたまま微動だにせず、話しかけても気のない返事が返ってくるだけ。
……そろそろ暑いから下ろしたいんだが。
そう思って、蒼真はミストを退かそうと、その両脇に手を差し入れる。
すると、それを察したミストが、くるりと振り返り、頬を膨らませて蒼真を牽制する。
いくら日が当たらず薄暗い室内とはいえ、この部屋には魔法による冷房なんて効いておらず暑い。そんな中、人同士がぴったりっと密着すれば、その暑さは当然のように増す。
蒼真もミストも汗だくである。
だが、ミストは一向に蒼真の膝から動こうとしない。
一体、この子をここまで駆り立てるものは何だろう?
そう思いつつ、再びミストの両脇に手を差し入れる蒼真。
すると、再びミストが振り返り、今度は蒼真を睨みつけてくる。
蒼真はそんなミストに苦笑いを浮かべて、大きなため息を吐くと、室内に唯一ある冷房魔法である団扇に手を伸ばす。
そして、ぱたぱたとミストにも風が当たるように扇ぐ。
すると、やはりミストも暑いのだろう、団扇の風を浴びて気持ちよさそうに目を細める。
……やれやれ、一体何がしたいのやら。
そんなミストを見て蒼真は首を傾げた。
その瞬間、部屋のドアがゆっくりと開いた。
「蒼真、ただい――っ」
ゆっくりと開いたドアの向こうから、姿を現したのはカリナ。その後ろには理紗とリーンの姿も見える。
「おう、お帰り」
蒼真はそれに片手を上げて応える。
「……ん?」
「……あちゃ~」
「……ミストちゃん?」
そして、何故か、入口で立ち止まる三人。
その表情は、カリナは無表情、理紗は眉をひそめて天を仰ぎ、リーンは不思議そうに小首を傾げる。と、三者三様である。
「理紗お姉ちゃん、リーンちゃん、久しぶり」
言って、笑みを浮かべるミスト。
「ミストちゃん、おひさ~」
そんなミストに、理紗は苦笑いを浮かべながら返す。その頬は少しばかり引きつっている。
「お久しぶりです」
一方、リーンは満面の笑顔をミストに向ける。
「それで、そっちの子は――誰?」
言って、残った一人、カリナに視線を向けるミスト。
と、同時にぐっと体を蒼真に押し付ける。
「ああ、さっき話していた――」
蒼真がカリナを紹介しようと、口を開きかけた、その瞬間。
カリナがツカツカと、無表情のまま、凄まじいスピードで蒼真の背後に回り込む。
そして、蒼真を後ろからぎゅっと抱きしめると、蒼真の肩から顔を出して、ミストを見下ろしながら、
「カリナです」
と短く告げる。
「ちなみに、蒼真の……お……お……およ……め……さん」
と、続けて、消え入りそうな声で告げると、耳まで真っ赤にして、蒼真の首元に顔を埋めてしまう。ちなみに、蒼真の以降は声が小さすぎで蒼真ですら聞き取れなかった。
俺の、何だろう?
少し気になった蒼真だが、今のカリナの状態では、追求するのは難しそうである。
「初めまして、カリナちゃん。ミストは、ミスト・ノースって言います。ちなみに、蒼真の『こんやくしゃ』だよ」
言って、勝ち誇ったように胸を張るミスト。
「……えっ?」
それを聞いたカリナが表情をなくして、蒼真を見つめる。
「……うっわぁ。しょっぱなから決めに掛かるなぁ」
それを見た理紗は顔を引きつらせながら呟く。
だが、その瞳の奥には楽しげな炎が見え隠れしている。
「ん? 事実を言っているだけですよね?」
言って、リーンは不思議そうに首を傾げる。
「……今、何て?」
その問いかけはミストに対してなのか、それともリーンに対してなのか、カリナが二人を視界に収めて呟く。
「ミストはダーリンの『こんやくしゃ』なんだよ。『こんやくしゃ』って、知ってる? リーンとダーリンは後、七年したら結婚して、『ふうふ』になるの」
それに答えたのはミストで、答えると、直ぐに蒼真に向かってにっこり微笑む。
「……ははは」
そんな笑みを向けられた蒼真が返せるのは苦笑いだけである。
「……蒼真……本当……なの?」
カリナは愕然として蒼真に問いかける。
「……まぁ……まぁ、間違ってはいない……かな?」
それに蒼真は歯切れ悪く、不承不承ながらに答える。
「……そう」
それを聞いたカリナはゆっくりと俯く。
「……う~ん。やっぱり、ミストちゃんの事、話しておくべきだったかなぁ」
そんなカリナを見た理紗が気まずそうに呟く。
「えっ? えっ? 何でですか?」
そんな理紗の言動が理解できずにリーンは目を白黒させる。
「っ――」
不意に俯いたままのカリナが駆け出す。
「――ぁ」
それを見たミストは眉をひそめ、
「――カリナちゃん」
理紗は慌てて引きとめようと声を上げ、
「――えっ? えっ?」
リーンはやっぱり状況が理解できずに慌てふためく。
そして、風のように部屋から出ていくカリナ。
「……えっ?」
そして、原因である張本人である蒼真はリーンと同じように、状況を全く理解できずに固まる。
「はぁ……何しているの、蒼ちゃん?」
そんな蒼真に、理紗は呆れたように大きなため息を吐く。
「――ぐぬぅうぅう!」
唐突に響く男のうめき声。
四人はその声に反応して、うめき声のした方向を見遣る。
「くっそ! 何で蒼真だけ! 羨ましい! 許すまじ! このハーレム野郎! ロリコンっ! 爆発――いや、爆散しろ!」
すると、一体、いつからいたのか、そこには血の涙を流した拓也が立っていた。
「呪ってやる! 絶対に呪ってやるからな! 速攻で呪殺を覚えてやるからなっ! 僕を舐めるなよっ!」
そう捲し立てると、泣きながら消える拓也。
暫し、四人は呆然としてから、
「蒼ちゃん。何しているの? 早く追わないと」
理紗が場を取り繕うように、真剣な表情で蒼真に言い放つ。
「……えっ? ……拓也、を?」
流石の蒼真もそんな事は無いと知りつつも、一応、念のため、万が一の為に、理紗に問いかける。
「――カリナちゃんに決まっているでしょ! あんなのは無視よ! 無視!」
すると、物凄い形相で蒼真は怒られてしまった。




