第3話
ファーストから少し離れた街道では大勢の男たちが汗だくでスコップを持ち、泥だらけになりながら一輪車を転がしていた。
「よ~しっ。今日はここまでにしておくか!」
日が傾き、辺りがオレンジ色に染まる頃、その中で一際ガタイが良い男が声を張り上げる。
すると、それに呼応して周りからは『了解』やら『うぃ~っす』等の声が飛び交う。
「いや~今日も働きましたね~」
そう言って、下着がチラチラと見えるのも気にせず、Tシャツを摘んでパタパタと風を送る一人の少女。
この集団での唯一の女性。もとい、幼女は実に満足そうな笑みを浮かべている。
「ああ。しかし、こう日が延びてくると労働時間が長くて堪らないな……どうにかなんないもんか」
首に巻いた手ぬぐいで汗を拭きつつそうボヤく男。もとい、蒼真である。
「日が短くなればその分短くなるんだからいいじゃないですか。それであいこですよ」
言って、幼女、もといリーンはおへそが丸見えになるのも構わずに、上着を持ち上げて汗を拭う。
「ほら」
そんなリーンを見かねてか、蒼真が自らの手ぬぐいを差し出す。
「あっ、ありがとうございます」
リーンはそれを笑顔で受け取ると、顔、首、腕と拭い、徐にTシャツの中に手を突っ込んで汗を拭い始めた。
確か、今年で十歳とか言っていたか。この子ももう少ししたら、俺の使った汗臭い手ぬぐいを不快に思うんだろうなぁ……いや、その前に下着が見えるのを気にし始めるか。
そんな光景を見ながら蒼真はそんな事を考えた。
「んっ? どうしました?」
そんな蒼真の視線に気がついたのか、リーンが小首を傾げて問いかけてくる。まるで子犬のように愛らしい。
「いや、いつまでリーンは俺たちに付きまとうんだろうなと思って」
リーンの誘いから一週間が経った。
あの時、蒼真はリーンの申し出をきっぱりと断った。その理由は簡単だ。
『信用できない』
この一言に尽きる。
パーティーを組むということはお互いの命を託すという事だ。
そんな行為を会ってから一時間にも満たない相手と出来る訳が無い。
「えっ? そんなの蒼真さんが首を縦に振るまでに決まっているじゃないですか?」
蒼真の問いかけに、リーンはさも当然とばかりに答え、逆に何を言っているんだこの人は? みたいな目を蒼真に向ける。
「だから、俺は首を縦に振らないから無駄なんだって」
「お試しだけで良いんで、組んでくれませんかね?」
「組まない」
「一回だけ、一回だけで良いんでどうですか?」
「組まない」
「むぅ~。蒼真さんは頑なですね」
「リーンこそ、どうしてそこまで俺たちに拘る? お前の実力なら引く手あまた、選り取りみどりの選びたい放題だろう?」
「だ~か~ら~それじゃ、意味が無いんですよぉ」
「……ああ、何だっけ、父親の言いつけだっけか? 弱い奴らとパーティーを組んで高難度の依頼を成功させろ。だっけ?」
「そうです。父様曰く、今、私がぶつかっている壁を乗り越えるにはそれ位しないとダメなんじゃないかとの事です」
壁、ね。ギルドでレベルを測定した訳じゃないから正確なところは分からないけれど、会った時に見せた戦闘能力は俺たちからすれば異常な高さ、いくらこの辺りに生息しているザコだったと言っても、あれで三流の上位とは思えない、きっと二流の上位なのだろう。
この世界ではレベルである程度自らの実力を測る事が出来る。
蒼真もこの間ようやくレベルが10に到達した。
ちなみに理紗と拓也はレベル9である。
測定出来るレベルの上限は99。
だが、この測定機が登場してから過去に上限に到達したのはたった二人しか存在していない。
その内の一人は上限どころか、上限を飛び越えて測定機がエラーを起こしたという、規格外の存在である。
このレベルだが、ある一定の数値になると、そこから先が中々上がらない。人々はそれらの数値を『壁』と呼称した。
具体的な数値を述べると、
レベル20。
レベル40。
レベル60。
レベル80に壁が存在している。
冒険者ギルドはこれを利用して、冒険者にランクを付けた。
レベル1~20までの冒険者を駆け出し。
レベル21~40までを三流。
レベル41~60までを二流。
レベル61~80までを一流。
レベル81~を超一流。
このランクによって受けられる依頼難度と報酬が変わってくる。
無論、ランクの高いほうが難度も高く、報酬も高い。
が、それに比例して危険度も高い。
三流までに上がれば平均的な一般家庭と同じくらいに稼げるが、蒼真達駆け出しは世間から下積みと呼ばれているランクで普通に働いたほうが稼げる位に報酬が少ない。
まずここで大半の冒険者は辞めていく。
その為、三流以上の冒険者は万年人手不足である。
この下積み、人によって違いはあるものの、三流に上がるまでの平均の期間が三年と言われている。
「だったら、冒険者になりたての奴らを捕まえれば良いだろ? それなら俺たちよりレベルも実力も低いぞ?」
いくら弱いと言われていても流石に昨日今日なったばかりのひよこよりは蒼真達のほうがレベルも実力も高い。
もっとも、自分で言っていて蒼真は非常に虚しくなったのは秘密である。
「彼ら、彼女らは弱いんじゃなくて、なったばかりというだけです。確かに現時点ではチームsaiより弱いかもしれませんが、直ぐに追い越しますよ。もしかしたら、もの凄い潜在能力を持った人もいるかもしれません。それらは弱いとは言いません――それに比べて、チームsaiは一番高いレベルの蒼真さんでもレベル10。しかも結成して五年も経っている。普通の人ならとっくに冒険者を辞めてますよ」
目をキラキラと輝かせて、鼻息も荒く力説するリーン。
一週間の付き合いで分かった事だが、こんな喧嘩を売っているようにしか聞こえない言葉でもリーンに悪気は無いのだ。
もっとも、それを分かっていても苛立つことに違いは無いのだが。
そんな事は自分たちが一番分かっている。
だから蒼真は苛つく。
「悪かったな。諦め悪く冒険者稼業なんて続けていて!」
と言って、乱暴に、全力で、完全なる八つ当たりでリーンの頭を撫で回す蒼真。
「いえ! 諦めが悪いというのも冒険者にとって重要な才能です」
年相応の子供なら、蒼真の腕力で頭を振り回されるか、その痛みで泣き叫ぶだろうが、リーンは微動だにせず、笑ってそんな言葉を放つ。
「才能ねぇ」
冒険者になってから、いや、生まれてからこの方そんな言葉を言われ慣れていない蒼真はついつい撫で回す力を弱めてしまう。
「はいっ。その才能を伸ばす為に私とパーティーを組みましょう!」
「……お前も大概諦めが悪いよな」
言って、蒼真は大きなため息を吐く。
「私も冒険者ですからっ」
どや顔でそう言って、自慢げに胸を逸らすリーン。
「てめぇら! くっちゃべってねぇで、とっとと片付けろ!」
そんな遣り取りをしていると、遠くのほうで現場監督である一番がたいの良い壮年の男が二人にがなり立てる。
「すいませ~ん。直ぐに取り掛かります」
と、のんきに蒼真が返事をして、地面に転がったスコップをひょいっと持ち上げる。
「ほら、蒼真さん早くして下さい」
そんな蒼真とは反対に、いつの間にか片付けを済ませたリーンが大きな荷物をひょいっと担ぐ。
荷物が大きすぎてリーンが歩いているのか、荷物が勝手に歩いているのか分からない程である。
「了解」
早く、早くとリーンに急かされながら蒼真は片付けを終え、家路についた。