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レベル99の幼女と最弱パーティー  作者: 癸識
山間の村 パルサー
24/76

第23話

少し長いかもしれません。

読みづらいようなら分けますので、お声かけ下ると助かりますm(_)m

「……っしょ……っしょ」


 頬を真っ赤にして、それだけではまだ足りぬとばかりに、その小さな耳まで赤く染め上げたカリナが石鹸で泡立ったタオルを両手に持って、これでもかと全身に力を込めて、蒼真の大きく、浅黒い――背中――を擦る。


「……っしょ……はぁ……」


 時折、小さな口から溢れる熱い吐息が蒼真の背中にかかり、少しの間カリナはその動きを止める。


「すぅ~……っしょ……」


 そして、再び気合を入れなおすと、蒼真の背中をゴシゴシと懸命に擦る。

 少しでも強く擦ろうと、その小さな全身を使うものだから、時折、カリナの胸のピンク色のぽっちが蒼真の背中に当たり、その身をくにゃっと曲げる。


「はぁ……はぁ……きもち……い、い?」


 疲れたのか、蒼真の肩に小休憩とばかりに顔を預けて、小さな声で、蒼真の耳元で囁くように問いかけるカリナ。


「あ、ああ。最初の頃よりずっと良いぞ」


 疲労の為か、目をとろんとさせて、頬を上気させて、耳まで真っ赤なカリナに蒼真は若干上擦った声で答える。


「……んっ」


 カリナは蒼真の返答に満足したのか、再び蒼真の背中を全身を使ってでゴシゴシと洗い始める。


 ……何でこうなった?


 背中に伝わる優しく、柔らかい感覚に蒼真はそう自問自答する。

 初めは良かった。まだ普通だったといえよう、カリナと蒼真の距離も随分と離れていた。

 だが、カリナの力では蒼真には弱々しすぎてくすぐったかった為、カリナに力を強くしてくれと頼んだのだ。

 だが、頼んでも、頼んでも、蒼真の満足するような力加減はカリナでは出せなくて、蒼真がそろそろ限界かなぁ~とか思っていたら、予想外にその事に対してカリナがむきになってしまい、最終的にこのような形になってしまった。

 ちなみに未だに蒼真を満足させられる力加減では無いのはご愛嬌であろう。


「……はぁ」


「良し。交代っ」


 カリナが再び一休みとばかりに蒼真の背中にしなだれかかってきたのを感じた蒼真がそう言って、桶に溜めておいたお湯を一気に背中にかける。

 何だかこの状態は世間的に危ない気がしたのだ。


「――っ」


 すると、当然のように蒼真の背中にしなだれかかって休憩していたカリナはお湯を思いっきりかぶってしまう。


「あっ、悪い」


 蒼真は慌てて振り返ると、不意に目に入った、まだ綺麗なカリナが持ってきたタオルを掴み、カリナの顔を拭いてやる。


「……むぅ」


 ゴシゴシと幼い女の子には少し強い力加減で拭ったタオルの下から出てきたカリナは明らかに不機嫌そうに顔をしかめている。


「悪い、悪い」


 そんなカリナに蒼真は手を合わせて再び謝罪する。


「力、強い、痛い」


 それなりに痛かったのか、カリナはそう言って蒼真の謝罪は受け取らぬと言わんばかりに、ぷいっとそっぽを向いてしまう。


「ごめん、ごめん。お詫びって訳じゃないけど、今度は俺がカリナの背中を流してやるよ」


 そんなカリナに苦笑いを浮かべながら、そう言って立ち上がると、そっぽを向いたカリナをひょいっと抱き上げ、先程まで自分が腰掛けていた風呂椅子に座らせる。


「むぅ……優しく」


 言って、蒼真を見上げるカリナ。


「畏まりました、お姫様」


 そんなカリナに蒼真はそう言って、王女に忠誠を誓う騎士のように跪くと、桶にお湯を入れその中に手にしたタオルを軽く浸してから石鹸を擦りつけて良く泡立てる。

 そして、これでもかと泡立った所で、そっと、まるで壊れ物でも扱うかのように、優しくカリナの白磁のような背中に触れる。


「――んっ」


 すると、驚いたのか、それともくすぐったかったのか、カリナがびくんと体を震わせる。


「くすぐったかったか?」


 蒼真は手を止めてそう問いかける。


「驚いただけ」


 すると、カリナは首を左右に振ってからそう答える。


「そうか。力加減に問題があったら言えよ?」


「ん」


「良し、じゃ~再開」


 カリナが頷くのを見て、蒼真は再び小さい背中に泡立ったタオルを優しく這わせる。

 その手つきに迷いや不安は無く、ゆっくりと確実に、だが、かなりの速度でカリナの背中を洗い上げていく。


「――はい、おしまい」


 擦ったらきゅっきゅっと鳴りそうな程綺麗になったカリナの純白の背中を見つめて蒼真は満足そうに頷く。

 一方のカリナは、終始痛くも、くすぐったくも無く、むしろ心地よさすら感じていた幸せな時間が終わってしまって内心落胆していた。もう少し長くても良かったのにと。


「んじゃ、次は髪の毛な~」


 言って、桶にお湯を注ぎ直して、シャンプーに手を伸ばす蒼真。


「……髪の毛?」


 カリナはそんな蒼真に首を傾げてみせる。


「ん……ああ、そうか。背中だけで良かったんだっけ? いや、ミストにやっていた頃の癖で、つい」


 そんなカリナを蒼真は暫く不思議そうに見ていたが、どうやら自分のほうが可笑しかったと気がつき、苦笑いを浮かべて、シャンプーを元の位置に戻す。

 そう、蒼真がやけにカリナの背中を洗うのが上手かったのは、約一年前まで自称お嫁さんのミストを洗ってあげていたからである。

 最近は羞恥心が出てきたのか、はたまた自立心が出てきたのか、蒼真と一緒にお風呂に入る事も無くなった。


「ミスト?」


 聞いたことがない名前にカリナが再び首を傾げる。


「ああ。昔からお世話になっている人の娘さん」


「ふ~ん」


 蒼真の返答を聞いたカリナは興味が無さそうにそう呟くと、蒼真が元に戻したシャンプーを手にして、


「洗って?」


 と、蒼真に突き付ける。


「了解」


 蒼真はそれを少しだけ嬉しそうに受け取ると、お湯を張った桶を手元に引き寄せる。蒼真も久しぶりに幼い女の子の背中を洗って楽しくなったのだ。


 そういえば、ミストが一緒に入らなくなった風呂は暫くの間、寂しかったな。


 何て事を内心で思って蒼真は苦笑する。

 そして、シルクのようになめらかな白銀の髪の毛に手をやると、先程より丁寧に、優しく洗い上げる。

 その間、カリナは目を閉じて幸せそうに頬を緩ませていた。


「はい、今度こそおしまい」


 少し寂しそうに、だが満足げに、洗い上げた月光を浴びてきらきらと光る白銀の髪の毛を見てからそう言うと、軽くカリナの頭を撫でる蒼真。


「はい」


 すると、何を思ったのか、カリナはそのまま、くるりと反転して前を向くと、万歳をするように両手を掲げる。


「ん?」


 蒼真はそんなカリナの行動に首を傾げる。


「前も」


「――自分で洗いなさい」


 前も洗えと言うカリナに蒼真はそう言って、軽くデコピンをする。


「……痛い」


 デコピンをされたカリナはそう言っておでこを両手で押さえると、恨めしそうに上目遣いで蒼真を睨む。


「自分の体を洗いたいんだよ」


 そんなカリナを気にもせずに、蒼真は隣の風呂椅子に腰掛けると、放置していた自分のタオルを手にして乱暴に体を洗い始めた。


「……うぅ」


 それを見たカリナは低く唸って不満を顕にしながらも、自らタオルを手にして体を洗い始めた。






「ふぅ~」

「ふぅ~」


 二人仲良く肩まで湯船につかる蒼真とカリナ。


「あ~、手足を伸ばして入る風呂は久しぶりだ」


 言って、湯船の縁に寄りかかって、大きく伸びをする蒼真。


「手足が伸ばせないお風呂があるの?」


 そんな蒼真を見てカリナは不思議そうに問いかける。


「むしろ伸ばせるほうが珍しい。まぁ、カリナ位の背丈なら伸ばせるか」


 言って、天を仰いで目を閉じる蒼真。


「……遠回しに背が低いって言われた気がする」


 一方、カリナは蒼真の一言が気に障ったのか、目を閉じた蒼真の頬を軽くつねる。


「いや、カリナ位の歳なら普通じゃないかな。リーンより頭ひとつ低いくらいだしなぁ」


「……私の年齢、いくつだと思っているの?」


 つねられても全く気にした様子のない蒼真にカリナは不機嫌そうに問いかけて、つねる力を強める。


「いくつって、そりゃ――」


 カリナからの質問に答えようとした、その刹那。蒼真の耳が捉えた小さな物音。

 蒼真はかっと目を見開くと、出入り口に目をやる。


「そりゃ?」


「――しっ」


 続きは? と促すカリナに蒼真は人差し指を一本立てて短く告げる。

 すると、徐々に大きくなっていく物音……いや、これは人の足音だろう。


「あれ? おじいちゃん?」


 どうやらカリナもその足音に気がついたようで、蒼真と同じように出入り口に目をやる。

 とん、とん、からから、とん、とん……っと、足音はゆっくりと、だが確実にその存在を徐々に大きくしていく。

 徐々に大きくなっていく足音を聞いて蒼真は何だか嫌な予感で胸がいっぱいになる。

 徐々に大きくなった足音が不意にぴたりと止み、出入り口の木の扉が横にするすると開き始めた所で、ふと蒼真は思い出した――拓也が忘れていった洗面器の存在に。


「――きゃっ」


 まずいっ! と思った時にはもう体が勝手に動き、カリナの口を塞いでいた。

 手のひらから伝わるその柔らかい感触も気にもせず、素早くむんずと持ち上げると、くるりと蒼真は反転する。


「失礼――ん? 蒼真の他には誰もいないのか?」


 そう言って扉から顔をのぞかせたのは拓也だった。


「あ、ああ。ずっと貸切状態だ。誰も来やしない。それよりどうした?」


 あっぶねぇ~と内心で冷や汗をかきながら蒼真は顔だけを拓也の方に向けて告げる。


「いや、僕としたことが石鹸やらシャンプーやらを入れた洗面器を忘れてしまったみたいでな、取りに来たのだ。普段何でもほいほいとリュックに入れてしまうから気づくのが遅れるな、困ったものだ」


 言って、肩を竦ませてみせる拓也。

 湯気で眼鏡が曇るのを考慮してか、今は眼鏡を掛けていない。


 ……良し、これなら気づかれる可能性は低い。


 それを確認して蒼真は内心でほっと胸を撫で下ろす。

 拓也の視力は眼鏡を掛けなくても見えなくは無いが、すぐ近くでもない限りは、ぼやけてしまって見えづらい。


「ああ、それならそっちにあったぞ。後で届けてやろうと思っていたんだ」


 言って、空いている手で洗い場を指差す蒼真。


「……ん? どっちだ?」


 が、これは悪手。蒼真の姿すらぼやけている拓也に蒼真の指がはっきりと見える訳もなく、自然と蒼真の指をしっかりと見ようと目を細めて蒼真に近づく拓也。


「――違う、違う、こっちじゃない。あっち、洗い場、洗い場だ」


 それを見た蒼真は慌てて早口にそう捲し立てる。


「ああ、洗い場か。了解」


 すると、拓也は思い出したというように、ぽんと手を叩くと洗い場へと足を向けた。


 まずい、まずい、拓也にこの状況――全裸のカリナを見せるのはまずい。


 目が悪い為、目を細めてゆっくりと洗面器を探す拓也を苛立たしげに見つめながら蒼真は早く見つけて出て行ってくれと内心で叫ぶ。


「――ぅ~ぅ~」


 不意に口を塞いだカリナから小さなうめき声が漏れる。


 ――うおっ。


 そこで初めて蒼真はカリナの口はもとより鼻まで塞いでしまっていた事に気がつき、慌てて手を離す。


「ん?」


 そのうめき声を聞いて、蒼真の方を振り返る拓也。


「――げっふ、げっふ、げっふ、す、すまん、お湯を飲んじまった」


 げふげふと、わざとらしく咳を繰り返しながら蒼真は大声でそう拓也に告げると、カリナを見遣る。

 よほど苦しかったのか、カリナは酸素を求めて何度も大きく呼吸を繰り返していた。


「……すまん」


 蒼真は拓也に聞こえないようにする為に、そんなカリナの耳元で囁くように謝罪する。


「――っ」


 そんな蒼真の行動に驚いたのか、肩をびくんと震わせるカリナ。


「……むっ」


「――し~」


 そして、文句であろうか、何やら口を開いた所で、蒼真が慌ててその可愛らしい唇に人差し指を押し付ける。


「……何で?」


 そんな蒼真の不審な行動に訝しがりながらも、カリナは素直に小声で、ぐっと体を伸ばして、顔を蒼真と唇が触れてしまいそうなほどに近づけて、囁くように問いかける。


「……ちょっとあいつにこの現場を見られたく無くてな?」


 少しだけ振り返って拓也の様子を確認してから、カリナの耳元で囁くように答える蒼真。二人の距離が近すぎるために頬同士が少しだけ触れ合う。


「……この現場?」


 言って、不思議そうな表情を浮かべるカリナ。


「……あ~……その……あれだ……カリナが男湯にいるっていう事をあいつに知られたくないんだよ」


 蒼真はどう説明しようか悩みながら、とりあえず当たり障りない返答をする。


「……ん?」


 だが、カリナは訳が分からないと首を傾げる。

 そもそも、それで納得するなら最初から男湯などには入ってこないのだから当たり前であろう。


「あ~、だから、あれだ、なんだ……」


 蒼真はちらちらと拓也の様子を見ながら言葉を探す。


「あいつに……カリナの裸を見せたく無いんだよ」


 が、結局はいい言葉が思い浮かばずにストレートにそう告げた。


「ん? 見られても平気」


 カリナはそう言って再度首を傾げる。


「カリナが平気でもこっちが問題あるんだよ」


 とっとと見つけろよと内心で拓也を罵りながら、蒼真はカリナに告げる。

 そんな蒼真を尻目に、カリナは暫く蒼真の言葉を考え込むような仕草を見せた後、何かに気づいたようにハッとなり、蒼真をじっと見つめながら、


「私の裸を貴方――蒼真は見られたく無いの?」


 と、真剣な表情で問いかける。


「あ、ああ」


 蒼真はそれに、こちらに拓也が来ないか、ひやひやと警戒しながら、上の空で答える。

 どうせ、カリナはこんな答えじゃ納得しないだろうと同時に思い、次の言い訳を考えているのも、蒼真の上の空に拍車をかけている。

 もっとも上手い言い訳が思い浮かばないので、いざとなったらカリナを湯船に沈めて力尽くで隠すつもりである。

 ……こんな乱暴な考えを実行しようと本気で思っているのだから蒼真も相当焦っている。

 蒼真の心の中の多くは、拓也がカリナの裸を見たらどうなるのか、どんな行動に出るのかという不安が占めている。

 ふと、思い浮かぶ、故郷にあった大衆浴場の入口に掲げられた『鈴木拓也。入浴禁止』の看板の姿。

 蒼真はその詳細を知らないが、本人はどうしてこうなったのかと、ずっと首を捻り不満を言っていた。

 その真相は未だに分からない。

 分からないが、きっと男湯に入ってきた幼い女の子を見て――げふん、げふん。


「……分かった」


 そんな蒼真の心中をよそにカリナはそう言って頷くと、そそと蒼真の胸にしだれかかる。その頬はもう長いことつかっている為か、赤く染まっている。


「えっ……分かったのか?」


 蒼真はカリナが予想外に素直に納得した事に拍子抜けして、蒼真の意を汲んだかのように蒼真の胸の中に、拓也から隠れるようにもたれたカリナに問いかける。


「うん。蒼真は私の裸を他の人に見られたくないんでしょ?」


 言って、潤んだ熱っぽい目で蒼真を見つめるカリナ。


「まぁ、そんな感じかな」


 正確には『拓也』には、なのだが、この際そんな些細なことはどうでも良いだろうと、蒼真は頷いてみせる。


「うん……だから、もう誰にも見せない、おじいちゃんにも見せない」


 言って、顔を蒼真の胸に埋めるカリナ。


「お、おお。それは良い事だ」


 一体この短い間に何があった? 蒼真はそう思わずにはいられなかったが、カリナにとってみれば羞恥心を覚える事は良い傾向なので、まぁ、何でもいいかと直ぐに思い直した。

 そもそも今はそんな事に気を取られている場合ではない。


「うん、これからは――蒼真だけ」


「――おっ、あったあった」


 目を閉じて囁いたカリナの声は、そんな拓也の声にかき消されて、蒼真の耳に届く事は無かった。


「おお、あったか、良かったな。なら、湯冷めしないうちに早く部屋に戻れよ~」


 カリナの言葉の代わりに拓也の言葉を拾った蒼真はそう言って拓也を追い払おうとする。


「ああ――そうだ。蒼真、何なら僕が背中を洗ってやろうか?」


 一旦は蒼真の言葉に頷いた拓也だったが、良い事を思いついたとばかりに、ぽんっと手を打ってそう提案する。


「残念ながら、もう体は洗い終わった。もう少し温まったら出るつもりだ」


 変な気を回さないで良いからとっとと帰れ。と内心で毒づきながらも蒼真は至って平然とそう答える。


「そうか。長くつかりすぎてのぼせるなよ?」


 蒼真の返答に拓也は残念そうに肩を竦めると、洗面器を脇に抱えてゆっくりと出口に向かって、歩き出す。

 その歩みは目が悪い事と筋肉痛という事も相まって、改めて見るとあまりに遅い。まるで、亀か杖をついた老人のような遅さである。

 そんな拓也の歩みにいらつき、蒼真は声を荒げそうになりながらも、それをぐっと堪えて拓也が脱衣所へと消えていくのを見送った。


「……ふぅ~。カリナ、大丈夫か?」


 あの様子ではもう少し湯船につかることになりそうだと思いながら、蒼真は胸の中に顔を埋めたままのカリナに問いかける。


 ……だが、返事がない。


「カリナ? カリナ? カリナ!?」


 二度、三度と呼びかけても応答の無いカリナに蒼真は不安を感じて、カリナを胸から引き離す。

 すると、カリナの首が力なく、ぐったりと折れる。

 目は閉じられ、白磁のような顔は真っ赤、眉は潜められ、苦悶の表情を浮かべて、小さな口からは浅く短い呼吸が繰り返されている。


 のぼせている!? ――やっちまった!


 そんなカリナを見て蒼真は大慌てで、カリナを抱き抱えると、湯船から出てその足で脱衣所に向かおうとして――その足を止める。

 その耳に聞こえてくる、とん、とん、という足音。


 ――くっそ、まだ、拓也がいやがんのかよ!


 それでも、そんな事に構っている場合かと、二度、三度と脱衣所に向けて足踏みをしてから、蒼真は苦虫を噛み潰したかのような顔をして、入口から死角になる洗い場の床にカリナをそっと下ろす。

 それから、体についている水滴をタオルで拭ってやると、今度はそれを水にひたしてから絞り、カリナの小さなおでこに乗せる。


 ……落ち着け、のぼせているだけだ。とにかく体を冷やして様子を見よう。ここで万が一、拓也に見られでもしたらそれこそカリナがのぼせた事自体が無駄になっちまう。


 それから、もう一枚のタオルをぎゅっと絞ると、少しでも足しになればと、それを仰いでカリナに風を送る。


 たっく、何で気付かなかった! にして、早く出てけってんだ拓也のやろう!


 のぼせる兆候が無かったと言えば嘘になる。

 潤んだ熱っぽい目、力なく蒼真の胸にしだれかかってきた事。冷静になって考えれば気づきそうなものだった。

 だから、蒼真はカリナの異変に気付けなかった自らを声には出さずに内心で罵倒し、そのついでとばかりに八つ当たり気味に歩みの遅い拓也を罵る。

 やがて、

 からから、ぴしゃ。

 と、いう音を耳にして蒼真は今にもカリナを抱えて浴場から飛び出そうとして、それをぐっと堪える。

 もしかしたら何かの拍子で拓也が戻ってくるかもしれないからだ。

 蒼真はゆっくりと、十秒、二十秒、三十秒と数えてから、扉の音も足音も聞こえてこないのを確認すると、大慌てで、だが慎重にカリナを抱き抱えると、浴場を飛び出す。

 浴場を飛び出した蒼真は念の為にと、脱衣所と廊下を繋ぐ出入り口から一番見えづらい場所にカリナをそっと下ろす。

 そして、裸のままのカリナを床に直接寝かすのはどうかと思い直して、慌てて自らのバスタオルをカゴから取ってくると、それを床に広げて、その上にカリナを寝かせる。そして、そのままバスタオルで裸のカリナを包み隠す。

 これで万が一拓也に見られても裸じゃないからセーフ。このままカリナが気付くまで待つか……何て事を本気で思って、ほっと胸を撫で下ろした蒼真は本人が気ついていないだけで、かなり狼狽しているらしい。


「――べっくしゅ!」


 それから暫く、甲斐甲斐しくのぼせたカリナを看病していた蒼真だったが、自らは濡れた体も拭かずに全裸のままだったという事に、そのくしゃみで気がつき、いそいそとその場から離れて着替え始めた。


「そういや、カリナの着替えってどこにあるんだ?」


 着替えを終えた蒼真の頭にそんな疑問が浮かび上がる。

 カリナはどうやらかなり症状が良くなっているようで、今は顔色も戻り、呼吸も落ち着いてきた。だが、あのままでは今度は湯冷めをしてしまうだろう。

 自分のくしゃみでその事に気がついた蒼真は下着だけでも着替えさせようと思ったのだ。

 まさか着替えも持たずに風呂に入る訳が無いのでどこかにはあるのだろうが、ぱっと見ではそれらしいものは見当たらず、空のカゴがずらりと並んでいるだけである。


「ん?」


 一体、どこにあるんだろうと首を傾げて見渡していた蒼真の視界の隅に入る不自然な場所。

 いや、普通ならば不自然だとは思いもしなかっただろう。

 だが、浴場にいたのが蒼真とカリナの二人だけだったいう事がそれを不自然と思わせる。

 それは、ずらりと等間隔に並べられたカゴの、ある一部分だけがぽっかりと空いているのだ。

 その場所は廊下からの出入り口にも、浴場の出入り口からも遠く、隅っこにあって、目立たず、余程混雑でもしていなければ利用しそうに無い場所。

 蒼真はその場所に近づく。

 すると、何故かカゴが下に置かれていた。そのカゴには一枚のバスタオルと綺麗に畳まれた服が入っている。

 蒼真はそのバスタオルを持ち上げる。すると、バスタオルの隙間から黒い女性用の下着がひょっこりと顔を出した。

 ワンポイントで真ん中に真っ赤なリボンがあしらわれており、カリナの年齢よりかなり大人びた雰囲気を醸し出している。


 ……背伸びをしたい年頃なのかな?


 きっと、カリナの物だと分かっていなかったら、相当に焦ったであろうアダルティーな下着をバスタオルの中に押し込みながら、そんな事を思う蒼真。


「カリナ~?」


 蒼真は腰を下ろすと、すぅ~すぅ~と規則正しく呼吸を繰り返すカリナの耳元で呼びかける。


「カリナ~? カリナ~?」


 二度、三度と呼びかけて、カリナの様子を見る。

 が、暫く経ってもカリナが目を覚ます気配は無く、蒼真は大きくため息を吐くとバスタオルを広げる。

 すると、先ほどの下着と一緒に、黒を基調としたワンピースに似た下着、スリップが姿を現す。

 こちらは裾と胸の部分にレースで刺繍が施されており、胸の中央には真っ赤なバラの刺繍が花開いている。


「ふむ」


 蒼真はそれを見てほっと安堵する。

 これならばミストが着ていた物とほとんど一緒だからである。

 あの平原な部分から、無いだろうとは思っていたが、万が一カリナが付けている物がブラジャーの類であれば、蒼真には着せ方が全く分からなかったので、上は諦めてタオルでも巻いておこうと思っていた。


「よいしょ、っと」


 蒼真はカリナを包み込んでいたバスタオルを剥がして、再び丸見えになった上半身を後ろから支えながら立たせると、慣れた手つきでスリップを着させる。

 スリップを身につけた事によって胸は隠れたが、胸の部分以外は透けている部分がほとんどなので、まだ可愛らしいく整ったおへそも、男女をひと目で分かる下半身も透けて見える。


「後は下か……」


 蒼真はカリナの年齢にそぐわない下着を片手に顔をしかめる。これがミストのようにいかにもな少し大きめのパンツであれば蒼真も気後れはしなかっただろう。だが、蒼真が手にした下着は明らかにそれとは一線を画する。


「……はぁ~……やるしかないか」


 大きくため息を吐き、蒼真は覚悟を決めると、下着の中に方向を間違えないように手を入れて、下着を左右に広げる。

 そして、そのままスリップからはみ出たカリナの華奢で、病的に白い足に下着を通すと、徐々に持ち上げていく。

 スリップごとゆっくりと持ち上げながら、蒼真は実に事務的な動きで、カリナの大事な部分を目指す。

 そして遂に、蒼真はカリナの下着を女性の大事な部分に到達させる。そこには男性であれば山が存在している場所なのだが、女性のそこにはクレバスが出来上がっている。きっとそこに落ちたら大変である。


「ふぅ~……あっ」


 ようやく任務を終えた蒼真は、そのまま小さく息を吐き、そして気が付く。穿かせる勢いが強すぎたのだろう。

 下着に、カリナのクレバスが食い込んでしまい、その存在を強調するように浮かび上がってしまっている。

 ここが雪山ならば、クレバスを目視出来て喜ばれようが、そこは雪山ではなく、カリナの体の一部である。喜ばれるどころか、不快とカリナに怒られることであろう。


「……はぁ~」


 蒼真は、再び出来た任務にため息を吐きながらも取り掛かろうと、カリナの下着に再び手を伸ばした。


「……んっ……蒼真?」


 所でそんな声が頭上から降り注いだ。


「おお、気がついたのか」


 その声を聞いて蒼真はほっと胸を撫で下ろす。

 そして、カリナの下着に伸ばした手を引っ込める。


「うん……のぼせていたの?」


 言って、カリナはきょろきょろと辺りを見回す。


「ああ……無理させて、すまん」


 そんなカリナに、蒼真はぺこりと頭を下げて謝罪する。


「いい」


 そんな蒼真にカリナは、ふるふると首を左右に振って答える。


「それより――直して?」


 そう言って、やはり不快なのだろう、ゆっくりと、クレバスが浮かび上がった下着を指差すカリナ。


「……自分でやれ」


 そんなカリナに蒼真はそう言って、盛大に肩を落とす。


「……さっきはやってくれそうだったのに」


 そんな蒼真にカリナは不満そうに口を窄めると、小さく独り言を漏らす。


「ん? 何か言ったか?」


「何でも無い」


 言って、カリナはまだふらつくのか、ゆっくりと、まるで蒼真に見せつけるように、これみよがしに、太ももから手を這わせて行き、浮かび上がったクレバスを直す。


「んっ」


 そして、両手を蒼真に差し出すように広げる。


「ん?」


 蒼真はそれが何を示すのか分からずに首を捻る。


「着替えたいから、だっこ」


 そんな蒼真にカリナは短く告げる。


「まだ立てないのか?」


「うん。まだふらつく。だからだっこ」


「はいはい」


 下着とは違って、年相応に甘えてくるカリナに蒼真は苦笑を浮かべると、床に横になったままのカリナを抱き上げる。


「蒼真」


 体を安定させる為に蒼真の首に小さな手を回したカリナが、耳元で囁くように呼びかける。


「ん?」


 蒼真はそれに短く答えながら、今更ながらにカリナが自分を名前で呼んでいる事に気がつき、内心でカリナとの距離が近づいたような気がして喜ぶ。


「服も、着せてくれる?」


 言って、蒼真の肩に頬を擦り寄せるカリナ。


「ふらつくようなら手伝ってはやるよ」


 のぼさせた罪悪感からか、それとも距離が近づいて嬉しかったのか、何だかんだでカリナに甘い蒼真はそう言って苦笑を浮かべる。


「ん……あと」


 すると、ここは畳み掛けるべきだと思ったのだろうか、カリナがまだ要求があると口にする。


「はは、まだあるのかよ。言ってみ?」


 それを蒼真は笑って促す。


「うん――また、私の体、洗って」


 言って、蒼真の首に回した手にきゅっと力を込めるカリナ。


「……あれ? もう、裸は見せないんじゃなかったか?」


 そんなカリナの頼みを聞いて、蒼真はのぼせる前にした会話を思い出す。


「ん?」


 言って、首を傾げるカリナ。

 どうやら湯船の中での会話は覚えていないらしい。


「いや、何でも無い。でも、出来ればそれはお断りしたいな」


 どうやらのぼせたせいでその前後の記憶が欠如しているのだろう。と、考えた蒼真はそう言って首を横に振る。


「私、のぼせるまで我慢したのに……はぁ~」


 悲しそうに、まるで蒼真を責めるような口調でカリナが呟き、小さく蒼真の耳元で、これみよがしに大きなため息を吐く。


「……うっ」


 それを言われると蒼真の良心がズキリと痛む。


「私、頑張ったご褒美が欲しい。蒼真に洗って貰うの、私、好き」


 そんな蒼真の内心が分かっているのか、今度はご褒美、もしくはお詫びとして要求しなおすカリナ。


「ぅ……こ、今度、な」


 蒼真はそんなカリナの要求に抗うことが出来ずに、渋々といったように首を縦に振る。


「約束」


「はぁ~……約束、だ」


「ふふ、楽しみ」


 言って、微笑むカリナ。

 その可憐で幻想的で芸術的な微笑みを、蒼真は残念な事に見ることが出来なかった。

 その後、蒼真は結局ほとんどカリナを着替えさせられた挙句、抱き抱えたまま、カリナの部屋まで送らせられる事になるのだが、この時の蒼真はまだそれを知らない。

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