第19話
「……凄いな、この地図」
夕暮れに染まる村の入口で、蒼真はリーンから貰った地図を片手にそう呟いた。
あれから、蒼真は万が一の為に周辺の地形を確認しておくべきだと主張した。地図で見るのと、実際に見るとではかなりの違いがある、そのギャップを埋める為にも己の足で確認するべきである、と。
その訴えは三人ともその通りだと頷き、満場一致で賛成された。
が、何故かこうして蒼真一人で地図を片手に周辺の地形を確認して、ようやく村に戻ってきたのだ。
ちなみに賛成した蒼真以外の三人はと言うと、
まずは理紗。
依頼を終えた理紗は早速、一刻も早く温泉に入りたかったらしく、温泉探しを始めると、何とあの村長が経営している宿屋の浴場が温泉を利用しているらしく、そのまま宿を取ると一目散で浴場に行った。
ついでにリーンも理紗に連れて行かれた。
そんな理紗に蒼真が周辺の地形確認はどうするんだと、問いかけると、
『蒼ちゃんに一任するっ! 何かあったらその時も蒼ちゃんに任せる! 信頼してるから!』
という返答があり、蒼真は理紗が初めから地形確認をするつもりが無い事を察した。
そして拓也。
体力の限界を迎えたようで部屋で休憩中。もう一歩も動けないらしい。
『すまない。本当なら僕も付いていったほうが良いのだが、もう動けない。この有様では天使の湯上り姿を見ることも無く寝てしまいそうだ……地形確認よりそっちのほうが悔しくて堪らない』
と、いつ寝落ちしても良いようにと眼鏡を外した拓也が呟いていた言葉は聞かなかった事にした。
拓也の元々そういった趣味というか好みというかを、蒼真は知っていたが、リーンがパーティーに加入してからはその酷さに拍車がかかったような気がする……拓也の将来が心配でならない蒼真である。
ついでにましろ。
そもそもましろはリーン以外の言うことを聞かず、今もきっと宿屋の前で待機しているはずである。
そんなこんなで蒼真は一人で周辺地形を確認していたのだ。
そして、ようやく終えて村に戻ってきた蒼真は久しぶりに入れる温泉に心が躍っていた。
今日はほとんど歩きっぱなし、汗もかき、埃やら土なんかの汚れで顔や腕がベタベタと気持ち悪い、さっさと汚れを落として温泉にゆっくりと浸かりたい。久しぶりに入る温泉はさぞ心地いい事だろう。
何て事を考えながら足早に宿へと向かう蒼真。
「おい、よそ者っ」
その途中、ふとそんな言葉が耳に飛び込んできて、思わず蒼真は声のした方を見る。
蒼真は自分が呼ばれたのかと思ったのだ。蒼真達はこの村の人々にとってみれば、よそ者にほかならない。
「いつまでここにいるんだっ!」
再び聞こえてきた声に蒼真は周囲を見渡してみるが、声の主は見つからない。
声音から察するにまだ子供のようである。
「母ちゃんが言ってたよ。村中の人が眠いのはこいつのせいだって」
先ほどとは違う声、年齢はそう離れていないであろう、人を馬鹿にした声。
「うちのママも言ってた。こ、こいつが来てから何だか村が可笑しな感じになったって言ってた」
更に違う声、こちらも年齢はそう離れていないであろう、若干上擦った声。
……見つけた。
三人目の声を耳にして蒼真は声の発生源を突き止めた。
それは思ったよりもずっと近く、少し先にある民家の裏から聞こえていた。その証拠にそこからは三つの影法師が伸びている。
「おいっ、何とか言えよ、よそ者!」
初めて聞こえてきた声の主が苛立ったように声を荒げる。
「ねぇ、ねぇ、こいつが話している所って見た事ある?」
二番目に聞こえてきた声の主が面白そうな声でそう問いかける。
「ぼ、僕は聞いた事無い……そ、そういえば、ママも聞いた事無いって言ってたよ」
最後に聞こえてきた声の主がおどおどした声でそれに答える。
「そういや、俺も聞いた事が無いな――おいっ! よそ者! 何か喋ってみろよ!」
そんな声と共に小さくドンッと地面を蹴る音が聞こえてくる。
「そうだ! そうだ!」
はやし立てるように、子供特有の甲高い声が追従する。
「そ、そうだよっ」
あまり気乗りしないのか、はたまたそういう性格なのか、遠慮がちに二人に続く声。
……たく、こいつら話す順番でも決まっているのか?
そんなやり取りを聞いていた蒼真はそう内心で思って、大きくため息を吐く。
たく、近くに大人はいないのかよ……って、よそ者って言っていたか、だったら期待は出来ないか……これだから田舎は。
流石にこの不穏なやり取りを、いくら声音から察するに子供であろうとも、見過ごすわけにもいかず、蒼真は辟易としながら影法師に向かって歩き始めた。
「おいっ! 何か喋ってみろって言ってんだよっ」
「――はい、そこまで」
ドンッと壁を叩く音と共に蒼真がひょっこりと三人の前に姿を現す。
「――なっ」
「――うわっ」
「――ひっ」
蒼真の出現に三人とも驚きの声を上げる。
周りには案の定、ちらほらと大人の姿が見受けられるが、皆知らん顔で各々の仕事や家事をしている。
三人は声音から予想した通りにまだ子供で、リーンやミストより幼いであろう男の子。その三人の男の子に囲まれている一人の幼い女の子。
その幼い女の子を見て蒼真は息を呑んだ。
背丈は囲んでいる三人より頭ひとつは低く、見た目で判断するならば六~七歳くらいであろう。
夕日にも染まらないその白銀の髪の毛、真っ白な肌、そんな肌とは反対に炎のように輝く真紅の瞳、その瞳からはこの女の子が何を考えているのか、何を思っているのか、窺うことは出来ない。
唇の色が一際映える顔は氷で出来た彫像のように冷たく、無表情。
目元が少しだけ垂れていなければ完璧に整ったその顔立ちで人と判断出来なかったかもしれない。 だが、その少しだけ垂れた目元が幼い女の子を絵画の中の空想の天使や神などではなく、現実に生きた人間であると証明している。
この幼い女の子を一言で表せば『神秘的』である。
蒼真は今まで生きてきてここまで神秘的な人間に会った事が無く、思わず見蕩れてしまった。
「ぼ、冒険者だっ!」
「ひ、ひぃ!」
「た、食べないでっ!」
そんな子供達の悲鳴を聞いて、蒼真はハッと意識を取り戻す。
意識を取り戻した蒼真が見た光景は蜘蛛の子を散らすかのように逃げ去る三人の男の子達の姿。
大人達はその子供達を見て、蒼真に敵意や不快そうな目を向ける。先程までの知らん顔が嘘のようである。
冒険者という者は大抵が粗暴で野蛮な生き物である。
冒険者を見る事が少ない村ではそんな認識が蔓延っている。
ちなみに世界を魔王の手から救った冒険者がいるが、その冒険者は冒険者ではなく、英雄、または勇者として知られている。
というより、偉業を達成した冒険者は全員が冒険者として認識されないので枠外である。何とも便利な認識である。
もっとも、粗暴で野蛮な輩が多いもの確かなので、その認識は間違っていると声を大にして言えないのが現状ではあるが。
ここまでそんな目や態度で見られていなかったので、然程そういった偏見は無いものと蒼真は思っていた。
だが、どうやらそれが勘違いだったのか、それともあの男の子三人の親が冒険者を良く思っていないのか、はたまたここまではあまり問題を起こされたくないから上っ面で大人の対応をされていたのか。
「……いや、流石に食べないだろ」
大人達からの敵意や不快の視線に晒されても全く気にした素振りを見せず、蒼真はそう呟いて失笑する。
そんな蒼真をじっと見つめる幼い女の子。やはり無表情である。
「まぁ、なんだ、色々大変かもしれないけど頑張れ」
その視線に気づいた蒼真はそう言って、ぽんっと軽く幼い女の子の頭を叩く。
「……」
すると、幼い女の子は何も言わず、何を思っているのか分からない顔で事務的にぺこりと、蒼真に向かって頭を下げると、ゆっくりとその場を後にする。
……頑張れ、か。
きっと、あの幼い女の子の問題は頑張っても解決しないであろう。何故なら問題は他所からこの村にやってきたという部分なのだ。
あの幼い女の子の問題を解決するには死ぬか、それとも――。
俺のように頑張らずに、村から逃げ出すか。
それ程までに小さな村というのは排他的である。
ふと、生まれ故郷で味わった嘲りやいじめを思い出した蒼真は小さく肩を竦めると、宿に向かって歩き出した。




