第18話
……どうも様子が可笑しい。
パルサーに入った蒼真がそう思うのに時間は掛からなかった。
何せ、すれ違う人々の大半が目の下にクマを作り、眠そうに目を擦り、何度もアクビをしながら仕事をしているのだ。
中には斧を片手にうつらうつらしながら薪割りをしていて、見ているだけでひやひやしてしまう。
「皆さん眠そうですね。昨日、お祭りでもあったのでしょうか?」
リーンもそんな村人達の様子を見て首を傾げる。
「え~。だったら急いで昨日着くようにすれば良かった」
リーンの言葉を聞いて、残念そうに理紗が肩を落とす。
「でも、たった一日位でああなるものかな? それに祭りがあったにしては村が綺麗過ぎないか?」
ぐるりと周囲を見回して、ゴミひとつ落ちていない事を確認した拓也が言う。
「まっ、直接聞いてみれば言いだろう……って、宿屋じゃん、ここ」
村人に聞いたところ、村の一番奥、周囲の家より立派な作りをした家が依頼主である村長の家らしい。
蒼真達は言われたとおり村の一番奥まで来たのだが、その外見は家、というよりは完全に宿屋である。
「宿屋リノ。って書いてありますね」
入口に掲げられた看板を読み上げるリーン。
「え~。どこかで間違えたの?」
きょろきょろと周囲を見回しながら理紗が言う。
「いや、道を聞いてからここまで一本道だったろ?」
首を傾げながら拓也が言う。
「まぁ、入ってみれば分かるか」
言って、蒼真が宿屋の扉を開ける。
すると、チリン、チリンとドアベルが鳴る。
「くぁ……いらっしゃい……ませ~」
ややあってから、カウンターで完全に寝ていた男がゆっくりと目を覚まして告げる。
「すいません。村長の家に行きたいんですけど、どこにあります?」
起きたは良いものの、今にも寝てしまいそうな男に蒼真が問いかける。
「……村長に……どのような……ご用……で?」
うつら、うつら、首を前後にかくかくとさせながらもどうにか応対する男。
「こちらの村長からの配達依頼を受けた冒険者です。これがその依頼書で、ちゃんとギルドの認可印も押されています」
懐から一枚の紙を取り出して男に差し出す蒼真。
全ての依頼がと言う訳では無いが、依頼主から条件を出された場合、ギルドはその冒険者が依頼主の出された条件をクリアしている事を証明する為に認可印を押す。
「……少々、お待ちください」
もうほとんど開いていない目で蒼真の差し出した依頼書を確認して蒼真に返すと、そう言って、のろのろと立ち上がり、ふらふらした足取りで階段を上っていく男。
「……おいおい、大丈夫かよ?」
そんな男を蒼真、以下三名は皆一様に心配そうな顔で見送る。ちなみにましろは宿屋の外で待機中である。
「お待たせしました。私が村長のレキオ・ロットです」
暫くすると、初老の男が階段から降りてきた。
その目の下には村人と同じようにクマが浮かんでいるが、その双眸はしっかりと開かれていて、その足取りもしっかりとしている。
「どうも。配達依頼を請け負ったチーム最弱のリーダー、斎藤蒼真です」
「リーンです」
「理紗です」
「拓也です」
年齢の割には体格の良い初老の村長を名乗る男に蒼真達は軽い自己紹介をする。
「チーム最弱? また、珍しいパーティー名ですね」
パーティー名を聞いた村長はやや驚きながら言う。
普通に考えれば自らのパーティー名を最弱にする奴らはいないだろう。
「ええ、良く言われます」
そんな村長に苦笑いを浮かべてそう適当に返す蒼真。
良く言われるも何も、チーム最弱を結成してから初めての依頼である。もっとも、そう言われる事は馬鹿でも想像出来る事である。
「村長さんが何で宿屋にいるんですか?」
ふと、素朴な疑問を村長に投げかける理紗。
「ああ、それはここが私の家でもあるからですよ」
言って、椅子に腰掛けると、蒼真達にも椅子を勧める村長。
「村長自らが宿屋を経営しているんですか? 珍しいですね」
人心地ついたとばかりに椅子深く腰掛けた拓也が思った事を口にする。
「ええ、良く言われますよ」
すると、嫌味と言う訳では無いのだろうが、先ほどの蒼真と全く同じ台詞を苦笑いで拓也に返す村長。
「ところで、頼んでいた物はどこにあります?」
ぐるりと周囲を見回してからそう問いかける村長。
「ああ、すみません。直ぐにお渡しします。拓也」
「っと……お、重い」
蒼真に促された拓也が足元に下ろしたリュックをごそごそと漁り、一つの箱をよっこいしょっと取り出す。
その箱は小さいダンボール程の大きさがあり、ギルドの刻印で封印が施されている。
「確認お願いします」
拓也から箱を受け取った蒼真がそう言って村長に、箱と依頼書を手渡す。
「ふむ……」
村長は箱が破損していない事、封印が破られていない事を確認してから、箱を開け中身を確かめる。
「確かに、頼んでおいた品物に間違い無い」
そう言って村長は懐から印鑑を取り出し、依頼書に押印してから蒼真に返却する。
この依頼書をギルドに提出すれば依頼達成の報酬金が手に入る。逆に言えばギルドに提出する前に紛失等してしまえば報酬金は手に入らず、依頼は失敗、場合によっては損害賠償金まで発生する。
「ありがとうございます」
それを重々承知している蒼真は押印された依頼書を直ぐに拓也に預ける。
自分で持っているよりは拓也のリュックの中に入れていた方が安全で確実である。
「そういえば、村の人たちが皆、村長さんもそうですけど、とても眠そうなんですけど、昨日お祭りか何かあったんですか?」
先ほどの男がふらふらとお茶を持ってきているのが見えたリーンが村長に問いかける。
「いえ、そういう訳では無いんですが……」
言って、席を立つと、ふらふらとした足取りの男からお茶を取り上げて戻ってくる村長。男がお茶を零しでもしたら大変だと思ったのだろう。
「えっ、違うんですか?」
出されたお茶を手にして小さく驚く理紗。
「ええ。原因は不明なのですが、何故か皆夜にしっかり寝ているにも関わらず眠気が取れず。それが十日続いた時に、もしや変な病気が蔓延したのではと心配して、ファーストから医者を呼んで、診てもらったのですが、皆、寝不足だろうとしか言われず、ほとほと困っています」
ふらふらした足取りでカウンターに戻った男を見ながら村長が苦笑混じりにそう返す。
「それは、大変ですね……」
お茶を一口飲んでから蒼真が気の毒そうに言う。
「ええ、もう、彼此ひと月とちょっとはこの有様で……大きな怪我をした者が今のところいないのがせめてもの救いですよ」
言って、席に着くと、村長もカップに口を付ける。
だが、何やら蒼真達に出されたお茶とは色が違う。
「それは?」
カップに入れられた黒々とした液体を見て蒼真が問いかける。
「ああ、コーヒーですよ。あまりにも眠気が酷いので今では村中で愛飲されていますよ。実は皆さんに配達した貰った物というのはコーヒー豆でしてね。あの箱いっぱいに詰め込まれていますよ。皆さんも1杯どうですか?」
言って、村長が箱から一つの瓶を取り出す。
その中には黒いコーヒー豆がぎっしりと詰め込まれていた。そんな瓶があの箱いっぱいに詰め込まれていたのだろう、拓也が重いと言っていたのも納得である。
「いえ、遠慮しておきます。自分たちは眠くありませんので」
ぐるりと仲間達を見渡してから蒼真がそう告げる。
この世界で、コーヒー豆は珍しくも、高価な物でも無い。同じように焙煎して飲むのだが、砂糖やミルクを入れるといった習慣が殆どない。
一部の王族や貴族は入れるらしいのだが、砂糖やミルクのほうが高くついてしまう、なので、基本的にブラックしか存在していない。
蒼真はその苦味があまり好きではなく、野宿する時に不寝番をする時ぐらいにしか飲まない。
蒼真にとってコーヒーとは好き好んで飲むものでは無いのである。
それはどうやら蒼真だけでなく、他の三人にも言える事らしく、皆、一様に気が乗らなそうな顔をしている。
「ははは、それもそうですな。何も無い村ですが、ゆっくりしていってください」
言って、ぐいっとコーヒーを飲み干すと村長は箱を小脇に抱えてその場を後にした。




