第17話
ファーストから北に向かって歩くこと三日。
まるで片側だけえぐりとったかのような歪な形をした山が現れる。
通称、崩山。
大昔は綺麗な形をしていたのだが、突如、一晩の内に片側だけが崩壊したと言い伝えられているのがその由来である。
その崩山の急勾配な山道を進むこと二日、その村は崩山の中腹に存在している。
村の名前をパルサーと言う。
嘘か真かは分からないがこの村、大昔は崩山の頂上にあったのだが、名前の由来にもなった一晩で山の片側が崩壊した晩に中腹まで滑り落ちてきたらしい。
「ふぅ~。聞いてた話より随分と山道が楽だったな」
背の高い木々に囲まれた村の入口に立ち、蒼真はそう言って汗ばんだ額を服の袖でぐいっと拭う。
「だね~。何せ拓也でも速度が落なかったぐらいだし」
言って、ちらっと後ろを振り返る理紗。
「ぜぇ~ぜぇ~ぜぇ~。さ、最近、き、鍛えられた、ぼ、僕の体力を甘く見るなよ」
すると、そこには息も絶え絶え、両足は生まれた小鹿のようにぷるぷると小刻みに震えている拓也が、理紗の魔道具である杖を突きながら現れた。
「温泉、温泉」
そんな拓也とは正反対にまだまだ体力に余裕がありそうな理紗がスキップ気味に村へと入っていく。
「理紗、温泉の前に依頼を済ませちまうぞ……って、あれ?」
ため息混じりに蒼真が理沙の背中に声を掛け、ふと気が付く。
「リーンとましろはどうした?」
そう一緒に来ているはずのリーンとましろの姿が見当たらないのである。
「そ、そういえば、姿がないな」
よろめいているのか、首を巡らしているのか分からない動きをしてから拓也が言う。
「たっく、どこにいったんだ?」
ぐるりと周囲を見回して蒼真がため息を吐く。
「お待たせしました~」
蒼真と拓也がどうすると目で会話をしていると、木々の間からリーンとましろがゆっくりと現れた。
「たっく、どこに行っていたんだ?」
そんな一人と一匹を見て蒼真は何とはなしに問いかける。
「いえ、私もこの村に立ち寄るのは初めてだったので周辺の地形やら何やらを確認していました」
言って一枚の紙を取り出すリーン。遠目から見るに、どうやらそれは地図のようである。
「へぇ~。見せてもらっても?」
どうやらリーンが即席で描いたらしい周辺の地図に蒼真は興味を抱いて、そう問いかける。
「良いですよ。どうぞ」
快諾したリーンが蒼真に地図を差し出す。
「……はぁ?」
どうやら拓也も地図に興味があったらしく、よろよろと蒼真に近寄り、仲良くどれどれと地図を覗き込んだ二人は愕然とした。
その地図の完成度があまりにも高すぎて驚いたのだ。
蒼真達もこの村に訪れるのは初めてである。
なので、ファーストでこの辺りの地図は入手していた。
が、お世辞にも精巧とは言えないお粗末な物である。
まるで酒を飲んで酔っ払いながら作成したかのような殴り書きのような地図。
だが、それでも市場に商品として出回っている物であり、多くの駆け出しの冒険者や旅人が頼りにしている物である。
だが、手渡されたリーンの地図と比べたら月とすっぽん、天と地程の差がある。
「お前、これ……ああ、魔法を使って描いたのか?」
そのあまりの精巧さに愕然とした蒼真はある一つの答えにたどり着く。
そう、とある高度な魔法の存在である。
蒼真には原理も仕組みも何もかも分からないが、魔法の中にはまるで地形をそのまま切り取ったかのような精巧な地図を描くことが出来る高度な魔法が存在している。その地図はお金に余裕のある旅商人や冒険者達に大人気らしい。
万年金欠冒険者である蒼真は全く縁が無い為に、今までその存在を忘れていたのだ。高度な魔法とは聞いているが、リーンなら使えても今更驚きはしない。
蒼真は実物を見たことは無いが、リーンの描いたこの地図がそうだと言われても全く疑いはしないだろう。
「いえ、普通に歩いて、ちゃちゃっと作りました。時間があればもっと凝ったのも作れますよ」
「……」
何ともないように言ったリーンの返事は蒼真の想像の斜め上をいっていて、蒼真は言葉が出てこない。
「……お前、これで一儲け出来るぞ?」
ようやく出てきた言葉がそんな俗物的なもので、言った後で蒼真は内心で辟易とする。
悲しいことに、長いこと貧乏をやっているとまず金になるかどうかを無意識に考えてしまうらしい。
「そうですか? う~ん。それじゃ、お金に困ったら考えますかね~」
この地図の価値に気づいていないのか、それとも今までお金に困った事が無いのか、リーンから返ってきた相槌は物凄く適当である。
「ねぇ~。いつまでそんな所で話し込んでいるの~? うち早く温泉に入りたいんだけど~」
ご機嫌で村に入った理紗だったが、流石に遅すぎる三人と一匹が気になって、はやる温泉への気持ちを抑えて踵を返してきてた。
「あっ、今行きま~す」
そんな理紗にリーンは手を振って答える。
「そうだ。その地図あげますので、蒼真さん達も地形を覚えておいてくださいね。そもそも、その為に地図を作ってきたんですから」
ふと、思い出したかのように蒼真に告げると、リーンは理紗の元へと駆け足で向かう。
「了解」
そんなリーンに蒼真は軽く頷いてみせると、丁寧に地図を丸めて懐にしまい込む。
「っと、そうだ。俺が持っているより拓也のバッグの中に入れておいたほうが安全か」
懐に入れておいて万が一落としたら大変である。そう思って、蒼真は丸めた地図を愕然としたままの拓也に差し出す。
「ん? どうした?」
差し出した地図を一向に受け取ろうとしない拓也を見て、蒼真は首を傾げる。
「お~い、拓也~。どうした~?」
トントンと、固まったままの拓也の肩を叩いてみるが反応が無い。
「お~い……って、これ、気失ってないか?」
どうやら体力的に限界だった所に、リーンの精巧過ぎる地図を見せられた衝撃で気を失ってしまったらしい。
「立ったまま気失うって器用な奴だな……たっく」
蒼真は再び地図を丁寧に丸めて懐にしまい込むと、気絶してしまった拓也をよいしょっと背負って歩き出した。




