幕間
さて、これは余談だが、そんな夜遅くまで続いた宴会の最中、リーンと蒼真はちょっとしたやり取りをした。
それは日が完全に落ち、仕事や依頼を済ませた人々が宴会に加わり一番盛り上がっていた時間、蒼真はたまたま部屋に戻ろうとしているリーンを見つけ、声を掛けた。
「よう、帰るのか?」
「ええ。皆さんも私がいると気を使うでしょうし」
「そんな事は無いと思うが……」
言って、ドンチャン騒ぎをしている人たちを一瞥する蒼真。
事実、小さい子供がいるから道徳的な行動を、とか。大人としての威厳を、とか等を考えている人は皆無で、好きなだけ酒を飲み、好きなだけ騒ぎ、好きなだけ下世話な話で盛り上がっている。
むしろ、この連中にとってみればリーンはアイドル的存在になりつつあり、拓也を筆頭にいなくなったら悲しむ人のほうが多いだろう。
「それに、子供はもう寝る時間ですよ」
言って、これみよがしに欠伸をして目元を擦ってみせるリーン。
「そうか。それもそうだな」
そんなリーンを見て蒼真はつい苦笑いを浮かべる。
王牙、ことましろとの一件では朝まで一睡もしないでも平気だった様子のリーン。そもそも冒険者であれば一日二日寝ないでの強行軍も珍しくない。
きっと、リーンにはこの場から退散したい理由があるのだろう。
無遠慮な男達に囲まれて疲れたのか、はたまたアイドル的存在に持ち上げられて疲れたのか、もしくは憚る事なく下世話な話をする男たちに辟易したのか。
とにかくここから退散したい理由があるのだと蒼真は思い、つい苦笑いを浮かべてしまったのだ。
「それでは」
言って、歩き出すリーン。
「ああ、おやすみ」
そんなリーンに片手を上げて告げる蒼真。
「それと……ありがとう」
背を向けたリーンに向かって、小さな声でそう蒼真が呟く。
「えっ? 何がですか?」
が、どうやらリーンの耳は蒼真の呟きを捉えていたらしく、リーンはくるりと振り返ると、小さく小首を傾げて蒼真に問いかける。
「……良く聞こえたな」
そんなリーンに蒼真は気まずそうに頬を掻きながら言う。
「私、耳はいい方なんです」
言って、自慢げに胸を張るリーン。
「そっか……でも、そうだな。やっぱりこういうのはきちんと言わないとダメだよな」
そんなリーンに苦笑しつつ蒼真は居住まいを正し、リーンをしっかりと見つめて、
「俺たちを強くしてくれてありがとう。お前がいなければまだ俺たちは駆け出しのまま燻っていたと思う……最悪そのまま引退していたかもしれない」
そう言って頭を深々と下げる。
「大げさですね~私は環境を提供しただけで、強くなったのは蒼真さん達自身の努力の結果です。私はそのお手伝いをしたに過ぎません」
そんな蒼真の行動が意外だったのか、リーンは目を丸くしてしきりに右手を左右に振る。
「その環境を提供して、更に俺たちにまで気を配る事がどれほど難しいかは分かっているつもりだ」
言って、ゆっくりと頭を上げた蒼真は暫くリーンを見つめて、
「だから、ありがとう」
そう言って、にっこりと微笑む。
一方のリーンは、ばっと慌てて顔を俯かせて、
「……これが、父様の言っていた仲間……て、やつなんですね」
そう小さく、本当に小さく、誰の耳にも届かないように呟くと、ゆっくりと顔を上げて、
「こちらこそ、ありがとうございます」
そう元気に言って、にっこりと微笑む。
「何でお前がお礼を言うんだよ」
そう言ってやれやれと肩を竦める蒼真。
だが、その顔は満更でもなく、嬉しそうである。
「えへへ、なんとなく、です」
言って、照れ臭そうに頬を赤らめるリーン。
「ともあれ、これで蒼真さん達も長かった下積みを終えてようやくスタートラインに立ちましたね」
照れ臭さを隠すようにリーンが蒼真にまくし立てる。
「……スタートライン?」
リーンが何を言っているのか蒼真には分からず首を傾げる。
蒼真からしてみれば、スタートラインは冒険者を始めた五年前になるからだ。
「ええ、スタートラインです。三流になって初めて周りは冒険者を冒険者として認識します。他の人より大分遅れていますが、ようやく蒼真さん達もスタートラインに立ったのです」
……ああ、そうか。
リーンに言われて蒼真は納得する。
冒険者という職業は資格も、免許もいらない。
自らを冒険者と名乗った時点で冒険者なのだ。
だが、世間はそう見ていない。
冒険者と言えば、最低三流からなのだ。
だから三流以上の仕事は駆け出しより量も、報酬も、危険も多い。
「そうか……そうだな。今日が、今が、俺たち三人の冒険者としても始まりの日か」
口に出して言葉にすると、徐々に蒼真の心の内から熱いものがこみ上げてきて、ぎゅっと蒼真は拳を握り締めた。
「はいっ。これから私も遠慮なくビシバシいくんで覚悟して下さいね」
言って、小さな手を蒼真に差し出すリーン。
「おう、望む所だ」
言って、差し出されたリーンの手を取り、固く握手を交す蒼真。
……そうだ。俺たちはこれからなんだ。
その晩、蒼真は決意を新たにした。




