第10話
……す、すげぇ。
それを視界の端で捉えていた蒼真はただただ感嘆する。
引退したとはいえ流石は二流冒険者である。
「オラァ! 行くぞっ!」
叫び、王牙に向かって再び突っ込んでいくエレクト。
そんなエレクトを見て、残ったもう一匹の狼牙が反応を示す。
「うおぉおぉおぉ!」
俺だって、足止めくらいは出来るはずだっ。
今にもエレクトに襲い掛かりそうな狼牙に向かって、蒼真は雄叫びを上げながら斬りかかる。
「グルルッ」
蒼真の一撃は避けられたものの、エレクトへの注意を削ぐことには成功した。
「蒼真っ! でかした!」
その間にエレクトが見る見る王牙との距離を詰め、その巨大な戦斧を振り下ろす。
「――うぉ!?」
が、王牙は振り下ろされた戦斧をまるで羽虫でも追い払うかのように右前足でエレクトごと薙払う。
そのままエレクトは凄い勢いで後ろに吹き飛ばされる。
そのままどこまでも吹き飛んでいきそうなエレクトだったが、塀にぶつかってようやくその巨躯が止まる。
「――親方っ!?」
そんなエレクトを心配した、その瞬間に蒼真の意識が狼牙から逸れる。
「ウォンッ!」
この瞬間を見逃さなかった狼牙が地面を蹴り上げ、風のように蒼真に近づき、飛びかかる。狙いは蒼真の首筋。
「――っく!」
これは避けられないと判断した蒼真は剣を寝かして、右手を刀身に添え、見る見る迫り来る狼牙の口元に向かって突き出す。
キンっという甲高い音がして、蒼真の眼前で狼牙が止まる。
「ウゥウゥ~」
不機嫌そうに狼牙が呻る。
今、狼牙は蒼真の剣に噛み付いたままぶら下がっている状態である。
あ、あっぶねぇ。いつもの安物だったら折られてたぞ、これ。
剣越しに伝わってくる衝撃に耐えながら蒼真はそう思った。
「グルッ!」
が、狼牙は低く唸ると、目障りな剣をこのまま噛み砕こうと力をこめる。
ミシミシと剣から嫌な音が鳴り出す。
――やばっ!?
蒼真はその音を聞いて、咄嗟に背中から地面に倒れ込み、自由になった足で狼牙を蹴り飛ばす。柔道でいうところの巴投げに近い形だ。
「キャンッ」
蒼真に蹴られて剣から離れた狼牙はそのまま地面を滑る。
「――親方っ!?」
狼牙と十分な距離を取った蒼真は慌ててエレクトの元へと駆け寄る。
この間、王牙は全く動かず、退屈そうに一つ欠伸をしたくらいである。
息は――している。
怪我は――見た目上は大したことがない。
だが、意識が無い。頭でも打ったのか? で、あれば下手に動かせないぞっ。
エレクトの元へと駆けつけた蒼真は、素早く、最低限の事だけを確認すると、エレクトを庇うように再び王牙と対峙する。
その横には殺気を迸らせながら、口を半開きにさせて、不機嫌そうに尻尾をゆらゆらと左右に揺らす狼牙の姿。
どうやら先ほどの蒼真の一撃が不愉快だったらしい。
「――くっ」
この狼牙だけながら蒼真だけでも勝てないまでも負ける事は無いだろう。
だが、あのエレクトすら敵わなかった王牙には逆立ちしても時間稼ぎすら出来る気がしない。
万事休すか……たく、最近の俺は死相でも出てんのか? 生き残れたらお祓いでもしてもらおうか?
そう自嘲したその刹那、
「――もしかして、お困りですか?」
唐突に声を掛けられた。
「――リーン!?」
蒼真は声のしたほうをチラッと見遣ると驚きの声を上げる。
そこには駆け出しのまま引退した団員を纏めているはずのリーンがいるのだ。驚きもするであろう。
「お前っ、纏めていた奴らは――まさか、お前以外、全滅したのか!?」
「いえ、皆さん元気ですよ? かすり傷ひとつ負ってませんし」
「――はぁ!? だったら、何でお前はここにいるんだよ!?」
「何でもと言われても。脅威? は排除しましたし」
言って、小首を傾げるリーン。
蒼真が何に驚いているのか理解出来ないでいるようである。
「ウォンッ!」
と、ここで、まるで自分を忘れるなと言わんばかりに狼牙が吠える。
だが、そんな好戦的な鳴き声とは反対にじりじりと蒼真たちから距離を取っている。
これに一番驚いているのは狼牙自身みたいで、首を軽く傾げて小さく「ォン?」と鳴く。
「話は後だ。とにかく今はこいつをどうにしないとっ」
言って、油断していた訳ではないが、気を引き締める為に蒼真は剣を構え直す。
「おぉ。流石にここまで近づくと認識阻害の魔法も無意味ですね。私にも王牙が見えます……でも、この王牙、私が今まで見てきたどの王牙より大きいですね? 三汰君のせいですかね?」
そんな蒼真とは反対に緊張感無く、構えすら取らずにリーンが王牙をまじまじと見る。
「オォオォ~ン!」
そんな隙だらけのリーンを見て、狼牙がリーンに飛びかかる。
「――リーンっ!」
と、蒼真が声を荒げた。
その刹那。
「お座り」
というリーンの声がして、気がついたら飛びかかっていた狼牙が顔だけを出して、地面にすっぽりと埋まっていた。
「……はっ?」
「……ォン?」
一体、何がどうなってこうなったのか。
蒼真はおろか、地面に埋まった狼牙も理解できていないようで間抜けな声を出す。
「ウオォオォオォ~ン」
ややあって、びりびりと大気が震え、鼓膜が破れんばかりの咆哮が平原に響き渡る。
咆哮の主は王牙で、今まで動く気配が無かったのに、今では真っ白な毛は逆立、にやりと笑っているように口元は開き、その巨大な体から殺気を放っている。
どこからどう見ても戦闘態勢である。
「――くっ」
「――クゥン」
王牙から放たれるその殺気に当てられて蒼真は体が固まり、地面に埋まったままの狼牙は耳を後ろにぺたんと倒して、がたがたと小刻みに震える。
……こりゃ、死んだな。俺。
ダメージを受けるどころか、まだ王牙と蒼真の距離は十メートル以上あるのに蒼真はそう悟った。
「おお、やる気まんまんですね」
だが、そんな王牙を見てもリーンは至って通常営業。
どころか、嬉しそうに何やらうんうんと頷いている。
「では、小手調べといきますか」
まるで近所に買い物にでも出かけるかのような気軽な口調でリーンが言った。
その瞬間に忽然と姿を消す。
「――ガッ」
それと、ほぼ同時に王牙が宙に舞う。
「あれ?」
高々と空中に舞い上がった王牙の真下には不思議そうな顔のリーンがいた。
「……はい?」
ここでようやく蒼真にもリーンが目の前から消えた事が理解できた。
「ん?」
一方、王牙を天高く突き上げたリーンは首を傾げながら自らも飛び上がり、今度は王牙を地面に叩きつける。
「――キャンッ」
地面に叩きつけられ、一度大きく跳ねた後、そのまま地面を滑る王牙。
その先にはリーンが消えたことを理解して、呆然としたままの蒼真の姿。
蒼真と王牙の距離はみるみる縮まっていき、一メートルを切った所でようやく止まった。
「……うおっ!?」
ややあって、蒼真は突然目の前に現れた王牙に驚き、思わず飛び退く。
「う~ん……思ったより弱いですね?」
言って小首を傾げるリーン。
王牙は死んだのか、はたまた気を失っているのかぴくりとも動かない。
「――あっ、そっか。王牙は狼牙を率いてこそ、ですよね」
何やら自分の中で合点がいったのか、ぽんっと手のひらを叩くリーン。
「――ピュイ」
それから、口笛を一つ吹く。
「な、何だ!?」
ややあって、大地が地鳴りのように揺れ動き、目の前が見えなくなる程の凄まじい土埃が発生する。
「けほっ、けほっ」
土埃が目に、鼻に、口に入り、蒼真は涙を流して咳き込む。
「よ~し、皆いい子ですね~」
ようやく晴れてきた視界の先には他とは一回り大きい体をした狼牙の頭を撫でるリーンの姿。
「げっほ、げっほ、ごっほ!?」
蒼真はまずその光景に咳き込みながら驚き、次に頭を撫でられている狼牙の後ろに整然と並ぶ無数の狼牙の姿に目を見開く。
「あ、安心して下さい。襲ったりはしないので」
ほぼ反射で構えていた蒼真にリーンが告げる。
「はっ? はっ?」
だが、状況が全く飲み込めない蒼真は構えを解かずにただただ愕然とするばかり。
そんな蒼真を尻目にリーンは王牙の顔まで近づくと、ぺちぺちとその頬を叩く。
すると、王牙はどうやら気を失っていただけらしく、ゆっくりと目を開ける。
「さぁ、再戦しましょう!」
そんな王牙を見て、リーンは整然と並んだ狼牙たちを指差しながら嬉しそうに言い放つ。
ちなみに無数いるはずの狼牙だが、その表情は引きつっているか、怯えているかの二つしかない。
そんな狼牙たちを見た支配者である王牙は瞳孔を大きくして驚きを示した後、王者の余裕とも取れるゆっくりとした動きで立ち上がり、
「ウォオォオォ~ン」
と、遠吠えをすると、リーンに向かって、ころんっと腹を向けて寝転ぶ。
すると、それに続けとばかりに、狼牙たちが一糸乱れぬ動きで、ころんっと横になって腹を見せる。
「はっ?」
「えっ?」
これには蒼真だけでなくリーンも驚いたようで、目を白黒させて王牙を見ている。
「クゥ~ン」
そんなリーンを王牙は潤んだ瞳で見つめて、舌を出しながら甘えるような鳴き声を上げる。
これは明らかにリーンに服従を示している。
どうやら先ほどの戦闘とも言えない戦いでリーンとの実力差を悟ったらしい。
「え~。もう一回やりましょうよ~今度は群れを率いて良いので」
それを理解したのか、リーンがつまらなそうに頬を膨らませて強請る。
「クゥ~ン、クゥ~ン」
そんなリーンに王牙は勘弁してくれとばかりに左右にゴロゴロと転がってみせる。
「むぅ~どうしても嫌ですか?」
そんな王牙を見てもリーンは諦めきれずに強請ってみせる。
「クゥーン、クゥーン」
そんなリーンに王牙は駄々をこねる子供のように転がりまわって見せる。
「はぁ~……仕方ないですね。ここまで戦意を無くされると張り合いも無いですし」
リーンはそんな王牙を暫くジト目で見つめた後、大きくため息を吐いて肩を落とす。
「ウォンッ」
そんなリーンに礼を述べるかのように王牙が短く鳴く。
「それにしても、もふもふですね……ちょっと触って良いですか?」
真っ白でふかふかな王牙のお腹を見てリーンが問いかける。
「ウォンッ」
それに対して王牙は「どうぞどうぞ」と言わんばかりに鳴き、リーンに腹を突き出してみせる。
「では、失礼して――むっ。これは!?」
無事に許可を得たリーンがそっと王牙の腹を撫でる。
「もふもふですねっ!」
すると、どうやら王牙の毛並みが気に入ったらしく、何度も撫でた後、そのまま腹に飛び込む。
王牙の腹はリーンを極上のベッドのように優しく包み込み、リーンのテンションは更に高まる。
「蒼真さん、蒼真さん、この子飼っちゃダメですか?」
暫く王牙の腹で戯れていたリーンが唐突に蒼真に問いかける。
「えっ? あ、うん。いいんじゃない? 別に」
一体何がどうなってこうなった? むしろ、一体目の前で何が起こっているんだ?
未だに状況を飲み込めないまま構えを解かない蒼真はリーンの問いかけに何も考えず、否、考えられずに思わず頷いてしまう。
「本当ですか!?」
蒼真から許可が下りたのが嬉しかったのか、リーンが破顔する。
「あ、ああ。きちんと世話するんだぞ?」
「はいっ分かりました! ――あっ、そうだ! この子も私と一緒に蒼真さんのパーティーに入れちゃダメですか?」
「え? あ、うん。いいんじゃないかな、別に」
「えっ!? 『私と一緒に』ですよ? 良いんですか!?」
「え、あ、うん。いいんじゃない? ――あっ」
と、ここで蒼真は自分が何にOKを出したか気づき、顔をしかめる。
「うぅ~。やった~!」
ようやく蒼真からパーティー参入の許可を得たリーンは喜びのあまり王牙をぎゅっと抱きしめて、そのまま空に放り投げる。
「――ウォオォオォ~ン!?」
鳴き声と共にどんどんと上昇していく王牙。
「……あっ」
そんな王牙を見て、リーンはしまったと顔を歪める。
もう王牙の姿は米粒ほどの大きさになっていた。
ここまでの話を時間見つけてあらすじにまとめるつもりですm(_)m




