【2】 ホレ薬でモテモテに
コメディは難しいですね(´・ω・`)
「助けて、モエモ~ンっ!」
午後の必修科目をサボって、大学からバスで十五分の格安アパート(築十七年。家賃三万五千円)へ戻ると、
「……Fgv gt ocik(魔法だわ)」
一週間ですっかり地球の生活に馴染んだモエモンが、冷蔵庫から取り出したコンビニ弁当(釜飯風ホタテご飯)をレンジでチンして食べていた。
「――Fgknki!(美味しい!)」
「呑気に飯食ってる場合かっ。そこは『どうしたんだいマサトシ君?』と聞くところだろう!? 今度からモエモンじゃなくてモエ助って呼ぶぞ、おら!」
そう捲し立てると、一見してコスプレのJSにしか見えないネコミミ、ビキニアーマー装備の美少女は、鬱陶しそうに食べる手を止めて立ち上がった。
やべっ、本気で怒ったか?! と、ワクテカしながら正座して待っていると、そのまま無言で歩みを進め……冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出してコップに注いで戻ってきた。
で、続きを食べながら、悠々とお茶を飲むモエモン。
「Upgtrgpfg(渋い)……。マスター、コーラかジュースの補充を希望します」
「真剣に訴えてる脇でくつろぐな~っ!!」
と、そのままマイペースに食べ終えたモエモンは、空になった容器とコップを流し台で濯いで、器用に廃プラを生ごみと選り分けてゴミ袋に捨てて戻ってきた。慣れ過ぎだろう、おい。
日本語も三日くらいで、「簡単な言語ですね」と覚えたし。
「――で、なんですかマスター? またバスの中で痴漢に間違われて通報されたのですか? それとも女子高のテニス部を覗いて通報されたのですか? 言ったでしょう、マスターは存在自体が変質者なのですから、日頃から女性の近くに寄らないように注意するようにしろと。あと私のの名前はモエモンではなく、モニーク・エイダ・モンテビアンです」
光沢のある青い髪という、日本人はおろか地求人ではあり得ない髪の色に、ピンと立った猫みたいな耳が頭の上に生えている少女。
どーみても地球人以外です、どうもありがとうございますの存在が、こんな安アパートの一室に存在する非日常。
だが、これは夢でも幻でも妄想でもない。彼女こそ俺のために異世界アルトゥスからやってきた、魔法も使えるロリっ娘騎士、その名もモエモンなのである!
「いえ、私はアルトゥスのためにきただけで、別にマスターのためにきたわけではありませんから」
「うおっ!? 俺の思考を読んだな!」
「読まなくても普段から電波発言を垂れ流してるので覚えました」
「なるほど。そして、それを踏まえてさっきの発言は、さてはツンデレだな、お前。だがしかし、せめてあと三年後にデレてくれ。さすがにいまはキツイ」
まっ平らの胸とちっちゃいケツを眺めながら、思わずそう嘆息する。
一部の人間には垢抜けたご褒美でしかない半裸のJSだが、生憎と俺のストライクゾーンからはやや離れている。俺としては胸も尻もほどよい大きさの……かつ、大きすぎない手頃なサイズが好みなのだ。
夜、押し入れで寝ているところをこっそり覗いて、チン●斬られそうになったからでは決してない。
だから事案はないぞ。本当だ! くっ……。
だというのに、ご近所の評判を気にして、無理やり俺をこのアパートへ隔離しやがって……パパンもマッマも可愛い我が子が信じられないのか!? くそっ!!
「なんですか、さっきからブツブツと? キモいんですからひとり言はやめてください。そんな風だから隣の女子大生が引っ越した翌日に退去することになるんですよ」
「そ、それは関係ないじゃないか。つーか、あれは別に俺のせいではなくて、お前がその格好で『私のマスターともどもよろしくお願いします。いえ、兄妹ではないです。マスターに飼われているような者です』とか言ったせいだろう。完全に変質者を見る目だったぞ、をい」
「普通なら事実関係を確認してから引っ越すものだと思いますけど、速攻で逃げたということは、疑いの余地もなくマスターがキモかったということではないんでしょうか?」
淡々と氷の剣で俺の胸を切りまくって、傷口に塩を塗りたくるモエモン。
「――くっくっくっ。それで俺に精神的なダメージを与えたつもりだろうが、残念。女子の声での蔑みの言葉は俺を回復させるだけだぜ」
「まごうことなく変態ですね」
美少女の言葉攻めという俺の人生に足りなかったものを充足してくれたお陰で、多少なりとも俺のHPは回復した。
危ないところだった。精神的な危機一髪を回避した俺は、改めて床に胡坐をかいて――椅子とか座布団なんてものはない。家具といえるのはテーブルとパソコンだけである。あとはテッシュとゴミ箱くらいか。実質、ひとり暮らしににあったせいか消耗が激しいんだよな。乾かして使えないだろうか?
「とにかく聞いてくれ」
「ジュースの件ですか?」
「あとで買って来るから聞けよ!」
精いっぱい怒気を込めて一喝する。
普通のJSなら泣き出すところだろうけど、当人曰く異世界で魔物だの魔人だのを日常的に相手しているというネコミミ騎士は、まったく応えた風もなく、「なんですか?」と返すだけだった。
「俺はさっき大学で辱めを受けたんだ」
「ほう」
「同じ講義に参加している連中が、『これから皆で合コンに行こうぜ!』とか言い出して、『おおいいな、全員参加で行こうぜ』ということで、ぞろぞろ連れだって歩き出したから、俺も付いていこうとしたら、『あ、お前はなしな。オタでDT臭くて女子が嫌がるからな』『ま、一生DTで頑張れや』って口々に嘲笑いやがったんだ!」
「疑問なのですが、“大学”というのは学問の学び舎ではないのですか?」
「違うっ。遊んで青春を謳歌するところだ!」
世間のお題目なんて飾りです。ロリっ娘にはそれがわからんのですよ!
「……そーなんですか」
思いっきりジト目で相槌を打つモエモン。
「そうなんだよ。だからモエモンの力であいつらを皆殺しに」
「しません」
「……なら、魔法でも魔薬でもいいから俺をモテモテにしてくれ!」
「清々しまでの屑ですね。――これは絶対にアルトゥスに召喚させるわけにはいかないわね。いっそ始末したほうが。でもそれだと運命が変わって……」
「はははっ。照れるな~」
後半、何かぶつぶつ言っていて聞き取れなかったけれど、つるぺたとはいえ美少女の蔑みはご褒美です。
「私は騎士なので生憎と恋愛感情に干渉するような魔法は習得してません。あと、惚れ薬の類いは材料が膨大なので、とても集められないと思いますよ」
あるのか惚れ薬!?!
「あー……そう上手くはいかないかぁ。……でも、いちおう参考までに何が必要なのか教えてくれ」
一縷の望みを託してそう尋ねると、モエモンはため息混じりに答えた。
「ヒルガオの花。ナンテンの葉か実の粉末。シャクナゲの花。月桂樹の葉の粉末。じゃ香のエキス。シナモン、グローブ、カルダモン、ナツメグ、松の実、フェンネルを少々。バニラビーンズ。赤いバラの花六枚。カマキリの黒焼きかタツノオトシゴの黒焼きを粉末にしたもの。魔女の血六百cc。天使の羽三枚。妖精の尻尾六本。マスターの髪の毛二本。これをオレンジジュースで溶かせばできあがりです」
「ぐああああっ、無理だ~~っ!」
俺は頭を抱えた。つーか、妖精って尻尾があったんかい!?
「そうでしょう。私も手持ちには魔女の血と天使の羽、あと妖精の尻尾しかありませんから」
当然という顔で頷くモエモンだけど――ちょっと待て!
「あるんか、魔女の血や天使の羽、妖精の尻尾が!?」
「ええ。アルトゥスでは薬の原料として割と普通に売ってますから、幾つかは持ってきましたけど、さすがに他の材料は無理ですね」
「いやいや、その三つがあるなら他の材料なんてすぐに揃うぞ。通販で明日には」
「…………うそはいけませんよ。そんな魔法みたいなことできるわけないじゃないですか」
「いやいや、本当に。なんならいまから注文してみせるぞ」
半信半疑どころか、明らかに疑ってるモエモンの前でパソコンを起動させて、インターネットに接続する。
ふっふっふっ。剣と魔法の世界の住人には、この箱が全世界と繋がっているなど想像もつかないだろう。
「この箱って買い物もできるんですか? てっきり毎晩、裸の女性の絵を見てマスターが右手で盛るための道具かと……」
「なんで知ってるんだ!?」
そんなわけで、ひと悶着あったものの無事に注文は完了して、すべて翌日配送で手に入ることになった。
パネえな通販。
翌日の夜。
「……ということで、材料をすべて煎じてオレンジジュースに注ぎシェイクして完成。『特製・惚れ薬』~っ!」
「お~~っ!!」
適当なペットボトルの容器に入った『惚れ薬』。モエモンが高々と掲げるそれを前に、思わず拍手をする俺。
「っっても見た目はただのオレンジジュースだな。つーか、そもそもオレンジジュースである意味あるのか?」
余った――というか、念のためにと言われて、言われるまま複数本注文したオレンジジュースと、ついでに買わせられたコーラ。
昼間に届いたところオレンジジュースの一本を躊躇なく開けて、ポテチと一緒に飲んでいたモエモンの姿を思い出して思わずそう尋ねた。
「勿論です。これは伝統ある『オレンジ魔術』というもので、オレンジの魔力が絶対に必要なのです」
ムキになるところが猶更怪しいけれど、まあ確認のしようがないから仕方ない。
それにジュースのほうが相手に怪しまれないのも確かだ。
ぐふふふふふっ、これをさり気なくサークルの姫に飲ませれば……。くくくっ、こんな時のために手芸部に入っておいた甲斐があるってもんだ。
「あとはおよそ十八時間染ませれば出来上がり。一口飲めばどんな相手でもマスターに夢中になります。――ま、私の世界の人間が犠牲になるよりはマシですね」
微妙に黒いことを呟きながら、容器をテーブルに置くモエモン。
「あと間違って飲まないように、念のため一筆書いて、冷蔵庫に入れておきますので」
そういってペットボトルの正面と脇に『Nqxg Rqvkqp(惚れ薬)』と、マジックで大きく書きなぐるモエモン。
自分の分(というか俺が金を出したのだから半分は俺の物だろう)のオレンジジュースと一緒に冷蔵庫に仕舞う。
「…………」
その様子を見ながら、ふと思った。
この薬が本当に効果があるのか実験する必要があるんじゃないのかと。
決してロリが目的ではない。
何度も言うが俺の好みは片手で握れるくらいのオッパイと尻なのだ。こんな取っ掛かりのないつるぺたは対象外である。
だがしかし、世の中には青田刈りとか先行投資という言葉があるように、先々のことを考えて唾をつけておくのはおかしなことではない!
ぶっちゃけ顔だけなら、サークルの姫など問題外の可愛いさだし。
俺は密かな野望に燃えて、口を開けた普通のオレンジジュースのペットボトルと『惚れ薬』と書かれた同じような容器を見比べた。
パッと見は入れ替えてもわかんねーだろうな……。
◆ ◆ ◆
「いや~、悪いね。うっかりスペアのキーを渡し忘れていたよ」
翌日。お昼過ぎに玄関のチャイムが鳴り、モエモンが出てみると、引っ越しの際に挨拶をしたアパートの大家が立っていた。
百八十センチを超える身長に、禿げて豚のような容姿をした中年男。
咄嗟にオークの襲撃かと身構えたモエモンだが、きちんとスエットの上下を着こんだその身支度と、流暢なこの世界の言葉を喋る様子に、「ああ、そういえば……」とその存在を思い出した。
「そうですか。わざわざ申し訳ございません、大家殿」
「なんのなんの。こっちが悪いんだからね。ところで、一緒に住んでいる親戚の兄さんはいないのかい?」
「はい。新作の『げぇむ』が発売されたとかで、出かけています。もうすぐ帰ってくるかと」
親戚同士という設定を思い出しながら、無難に答えるモエモンの表情をじっと窺って、そこに嘘がないかどうか値踏みする大家。
「そうかい。ならいいんだけど、おかしなことをされたり、無体な要求をされたりしてないだろうね?」
帰国子女で現地の民族衣装と紹介されたビキニアーマーを、ためすがめす眺めながら若干声を潜めて、そう念を押して確認する。
「……その答えは微妙です」
つい先日、無理やり作らされた『惚れ薬』を思い出して、そうモエモンは正直に答えた。
「――っ!? 詳しく聞かせてもらおうか。場合に寄っちゃ、一肌ぬぐよ」
途端、真剣な表情になって目を光らせる大家を前に、これは玄関先で立ち話もできないだろうなー。と、常識的な判断を下したモエモンは、
「わかりました。では、中へどうぞ」
「お邪魔するよ」
大家を促してテーブルへ案内すると、慣れた仕草でコップを準備してコーラを開けた。
「……大家殿、コーラとオレンジジュースとどちらが好みですか?」
「お構いなく。ま、もらえるんならオレンジジュースのほうがいいかね。炭酸は苦手だからね」
「なるほど」
コーラは自分の分にするしかないな、と思いながら、昨日開けたオレンジジュースのボトルを手に取る。
別個に『Nqxg Rqvkqp(惚れ薬)』と書かれたボトルが収まっているを確認して、コップにジュースを注いだ。
「どうぞ」
「ああ。ありがとさん」
口では遠慮していたが、実際には喉が渇いていたのか、出されたオレンジジュースを大家は一息で半分飲んだ。
「それであの兄ちゃんだけど――ヒック!――い、いつ頃帰ってくるのかしら?」
「…………」
なぜか突然、くねくねとシナを作り始めた大家の変化に小首を傾げたモエモンが、半分ほどに減ったペットボトルのオレンジジュースに不審の目を向けたそこへ。
「ただいま~っ。いや~、無事に初回特典付きのエロゲ、ゲット。ついでにお土産に三笠まんじゅう買ってき……っと、あ? 誰――ああ、大家さん……?」
部屋の中に第三者がいることに一瞬、キョドったマサトシだが、それが大家だとわかってとりあえずはほっと胸を撫で下ろした。
が――。
「うふふふふふっ、待っていたわよ、ダーリン♪」
なぜか気持ち悪い笑みを浮かべながら、踊るような足取りで迫り来る巨漢中年を前に、本能的な危機を覚えた。
「…………」
なんとなく状況を理解したモエモンは、マサトシの手から零れ落ちた三笠まんじゅう(どら焼きとも言う)の袋をコーラの入ったコップと一緒に回収すると、無言でその場を後にした。
「ぎゃああああああああああああああっ!!!!」
「愛してるわン、ダーリン!」
自室代わりにしている押入れに入って明かりの魔法を唱える。閉めた襖越しになにやらドタバタ大人ふたりがくんずほつれつしている音が聞こえてきたけれど、聞けないふりをして三笠まんじゅうに齧りつくのだった。
ちなみにモエモンの言葉は、ノルウェー語でさらにアルファベットを2文字ずらしたものです。