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誕生パーティー 

その翌日、パーティーが始まるようです。

パーティー当日の日曜日の朝がきた。


村の秋祭りを繰り上げて今日すればいいと思うぐらい、爽やかに晴れている。


今日の天気は、コックのジボアがお得意のロールキャベツと引き換えに神様に掛け合ったに違いない。

半月程前から、エミリーと顔を合わせるたびに言っていた。


「エミリーさま、パーティの日のお天気はどんな具合なんでしょうねぇ。わたしゃそれだけが心配ですよ。」


庭を使うガーデンパーティーになるかどうかで、料理のメニューも変わってくるらしい。


この天気なら、ジボアもさぞ満足していることだろう。



子爵邸の庭を開放しての私たちの誕生パーティーは、本人たちの思惑を超えて、ここサマー領のみならず近隣の貴族や名の知れた人たちの秋の楽しみとなっていた。


それもあってか、母様や使用人たちもこの催しには特に力を入れているようで、今日は朝も早くから屋敷全体が興奮でざわついていた。



「エミリー、早く支度して朝ごはんを食べちゃいなさい。おじいさまたちはいつものように、早くおいでになるわよ。」


三階の家族用の化粧室で髪を整えていると、母様がブリーを引き連れて足早に廊下を歩いていくのが、チラリと見えた。


ブリーはもう正装のドレスに着替えているようだ。

ご自慢の菫色の目の色に合わせて(あつら)えた、薄紫のオーガンジーだ。



母さまと一緒に階下に降りたと思っていたのに、ブリーは何を思ったのかわざわざエミリーのいる所に戻ってきて、くるりと回って全身を見せてくれた。


「どう? これいけてるでしょう。」


確かに。

ブリーの中身を知らなければおしとやかな淑女に見える。


「うん、似合ってると思う。」


「もう、エムったら張り合いがないわねぇ。今日はあなたのパーティーじゃない。もっとテンションを上げてちょうだい。」


私のパーティー? 

それはちょっと違うでしょう。


「今日は子爵家嫡男(ちゃくなん)、将来伯爵様になるアル兄さまの誕生パーティーなの! 私は、ついで。」


「あら、ついででもいーじゃない。私たちの誕生日よりハデに祝ってもらえるんだから。正装のドレスは買ってもらえる、お客様はいっぱい、言うことなしだわよ。あなた、まためんどくさ~い。なんて思ってるんじゃないわよね。」


はい、すみません。

思ってます。


めんどくさい。


図書室でごろごろして一日中本を読んでいたいです。



なんとか表面上はブリーに話を合わせて、おだてまくって先に階下に降りてもらった。



これから、そのめんどくささの最たるものである、ドレスに着替えなければならない。



服に対してまったく興味のないエミリーは、普段は二人の姉のおさがりを、なんでも有難く着させていただいている。


ブリーは母譲りのブロンドで、キャスは父様に似た黒っぽいこげ茶の髪をしている。


おさがりの服は、その二人の好みや容姿に合わせて買ったものだから、色もデザインも全く違う。


エミリーの髪は母方のおばあ様からの隔世遺伝で、白っぽいシルバーブロンドだ。


正直、二人の姉の服は全然、自分に似合わない。



ブリーは、ジュニア・ハイスクールに行くようになったんだからもっとおしゃれをしろとうるさい。

けれども興味のないものに時間を割くのは、めんどくさい。


それに、今は昔のように使用人に服を下げ渡す習慣なんて、無くなっているからね。

どうでもいいと思っているものにお金を使うなんて、もったいないじゃん。


服を買うぐらいなら、本を買う。


今年はジュニア・ハイに入って「準・大人」の扱いを受けるようになったので、スカートの裾長(すそたけ)は膝下になっている。


色もエミリーに合わせてオーダーメイドしたので、濃い青色のシフォンのワンピースだ。


エミリーは目の色が薄い水色で髪も白っぽい。

少し濃いめの色を着なければ、全体がぼんやりとぼやけた印象になる。


スカート部分にはバレリーナが着るチュチュのような、水色のレースのオーバースカートがついているので、見た目だけで言えば軽々と舞い踊る妖精のプリンセスのような仕上がりになっている。



めんどくさがりだけどね。



せっかくの休みを大勢の人の中で、それも注目されて過ごさなければいけないのは、うんざりだ。


まあ嘆いていても今日は終わらない。

なんとか自分を叱咤激励して階下に降りることにした。




 一階のブレックファーストルームに行くと、アル兄さまが朝食を食べていた。


「エム、おはよう。やっと来たな。母様がさっきからイライラしてたぞ。」


「無駄に張り切ってるからね。ふぅー、なんでここまで大げさに誕生パーティーをしなくちゃいけなくなったんだろう。」


「おまえが生まれたからじゃないか。」


「アル兄さまのほうが先に生まれてたじゃない。」


兄さまはニヤニヤ笑っている。


この問答も、ここ何年かの二人の定番となっている。

お互いのせいにしてこの労苦を押し付け合いたいのだ。



「エム、おまえがめんどーがってるのは知ってるが。さらに悪いお知らせだ。おじいさまがどこかの国の王子様を招待したらしい。」


「えーーっ、なんで王子様が子爵家のパーティーなんて来るのよ。バッキンガムに行きゃあいいじゃない。」


「まぁそう言うな。ブリーは玉の輿を狙って目をきらきらさせてたぞ。」


ブリー…ぶれない女。


ブリーは16歳になったので、花婿候補の選定に入るのはしかたがない。

でもちょっとあからさまなのが玉に(きず)だ。



「はぁ~。挨拶しなきゃいけないのよね。」


「とーぜん。」


「外国の王族への挨拶の作法なんて知らないよ。」


「俺だって知らないよ。向こうも郷に入れば郷に従えだ。宮殿に呼ばれた時の作法で乗り切るしかないさ。」



この国では貴族の子どもが7歳になると、宮殿でのお披露目パーティーに出ることが義務づけられている。


そのため一応の宮廷作法は教えられているのだが、あまりこういうことに興味のないエミリーは身を入れて学んでこなかった。


王族・公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵・騎士爵の子供たちが一同に会すのだ。

その大人数の中、少々(あら)があっても目立とうはずがない。


ましてやエミリーは爵位の跡継ぎである嫡男嫡女ではないので、王侯陛下に名を呼ばれることもない。

そのため一度だけあったお披露目パーティーには、お気楽に参加した。


それも、三年前の話。


当時習った作法など忘却の彼方にサヨウナラだ。




◇◇◇



 

 パーティーが始まると同時に、王子様に突撃していったブリーとは離れて、エミリーは隅っこの目立たない場所で、村の子供たちやジュニア・ハイの同級生たちと一緒に過ごすことにした。


なるべく王族やら、伯爵のおじいさまのお仲間やら、は避けたいところである。


子爵家の庭は広い。

そしてパーティ客は多い。


最後まで顔を合わせずとも、なんとかなるのではないだろうか。



有難いことに親友のマリカと幼馴染のロベルトがずっと側にいてくれたので、他の大人たちの挨拶攻勢も最小限に避けられていた。


「ほんとにエムはこういう事が嫌いよねぇ。せっかく貴族に生まれたのに。」


マリカが、あきれたようにそう言った。


マリカは大商人の娘である。

自分の家にお金はあっても爵位がないせいか、貴族というものに過大な憧れを抱いているように見える。


貴族の内実は、屋敷や領地は広いがそれを維持していくのに四苦八苦しており、経済的にはどの貴族もそんなに余裕のある生活ではない。


その上へたなプライドや義務・形式に縛られ、使いたくないお金も見栄を張って使わざるを得ない時も多々ある。


今日の催しなんかその最たるものである。


ほんとーに、貴族ってめんどくさい存在なのだ。



おとなしい眼鏡男子のロベルトは、マリカやエミリーがしゃべっている時には極力口を挟まないで、側に空気のように立っている。


ただ最近「ロビー。」と呼ぶと怒るようになった。


自分的にはジュニア・ハイにあがったのだから、もっと大人っぽく「ロブ」と呼んで欲しいらしい。


私たちより低い背丈でその主張をされると、吹き出すのをこらえずにいられない。


マリカも私も、普段は男のプライドを尊重して本人の希望通りにしてあげているが、たまにどうしようもなくからかいたくなった時はロビーと呼んでしまう。



そのロブがエミリーの顔色を見ながら言ってきた。


「エム、さすがにそろそろ主賓の人たちには挨拶しといたほうがいいんじゃない?」

「むっ。母様にそう言えって頼まれてたんでしょう。」


案の定、ロブは少し目をそらした。


「嫌だなーー。今日は外国の王子様も来ているし、あっちの方に近寄りたくないんだよね。」

「えっ! そんな人が来てるの? どの人?」


マリカは即座に食いついた。


マリカ、あんたもブリーの仲間なのね。

まあまだ切羽詰まる歳ではないので、興味の方が勝っているのだろうけど…。



しかし嫌だと言っている訳にはいかなくなりそうだ。


向こうの方からブリーが、おしとやかに見えるギリギリの速足で、こちらに歩いてくるのが見えた。


「エム、出番よ。あの呪文を使う時がきたわよ。」


「「呪文ってなに?」」


マリカとロブは怪訝な顔だ。


もうっ、時と場所を考えてよ。


はぁ~。

それもブリーだから仕方がないのか…。



何のことかわからないというロブとマリカに、最近、起こった不思議な出来事のおおまかな流れと、それに対してのブリーの考察をざっと説明した。


二人ともすべて呑み込めたとは言えないようで、ブリーとエミリーを見る目がなま温かくなったような気がする。



ブリーがエミリーを呼びに来たのにはわけがあった。


王子様の興味を引くためにブリーが思いついた話題が、よりにもよって「なつみ」という名前だったらしい。


王子さまは極東の島国でニッポンという国の皇太子だそうだ。

「背が高くて、黒髪で、エキゾチックなのー。」という情報はどうでもいいのだが…。


ブリーとしてはその国のことも知らないし共通の話題もない。

そこで思い出したのが、アジア系っぽい「なつみ」という名前だ。


ブリーが「なつみという名前の人を知っているのですが、アジアのどこの国の名前でしょう。」と皇太子様に問うと「それは、私の国に多い名前ですね。どなたの名前なのですか?」と、とても興味を御示しになったのだそうだ。


本当のことを言えるわけもなく、妹のエミリーが親しくしていた人だなどと口から出まかせを言ってしまったようで、「ぜひ、御妹さんとも、お話したいですね。」と言われたらしい。


ここで、「エムなんとかしてーー。昨日私にかけた迷惑を覚えているでしょう?」ときた。


はーーーっもう、ブリーったらぁ。



エミリーが、ぶーたれて、「死んだ人なんか呼び出したくない。」と言うと。


ブリーは「あなた自身でしょ。そんなこと言わないの。」と言う。


エミリーが「心霊写真だよ。見たくないよ。」と言えば。


ブリーは「ここに鏡なんかないじゃない。」と諭す。



エミリーとブリーのやり取りに段々興味が湧いてきたのか、マリカとロブもブリーに加勢しだした。


「王子様がエムと話したいって言ってるんでしょ。なつみさんの事を教えてもらえなきゃ話せないし、私たちニッポンのことなんて何も知らないじゃない。なに話すのよ。」


「そうだね、僕は君たちが言っていることが本当のことなのか確かめたいね。呪文を言ってみて、何が起こるのか見せてくれよ。」



三人の期待に満ちた眼差しがジリジリとエミリーに圧力をかけてくる。



「もういいよ。やればいいんでしょ、呪文。でも煙が出てくるとか私が変身するとか、おもしろいことを期待してもだめだよ。ただ私が変なことをしゃべりだしたようにしか見えないんだからね。狂ったとだけは思わないでちょうだい。」


エミリーが仕方がなくそう言うと、三人は揃ってうんうんと頷いた。



こうして思ってもみなかったことに、二度と使わないと思っていた呪文を、また使うことになったのだ。



人前で可笑しな独りトークを繰り広げるのはエミリーの本意ではないが、どうしてもこの症状? いやこの記憶チートとかいう神様からの厄介なギフトに、向き合わなければならないようである。

 

 

どうにも逃げ道のない展開になったようですね。


エミリー、がっ、がんばっ。

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