ハロウィンの小さな約束
さあ、ハロウィンが始まるようです。
今日はエミリーが通っている学校のハロウィンナイトだ。
10月の最後の日がハロウィンなのだが、その前日に前夜祭とも言うべき学校行事がある。
エミリーのクラスの皆は、朝から期待と興奮で落ち着きがなかった。
授業は午前中だけなのだが、生徒が皆浮足立っているので、教師の方も授業内容を簡単なものにせざるをえない。
あまり授業の意味がないのではないかと思う。
夕方から全校の生徒が参加するパーティーがあるので、授業終了と同時に皆パーティーの準備の為に教室から駆け出していく。
生徒だけではなく多分先生たちも駆け出しているのではなかろうか。
さっき窓からのぞいたら学園長が駐車場に向かって走って行くのが見えた。
街に住んでいる者は、一旦家に帰って衣装を着て出直してくる。
遠くから通っている者は、学年ごとにに用意された部屋で悪魔や妖精に変身して、パーティーが始まる四時頃まで待機することになる。
エミリーも普通なら待機組だったのだが、おじい様が家で着替えればいいじゃないかと言ってくれたので、マリカと一緒にストランド伯爵邸へ歩いて行くことにした。
マリカの住んでいる所はストランド伯爵領とサマー子爵領の境界付近にある。
エミリーほどではないけれど往復するには遠いので、一緒におじい様の家で着替えることになったのだ。
「エム、今日はありがとう。助かったよ。家まで帰ると疲れるからね。」
「いいよ。あの家も無駄に広いし、私たちが行くとおじい様も喜ぶから。それよりマリカ、何の衣装にしたの?クレオパトラとロック歌手のジム・キャリーで迷ってたじゃない。」
マリカが持っている大きな袋は、何がつまっているのかパンパンだ。
「それが2つともお母さんに反対されちゃってさ。どっちも肌を露出しすぎだって言うの。そんなのはハイ・スクールに行くまでダメですって、すごい剣幕。今回はお父さんも味方してくれなくて、両方ボツっちゃった。だからってその代わりに村娘を薦めるのよ。ありえないでしょ、いつの時代?って感じ。だから、宇宙人にしたわ。」
「宇宙人ーー?! またそれもすごい選択ね。」
「そういうエムは何にしたのよ。」
「今回は天使にしたの。もうここんとこの騒動でこれっきゃないと思っちゃって…。」
「確かにー。天使から始まったもんねエムの受難。なつみさんに教えてもらった輪っかもつけるの?」
「うん。あれに揺れる蝶々を付け加えた。馬鹿みたいに見えるから幽霊天使への意趣返しにいいでしょ。」
「いいじゃんそれ、超クール。」
◇◇◇
おじい様の家に着くと、自動ドアかと思うようなタイミングで玄関の扉が開いた。
執事のパーマーだ。
普段、強面の顔が心なしかウキウキしているように見える。
「いらっしゃいませ。エミリーお嬢様。マリカ様。今日は何に変身されるのか閣下も楽しみにしていらっしゃいましたよ。お支度が出来たらお2人の変身ぶりをぜひ見せて欲しいと言ってらっしゃいました。」
「わかったわ了解。それで今日はどの部屋を使えばいいかしら。」
「2階のホール奥の客室をお使いください。あそこの化粧室は鏡が大きいですから今日のようなお支度には良いかと思われます。」
「ああ、母様がよく使っている部屋ね。」
「はい、そうです。お支度が整いましたらお茶の用意をさせますので、御声掛けください。」
「ええありがとう。そうします。」
玄関奥の大階段を使って2階に上がる。
パーマーが見えなくなるとマリカが小さな声で言った。
「なんか、今日のパーマーって今まで見た中で一番浮かれて見えた。ハロウィンが好きなのかなぁ。」
「ふふ、そうかもね。尖った頬の辺りがぴくぴくしてたね。」
客室に入るとマリカが目を丸くして声をあげた。
「わーー広ぉい。この部屋初めて入ったわ。化粧室ってあそこ?」
すぐに走って行って、奥の扉を開ける。
「何この鏡! 壁一面が鏡になってる。」
「そうなのよ。パーティーの時なんかは全身のチェックができるから母様もブリーも重宝してるみたい。」
「うわー、テンション上がるぅ。早速着替えますか。」
「そうだね。じゃあ私はこっちの椅子を使うね。マリカは鏡側の椅子を使って。」
着替えてみると、マリカの衣装の奇抜さに二人して大笑いした。
胴のところが提灯のように蛇腹になっていてそこがびょーんびょーん揺れるのだ。
「エムなに笑ってんのよ。まだまだこれからよ。宇宙人らしい顔にしなきゃね。エムはお化粧しないの?」
「えっしたじゃない。ほらぁ。」
エミリーが銀ラメの入ったリップクリームを塗った唇を突き出すと、マリカに鼻で笑われた。
「もーー、そんなのお化粧の内に入らないわよ。まぁ、天使だからあんまりごてごてと化粧できないか。エムは髪がシルバーブロンドだからいいよね。それだけでも充分天使に見えるよ。」
「お褒めいただきどぉーも。」
マリカが凝った化粧を始めたので、手持ち無沙汰になったエミリーは居間のほうに戻り、窓辺の椅子に座って本を読むことにした。
今日の気分にピッタリだと思って家から持ってきたのは子鬼の出てくる物語。
かさかさと 木の間で光が揺れる
今夜も ランプンはやって来た
闇夜の踊り 星祭り
屋根の上で 子鬼が跳ねる
ランプン ランプン 子鬼が跳ねる
月夜の晩に 小窓を叩く
カーテン開けると 子鬼が笑う
赤い目をした 子鬼が笑う
ランプン ランプン 子鬼が笑う
ホーホー梟 もう夜はふけた
どれどれよいしょ 寝るとしよう
奴にイタズラ されんよう
窓はしっかり 閉めなされ
ランプン ランプン
子鬼は 踊る
むかしむかし、ある村に…。
「エーム、どこ行っちゃったの?」
マリカの呼び声で、本に没頭していたエミリーは我に返った。
窓の向こうをチラリと見る。
赤い目をした子鬼が、ひひっと笑って庭の木に飛び移ったような気がした。
ぞくりとする。
エミリーは思わず立ち上がって、窓辺から離れた。
◇◇◇
日の傾いた街並みの中を、学校に向かってマリカと2人で歩いていく。
お茶の時に美味しいパンプキンパイも出たので、気分も落ち着いて今はもうドキドキしていない。
この季節にあの本は不味かったか…。
ぴったりの内容だと思っていたけれど、ぴったり過ぎた。
これから学校に行ってゾンビや吸血鬼に会うのだ。
帰りの暗い夜道がちょっと怖い。
宇宙人の衣装を見せびらかして歩きたいマリカには悪いが、帰りは車に迎えに来てもらおう。
うん、そうしよう。
そんなことを思いながら公園の近くを歩いていた時だ。
…子鬼?
いや違う。
小さな男の子が公園の入り口で、目を真っ赤に腫らして泣いていた。
エミリーを見つけると駆けてきて、スカートを掴んでグイグイ引っ張る。
何?
どうしたの?
「てんちちゃま、ぼくのふうちぇんが飛んでっちゃった。ばあばに買ってもらったのにー。」
最初何を言っているのかわからなかったが、よくよく聞いてみるとこういうことだった。
この子は今日おばあさんと買い物に行って、めったに買ってもらえない風船をハロウィンだから特別よと言って買ってもらったらしい。
嬉しくて公園を走り回っていたら、転んだ拍子に掴んでいた紐の手を放してしまって、風船が空に飛んで行ってしまったそうだ。
それを翼をつけた天使に取りに行ってくれと頼みたいらしい。
どうするよこれ。
マリカと顔を見合わせる。
この問題は、天使と宇宙人の手に余る。
マリカが「あのね。残念だけど、このお姉さんは本当の天使じゃ…。」と言いかけたので、咄嗟に遮る。
「待って、マリカ。いいこと思いついた。」
エミリーは男の子に向き直って、内緒話のように言った。
「あのね、天使は飛んでいくところを人に見られちゃダメなんだ。だから、風船を取りに行った後であそこの木の枝に結んどいてあげる。そうね。もう30分ぐらいしたらお母さんと一緒に見に行ってみてね。お母さんにそう話せる? 30分よ。」
「しゃんじゅっぷん?」
「そうそう。」
そこで探すにあたって風船の色やどこで買ったのかを男の子に聞くと、幸いすぐ近くのお店だった。
「てんちちゃま、やくしょくだよ。」
「わかった。や・く・そ・く」
そう言ってエミリーは男の子と指切りげんまんをした。
男の子と別れて、マリカがニヤニヤして言った。
「ハロウィンの小さな約束ね。いい事したわねエム。」
「とっさの思い付きだけどね。天使としては、少しはいい事もしないと。さっ、早く調達しに行って学校に行かなきゃ。」
買ってきた赤い風船を、約束通り木の枝に結び付けながら、エミリーはおかしな気分になっていた。
ハロウィンの街の屋根を飛び回る子鬼と、仲良くなれた気がしたのだ。
エミリーが木の枝に結んだ赤い風船が、夕暮れの秋の風にゆらりと揺れていた。
風船を見つけた男の子とお母さんの事を考えると楽しいですね。




