矢鵺歌・オブ・ザ・デート1
「あーっと、まぁ、そういうわけらしいんで」
「ええ。別に一人で見回ってもいいけど、折角だから一緒に回ってあげるわ」
溜息混じりに俺の隣を歩くのは矢鵺歌。
前髪パッツンだった彼女はずっと髪を切って無かったせいだろう。目元が隠れるほどに前髪が伸びていて、セミロングだった髪も、背中の肩甲骨下辺りまで伸びている。
そのせいか、顔を下に向けると目元が隠れて暗いイメージが付きまとってしまうのだけど、装備のせいだろうか、少し大人びた少女に見える。
「しかし、デートとか言われてもそんな格好でもないよな俺ら」
「赤いヒーロースーツ男に全身武器装備女だものね。ふふ」
自嘲気味に笑いながら矢鵺歌は全身を見回す。
黒い服は身体にぴったりと張り付くタイツ型。それに革製武装をして金属鎧から部分装備した肩と手甲、具足、胸当て、下半身を守る防具には前垂やら幾つかの装飾が付いていて、一応、見栄えこそいいモノのデート姿とは言い難い。
完全にこれからモンスターハントに行きます。といった姿である。
脊中には弓と矢筒背負ってるし。
「とりあえず、何処から行くの?」
「俺もそこまでくわしくないからまずは大通りをゆったりと歩きながら気になる場所に行ってみようぜ」
ちなみに、俺が今何者なのかを知っている魔将たちは各所に散らばっているので城下町を歩いたところで魔王様だ。みたいな顔をされることはない。
まぁ、ムイムイとか居るだろうから多少はバレる可能性はあるだろうけど。彼女とはち合わせることもまずないだろう。
「アレは、何かしら?」
「んー? 多分だけど武器屋かな?」
「丁度良いわ。魔族の弓を見てみたい」
「んじゃ行くか?」
矢鵺歌の願いを聞く形でまずは武器屋に入る。
俺達二人が入ると、店内にいた数人が一斉に振り向いて来た。
矢鵺歌と俺のペアが珍しいのだろう。各所で内緒話が起こる。
矢鵺歌は気にした様子も無く店内を見回し、まずは剣の場所に向う。
隣にやってきた俺に、矢鵺歌は一本の剣を取って振り向いた。
「ねぇ、私も一応懐剣を用意しておいた方がいいのかしら?」
「懐剣だっていうならそういうショートソードよりは短剣にした方がいいぞ?」
「え? ショートソード、直訳したら短剣でしょ? これって違うんだっけ?」
「ああ。ショートソードは短いけど、別名片手剣。片手で持てる剣ってことだ。ロングソードはゲームとかだとショートソードの上位版って言われてるけど、両手じゃないと持てない長さらしくて片手だと振り回されるからな。基本剣といったらショートソードを指す訳だ。こいつより短い剣が短剣。ほら、あの辺りにある奴がそうだ」
「そ、そうだったんだ。ショートソード、鉄の剣、鋼の剣、ロングソード。みたいに並んでるゲーム多かったから、普通にショートソードの上位がロングソードだと思ってた……」
予想外の話にバツの悪そうな顔をしながらショートソードを棚へと戻す矢鵺歌。
「ちなみに大抵の片手剣は大分類がショートソードだからな。エッジとかエペとかいろいろ呼び方あるけど。んで片手でも両手でも使えるのがバスタードソード。両手剣がトゥーハンデッドソードと呼ばれてる」
「く、詳しいわね」
「一応、セイバーだからな。剣に関しては多少調べた。それなりの知識はあるつもりだ」
あの怪人野郎に馬鹿にされた事があるからな。必死になって調べたさ。
次聞かれたら、と思っていたのに結局この世界に来るまで一度も聞かれなかったっていう無駄知識になってるけどな。くそったれ。
次に見に行ったのはフレイル系の武具。別に買うつもりはないのでウインドウショッピングである。
矢鵺歌もいろんなのがあるのね。と少し目を輝かしている。
おそらくゲームでしか見たことのない武具を実際に見れていることに感動しているんだろう。
「あ、これいいかも」
などと言いながら取ったのは綺麗な輝きを放つ杖。
お前魔法使いじゃないだろ。という突っ込みは入れない方がいいだろうか?
フォルムは可愛らしさを追求した形らしく、女性向けの杖のようだ。
というか、基本可愛らしい装飾の杖が多い。
おそらくだけどこの街の女性魔法使いは結構多いのだろう。
あるいは娘へのプレゼントとして需要があるのかも……
いや待て、そこの魔族。やっぱおかしいだろ!?
でっぷりと太ったたらこ唇の男が何のためらいも無く矢鵺歌の直ぐ横に来て、ロリポップ系ロッドを手にして会計に。
矢鵺歌共々唖然として見送ってしまった。
しかも嬉しげに頬ずりしながら帰って行くお兄さん。
矢鵺歌はそっと杖を戻した。
うん、まぁ、イメージが崩壊したのは分かるよ、だからって触れたかどうか分からない杖に嫌悪を向けるのは間違ってるよ矢鵺歌。
杖の売り場から足早に立ち去る矢鵺歌に、俺は何も言えなかった。




