アンゴルモアの噂
「実は、ロシータはまだ死んでいないようです」
「はぁ?」
いや、ディアさん。今までの事が根底から覆るような事を何俺にだけ告げてますか?
それさっさと言ってればこんな感じになって無かったよね?
ディアの言葉が聞こえたのだろう。泣き崩れていた矢鵺歌が顔を上げる。
「それ、本当?」
「ええ。彼女は自決する気だったようですが、真名で自分を縛った後、上空から闖入者が来たようです。その人物は彼女に手を差し伸べ言いました。死が不幸だと思えないのならば、この手を取れ、特大の不幸をくれてやると」
なんだソレ?
なんで不幸を貰わないといけない……
いや、待て。そんなこと言ってた奴を、俺は一人知っている。
元クラスメイトの一人。ずっと不幸に塗れて自分が死ねる事こそが幸福だとか言ってやがったおかしな奴がいた。そいつにとっては死ぬ事は不幸ではなかったはずだ。
むしろ生き続けることの方が不幸だと、そいつはずっと宣言していたはずだ。
奴の本名は覚えちゃいないが、仮称は覚えている。そいつの名は……
「アンゴルモアと、名乗っておりました」
俺が思い至った名前とディアの答えた名前は一致していた。
一致、してしまっていた。
あいつも来てんのかよこの世界。
何してんだよあの阿呆は?
いや、でも同じような名前を名乗ってるだけの別人かもしれない。
だけど、もしかしたらこの世界に知り合いが来ているのだと思えば、なんだか気が少し楽になった気がする。
「じゃ、じゃあ、そのアンゴルモアとかいう奴が、ロシータを連れ去ったの!?」
「そこまでは分かりません。ロシータがアンゴルモアの手を取った。ソレ以上の残滓がありませんでしたから」
つまり、アンゴルモアと名乗る人物がロシータを連れて行ったかもしれないが、ロシータが自決した可能性もまだある。そういう事なのだろう。
だが、ロシータが生きている可能性があると分かっただけでもよかった。
涙を拭いて、矢鵺歌が立ち上がる。
「誠。お願いがあるの」
「ロシータの捜索だろ? 俺もアンゴルモアには少々会っておきたいんだ。こちらからも喜んで捜索するさ」
「……ありがと」
赤く泣き腫らした目を笑みに歪ませ、無理矢理に笑う矢鵺歌。痛々しかったが、希望を持った彼女の顔は、とても綺麗に見えた。
「少し、いいかしら?」
矢鵺歌との話が一段落するのを待って、若萌が近づいて来る。
なんだろうかと視線を向ければ、困った顔の若萌が王様に視線を向けていた。
「この国、実質魔王が滅ぼしたみたいになってるんだけど、収拾どうするの?」
正直収拾など付けられるはずもなかった。
「あー、そうだな。大悟」
「……え?」
今だ狐に抓まれた顔をしていた大悟の肩をぽんと叩く。
「後は、任せた」
「へ?」
俺は短く告げるとそそくさと踵を返す。
若萌も矢鵺歌もこれに気付いて急いで帰りの用意を整えていく。
ディア達は既に馬車を用意して準備万端だ。
「ちょ、ちょっと誠!?」
「責任もつって言ってくれたろ! 任せた」
「いや、任せたって、ちょっと待て、何を任せるんだよ!? まさかこれ全部か! アホかっ! 責任取れるか――――っ!!」
大悟が何か叫んでいたけど俺、魔王だから知ーらないっ。
人間国の事は人間たちでなんとかしてくれぃ。
俺が骸骨馬車へと乗り込むと、ギュンターが馬に鞭打って出発。
俺達は来た時と同じく、全員で、否、大悟だけを残して魔族領向けて再出発するのだった。
一人残された大悟がこの後どれ程の苦労をしたのかは、どうせ後で国同士の話し合いの場で告げられるだろう。せいぜい言い訳と土産でも用意しておこう。
魔族領の饅頭か何か差し入れとけば問題無いだろ。
砦を越える時がちょっと大変だったが、ルトラの罰も兼ねて無理矢理海を渡らせたので問題なし。
東の街はロシータの家を見学するだけにして、さっさと魔王城へと戻ることにした。
さて、これでとりあえずは周辺の監査は終わりだ。
今日は早めに寝て明日からは内政に入るとするか。
そんな都合のいい考えを抱いていた俺だったが、やはりそう簡単にはいかないようだ。
魔王軍ムーラン国を滅ぼす。その一報は瞬く間に人間族側に広がっており、周囲の国家からの魔族討伐気運はさらに高まりを見せていた。
「誠のばっかやろーっ!!」
後始末を託された大悟は何も出来ずにとりあえず叫んでいた。
確かに自分が責任を取るとは言った。
しかし、一国が滅ぼされる結果の責任を取らされるとは聞いていなかった。
しかも国に住む住民は全て生きているという。
つまり家なき浮浪者が大量に出現したという事に他ならず、これの受け入れ先が大悟のいる国になることは確実だった。
それだけでも頭に痛いのだが、これを行ったのが魔王の軍勢。しかも古き者と呼ばれる存在が四人も確認されたとあっては、ただ一国が滅んだという問題ではなくなってしまう。
勇者一人で責任を取るには、あまりにも過ぎた状況だった。




