外伝・国王の悲惨な一日2
魔王ギュンター。
その姿を知らないモノは人間国の王には居ない。
わざわざ最前線に出現して人間族を西大陸から駆逐、攻め寄せたエルフの森近辺まで引き下がらせた張本人だからだ。
その時少しヤリ過ぎたらしく東方面の一部を更地に変えたという伝説的行為は記憶に新しい。
もう三十年以上前の事だと言うのにムーラン国王ルイ23世は鮮明に思いだしていた。
そういえば、その時に見た顔がもう一人いる。
伝説の古き魔王ルトラ。
ギュンターをすら退かせた西大陸東に封印されていたはずの魔族だ。
子供の容姿をしながらその残虐性と手に負えない強さから時の魔族と人族が協力して封印したとされる。一時期魔族と人間が手を組んだとされる伝説の英雄譚で封印されたとされる魔王である。
ラオルゥ、ギュンター、ルトラ。正直このメンバーだけでも食傷だ。
だが、国王はさらに顔を青くさせる。
彼らの背後、一番最後に出現した初老の男。
神話時代の書物で神殺しの魔族として描かれた肖像画と瓜二つの存在。
神殺しディアリッチオ。
あり得ない。アレがまだ生きているということもあり得ないが、肖像画と寸分違わぬその容姿、そしてこのメンバー。絶対に信じることは出来ないが、信じざるを得ない真実がそこにある。
終わった。
ムーラン国王は悟りを開いた。
自分の人生は、この国は、今日、終わるのだ。
なぜかそう悟った瞬間今まで生きて来た人生の軌跡が脳内を流れた。
ああ、これが走馬灯なのか。そんな事を思いながら思考を放棄しようとした瞬間、
「どうしたムーラン国王。まだここへ来た要件すら我等は言っておらんぞえ?」
にやにやと笑みを浮かべるラオルゥが耳元で囁く。
悪魔の囁きにうはぅっと身体を浮かせ、背筋を整えるルイ23世。
心臓はあり得ない程に早鐘を打っている。
寿命が急激に縮まっていくのが分かる。
「な、なんの、何の用ですかなラオルゥ殿」
絞り出すように、その言葉が出ただけでも奇跡だった。
ただし、ムーラン国王は前を見据えたままでラオルゥに告げた訳ではなかった。
彼女の顔を直接見るなど恐ろしくてできない。
「ふふ。それは魔王陛下から直々に御教え頂いた方がよいだろう?」
「あ……う……」
女性に甘く耳元で囁きかけられているというのに、これ程心凍ることは初めてだった。
生きた心地は全くしない。
自分の命が握られている。時折強く締めつけもがく様を見て楽しまれている。
だが、逃げられない。助からない。彼女の機嫌次第で容易く砕かれるだけの小さな命だ。
「あー、その、すまないムーラン国王。初めまして、俺の名はジャスティスセイバー。とある国に召喚された勇者だ」
勇者? 勇者がなぜ魔王と共に居る? そもそもこいつ等はなぜここに来た?
勇者が勇者を求めている? 儂ではない。儂は別に呼ばれていない。そうだ。勇者に用があってきたのなら勇者が相対するのが筋ではないか!
「そ、そこの兵士、勇者を呼んで来い、緊急で速やかに連れて来い、何処に居ようともどれ程嫌がろうともだ。さっさと来て対応をさせよ!!」
「は、はいっ、ただいま!」
近衛兵の一人が突然張りあげられた怒声に驚き慌てて走り出す。
これで自分が無残に殺されることはない。
何しろ彼らが求めるのは勇者との面会なのだ。
「あーっと、玲人呼んでくれるのは有難いんだけど、とりあえず連れ去られた魔族の居場所教えてくれないか?」
本来なら無礼過ぎる物言いなのだが、相手が相手だ。ムーラン国王の方が目下の存在とすら言える。
そんな相手にイラつきなど彼は覚えるはずもなかった。叫ぶように告げる。
「牢屋だ! そこの兵! 牢屋に案内してさしあげろっ!!」
絞り切るように声を張り込む。最後は血反吐を吐くかのように声がかすれてしまっていた。
そんな姿を見てラオルゥがクスクスと笑いながら宰相に視線を向ける。
「そこの男よ、少し飲み物が欲しい、何かないか?」
「え? いや、その……」
「わ、ワインならば直ぐに出せる。宰相ッ!」
「あ、りょ、了解しました」
ムーラン国王の形相を見て引く宰相は、しかし彼の必死さが伝わったようで手早く手配を行う。
少しして国王の元へワイングラスがやってきた。
肘かけに置かれ、ワインが注がれたそれを手に取りラオルゥはふふんとグラスを揺らす。
「ふふ。まるで血のように赤いなぁムーラン国王?」
「あ、ああ。そ、そう、だな……」
「飲み干した後は誰かから絞るか? 要らぬ存在はいるかねムーラン国王?」
「わ、ワインならまだあるっ、あるんだっ」
「ふふ、冗談だ。本気にするな国王陛下」
息がつまりそうだ。
気が付けば謁見の間の中央に白テーブルが設置され、その周囲に椅子が並べられている。
牢屋に案内されて行く数人以外が残り、椅子に座って優雅にティータイムを始めている。
謁見の間で好き勝手する存在に兵士達は呆然としているが、国王が何も言わないので捕縛すらできないでいる。
下手に動いてはいけないという生存本能のせいかもしれない。
そんな様子をみながら、赤いスーツの男が頭を掻きながら国王の横へとやって来た。
「基本手を出さなければ攻撃はさせないんで、しばらく我慢してくれないか?」
冗談ではなかった。冗談ではなかったが、ムーラン国王はしっかりと頷いて見せた。
何度も何度も頷いた。
ソレを見て愉快気にワインを煽るラオルゥ。ムーラン国王の目がそのラオルゥに視線を向けることは、彼女が謁見の間を後にするまで一度も無かった。




