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外伝・消えた令嬢

「……に命じる。次に魅了された時、あるいは真名を呼ばれ人間に隷属させられた時、己が命を弾け散らせ。二度と戻らぬよう、アイテムだけを残して……」


 女は告げる。

 決死の覚悟を決めて、たった一度、自分で自分を縛る真名による命令。それは、自殺。

 自分を殺す自決を行う場合に限り、真名で自分を縛る事が出来る。


 ロシータは覚悟していた。

 おそらく、次に玲人が来た時が自分の最後だろうと。

 確かに、確実に、そう、思っていた。


「うおあぁぁぁぁぁ!?」


 そんな彼女のいる牢屋の天井から、そいつは唐突に現れた。

 石造りの天井を破壊して、まるで高所から落下して来たように、彼女の目の前に激突する。

 死んだ? そう思ったがそいつは弱々しくも身体を起こした。


「あ、あぶねぇ、緊急衝撃吸収システムが上手く作動してくれなきゃ死んでたぞ」


 被りを振って、そいつが顔を上げる。

 男だ。人間の男、否、それが人間かと問われれば疑問がある。

 半身を見なれない異物に侵食された人間らしき男は、ロシータに気付き互いに見つめ合う。


「……ふぅ、成る程、こりゃぁ不幸だ」


 息を吐いて落ち着きを取り戻しながら立ち上がる男。

 身体についた埃を払いながらロシータに視線を向けた。


「あなたは……?」


「さぁて、なんだろうな。ただ、選んでみろよお嬢さん。もしも現状が余りにも不幸で、死ぬ事こそが幸せだと思うのならば、この手を取りな」


 突然の男の言動に戸惑う。だが、何故だろう。ロシータは迷うことなく男の手を取っていた。

 何しろ現状彼女は詰んでいて、今、まさに死んだ方がマシだと自殺を命じたところなのだ。

 解除する事は、まずあり得ない。ならば、信頼も信用も出来ないこいつに身を委ねたところで大して意味はない。


「不幸を願え、絶望を願え、死を願え。ならばお前に不幸を与えよう。飛びきりの不幸をくれてやる。俺の名はアンゴルモア。不幸に付き纏われし男だ」


 刹那、ロシータに飛びきりの不幸が襲いかかった。




「ふふ、ついに手に入った」


 王女の間から出て来た玲人は鼻歌交じりに通路を歩いていた。

 ムーラン王国に戻ってからすぐにでも手籠にするつもりだった魔族の娘たちだが、残念ながら国王への報告、宰相達との打ち合わせ、王女の御相手とまったく手を出す暇がなかった。

 一応自ら牢屋で囚われとなるようにはしておいたし、真名を聞きだして脱走しないようにすることと玲人を攻撃しない事だけは命じておいたが、まだ自分だけに縛ってはいなかった。そこまでの余裕がなかったとも言える。


「さぁて、誰から遊ぼうか……」


「勇者様、ああ、良かった。なんとか出会えました。国王陛下がお呼びです」


 地下牢へと向かっていた玲人に、兵士がやって来て告げる。

 水を差された玲人がむっとするが、緊急報告だというので仕方無くそちらを優先する。


「全く、なんなんだ?」


「それが、勇者が数人玲人様への面会を告げているのだとか。国王陛下が至急謁見の間へ来てほしいと、事は緊急を要するそうです」


「勇者? 大悟の奴戻ってこれたのか。随分早いが、面倒な。まぁいい、あの単純バカなら言いくるめればいいか」


 焦る必要はない。そう思いながら廊下を早足で歩く。

 既に女は手に入れているし、取り返しに来るような魔族が居るはずもない。

 たかだかどこぞの貴族風の娘とそのメイドたちを拉致しただけのこと。

 有名魔族が動くはずも……


「ほぅ、ようやく来たのか。ここの勇者は随分と待たせるようだな。なぁ国王よ」


 謁見の間にやって来た玲人が見たものは……

 玉座に座る青い顔の国王と、その肘かけに腰掛け、玉座に手を置き国王の側に侍るように座る目を布で覆った女が一人、逆隣りには赤いスーツの男が玉座に寄りかかり玲人を待っていた。

 大悟が頭を抱えて唸っており、その前には何処から調達したのか白いテーブル。回りを囲む椅子には三人の男女。


 初老の男はティーカップに口付け書物を読みながらリラックスムードで謁見の間の中央でお茶を嗜んでいる。

 その両隣には幼い少女と少年が座っており、全員が入って来た玲人に視線を向ける。

 あり得ないカオスな状況に、玲人は一瞬思考が止まった。


「よぉ玲人、久しぶりだな」


 まるで旧来の友人に声をかけるように告げる赤いスーツの男。

 奴は行方不明のはず。なぜここにいる?

 そして周囲に居る男女はなんだ?


 眼帯の女は震える国王が持っていたワイングラスを奪い取り魅惑的に飲み干す。

 国王はまるで借りて来た猫のように大人しく、俯いたまま爪を噛んでいる。

 意味が分からない。


「何しに……来た?」


「ん? あー、そうそう、要件なんだけどな玲人、お前が拉致ったロシータさん、返して貰いに来たぞ」


 ロシータ? ふと疑問に思い、奪った真名の中に一致する名前があったのを思い出す。


「な、何故お前が……!?」


「いやぁ、あの町に居たんだよ俺ら。矢鵺歌が姉妹のようにしててさ、怒り狂ってんだよね。ちょっとばかり調子に乗り過ぎたな玲人」


「待て、矢鵺歌? なぜアイツの名が……まさか!?」


 玲人は慌てて走り出す。こいつ等は陽動だ。他に動いている部隊が居る。

 急いで地下牢へと転がり込む。そこに居たのは……

 誰も居ない地下牢を見つめたまま、微動だにしない矢鵺歌と付添の若萌、そして魔族らしき親子ほどに年の離れた男女。

 やって来た玲人に気付き、矢鵺歌はゆっくりと視線を向けた。


「玲人……義姉さんをどこにやった?」


 底冷えする程の冷たい声が、玲人の耳に確かに届いた。

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