外伝・令嬢の決意
ロシータは身じろぎした。
何がどうなっているのか理解したくなかったが、自分の記憶に恐ろしいものが残っているので悔しいが自分がなぜここに居るのかは理解できていた。
家に、男が女二人を侍らせ乗り込んで来た。
初めはただのおかしな人種と思っていたし、エルナンドが何とかしてくれるだろうと甘く考えていた。
まさか問答無用でエルナンドが斬り伏せられているとは思わなかった。
無遠慮に自室に入って来た男を見た瞬間、惚れた。
違う、強制的に魅了された。
あとは男に言われるまま、自ら喜んで捕虜になったのだ。
エルナンドやメイド達が斬り殺される姿を、男の隣で笑いながら見ていたのを、覚えている。
その中には、ロシータ以外にメイドが数人、一緒に居たが、彼女たちもまた嗤いながら同僚が殺される様子を見つめていた。
今思えば吐き気がする。
なぜあんな事をしてしまったのか。
いや、分かっている。魅了されたのだ。
あの男は淫魔の類であったのだろう。油断した。
結局は効力が切れる前にあの男にここへと連れて来られ、自ら囚われの身となったのだ。
自分が情けなくて笑えて来る。
最後に見たエルナンドの驚愕と絶望の視線が忘れられない。
「矢鵺歌……」
私が悪いのだろうか?
ロシータは不意に考える。身分を考えず人間を奴隷にしたせいだろうか? だから奴隷にされてしまうのだろうか?
嫌だ。人間の奴隷になどなりたくない。だけど、ああ、だけど……
「矢鵺歌、いえ三浦結菜の真名縛り権限を手放します。神よ、権限を我らが魔王陛下に御捧げします、どうかこの願いを聞き届けくださいませ。それと……ロシータ・クェルクレント・ツェトリポルタに命じる……」
小さな声で、ロシータは呟く。
その視線に絶望はない。ただ、背水の陣で戦に臨む決意の瞳があった。
身体が汚されることは避けられないだろう。だが、だが心だけは絶対に犯させない。
真名で縛られる気も無い。自分の真名を自分で縛ることは出来ないが、たった一つ、自分の真名で出来る命令が存在する。それは……
「……え?」
不意に、その感覚を知った矢鵺歌は顔をあげた。
骸骨馬車でムーランへと向かう道中。矢鵺歌の動きに気付いた誠と若萌が同じく顔を上げる。
「どうしたの矢鵺歌?」
「真名の縛りが、消えた」
「消えた? どういうことだ?」
「おや、魔王陛下はご存じありませんでしたか? 真名で縛られていた場合、真名で縛った権限者が死ぬか権限を放棄した場合真名が帰ってくるのですよ。その感覚は自身で理解出来るそうです」
ディアリッチオの言葉で誠はなるほどと頷く。
つまり、自分の真名を奪った相手が死んだ場合等に奪われていた真名が帰って来たのが自分で理解出来ると言う事らしい。
「じゃ、じゃあ、ロシータは……」
「お主に迷惑をかけぬよう権限を放棄したのだろう。良かったな。自由になれたぞ。奴隷解放だ」
「奴隷、解放……」
それは、ロシータが操られることで矢鵺歌までよいように操られることを良しとしなかったから放棄したようでもある。つまり、彼女はもう自身が戻れるとは考えていないということでもあった。
「待っててロシータ。私が、絶対に助けるから……」
そう告げて、俺に視線を向ける矢鵺歌。
「真名は見えてる? ロシータが操られて私の真名を知っていても玲人を殺せるように、私の真名を貰っておいて。でも、ロシータを救出したら必ず返して、誠」
「あ、ああ。わかった。えーっと……やっぱり矢鵺歌は偽名か。三浦結菜に命じる。以後俺、河上誠の真名による命令以外を聞かないようにしろ」
真名で縛り、矢鵺歌の安全を確保する。
決意を新たにした矢鵺歌は弓の手入れを始めていた。
もうすぐなのだ。城は既に目前に見えている。
『これでまたハーレム候補が増えましたな陛下』
(本気で黙ってろよナビゲーター。ナビするつもりが無いのならお前ほど不要なスキルはないんだからな)
誠は心の中で釘を刺しナビゲーターを黙らせる。
玲人に対し、思う事は沢山ある。でも、それでも……お前は調子に乗り過ぎだ。
立派に富栄えるムーラン国を車窓から見上げ、誠は静かに怒りを立ち上らせる。
正義を、成さねばならない。
その正義の定義がどれ程捩れ狂っていようとも。
なぜならジャスティスセイバーは、正義の味方なのだから。
骸骨馬車がムーラン国へと入って行く。
森を出て国境を越え、城門へ。
ついに魔王軍の侵略が始まろうとしていた。
略奪に対する報復。街の貴族邸一つが壊滅させられた事に対する魔王軍の報復行動が今、ムーラン国へと牙を剥こうとしていた。
たった一台の偽装された馬車に、魔国最強の戦力を乗せて……




