人間国侵略作戦1
「……っ?」
そいつは唐突に飛び上がるようにして起き上がった。
冨加津大悟は痛みを覚えた首筋を押さえながら周囲を見渡す。
どこかの宿屋と思しき部屋に、見覚えのあるメンバーがいた。
俺と若萌と矢鵺歌である。
他のメンバーは捉えた兵士三人と隣の部屋に待機して貰っている。
向こうの方が団体客用で広いからな。
ギュンターだけが歯止め役なので心配はあるけど俺の知り合いってことで殺されるようなことはないだろう。
「誠? 若萌に矢鵺歌も。ってことは僕は、死んだのか……?」
「勝手に殺すなよ。生きてるよ俺もお前もな」
「生きて……そんなっ!? 皆無事に生き残ってたのか!?」
「ええ。MEYさんが見当たらないけど私達は一応無事よ」
若萌の言葉に涙を流す大悟。知り合いが生存していたことが余程嬉しかったようだ。
「とりあえず、お前が意識を取り戻すのを待っていた。そろそろ矢鵺歌を止めとくのも限界なんだ。一緒に来てくれ。お前達に聞きたい事がある」
「止める? あ、いや、一緒に行けばいいんだな?」
まだ首筋が痛むのか、時折さすりながらベッドから起き上がる大悟。武器が無い事に気付いて慌てるが、向こうの部屋に回収した旨を伝えると、俺を信用して落ち着いた。
この間、矢鵺歌は爪を噛んで俯いたままだ。急いで救出に向かいたいと思っているのだろうけど、相手も勇者。あの三人の話を聞いた限りでは、玲人は別の国の勇者になったらしい。つまりはその国の中枢まで行かなければロシータ救出はあり得ない。
隣の部屋に入り、適当な椅子に座る。
その光景を見て、ただ一人大悟だけが息を飲む。
何しろ部屋の中には数人の魔族が我が物顔で座っており、自分の知り合いの兵士三人が所在無げに座っていたのだから。
「誠、これはどういう……」
「いいからとりあえず座ってくれ。互いに説明はいるだろうが今は緊急事態だ」
緊急事態と聞いてあまり悠長に今までの経過を親しげに話す雰囲気ではないと気付いたのだろう。
俺に促されるままに椅子に座る。
これで全員が揃った。
「まず自己紹介は後回しだ。必要なのは勇者の一人、玲人が魔族の貴族の娘、ロシータを拉致しその貴族邸に存在した魔族全てを皆殺しにしたことだ」
「いや、待ってくれ誠。話が見えない。それに僕達は人間側だろう。魔族の貴族の娘を拉致? それが何で……」
「矢鵺歌を拾って今まで生かしてくれていた恩人だ。大悟。魔族も人間も関係ない。矢鵺歌の恩人が連れ去られた。それだけが俺達にとっての事実だ」
簡単に説明され、喉を鳴らす大悟。
こう言えば彼も納得せざるをえまい。彼はこの世界の人間ではなく俺達と同じ日本人なのだから。
親しくしてくれた人が拉致された。それを友人と助けたいと思う。だから、敵の詳細を教えてほしい。
そう言われて、大悟という日本人が同情心を覚えないはずがない。いかにこの世界の人間を守ろうと思っていてもだ。彼は結局異世界人で。同郷である矢鵺歌の苦しみの方が理解できてしまうはず。
迷った大悟は、しかし神妙な面持ちで告げる。
「ムーラン国。エルフの森から北側に位置する国だ。道のり的には僕が居る国と同じくらいの距離にある」
「ムーラン……」
「矢鵺歌、焦るな。相手は玲人だ。女性を魅了する魔眼を持ってるし、レベルが上がった状態なら他の魅了術も覚えてるかもしれない。それにお前は真名を握られてるだろ。一人で行っても救出は不可能だ」
「でもっ! でも……ロシータさんは私を助けてくれたの! こんなどうしようもない私を助けて……お姉さんみたいに、接してくれて……見捨てたりなんて出来ないわ!」
「だから、俺達も救いに向うって言ってるんだよ。少しだけ待ってくれ」
「ふむ。街の場所はわかっているのであろう? 僕様が破壊してこようじゃないか」
「あールトラちゃんずるい。シシーも、シシーも遊びたいっ」
ああもう、お前らちょっと黙ってろ。
俺はルトラとシシーを無視してギュンターに視線を向ける。
「ギュンター。一応確認するが方法はあるか? そのメリットとデメリットも頼む」
「うむ。まずは基本として魔王軍を率いて人間国を攻撃する方法だな。数にモノを言わせれば一国など容易く滅ぼせる。メリットとしては暇を持て余した魔族のストレス発散になるだろう。あと魔族からの人気は嫌でも高まるな。魔王としてはメリットだらけだろう。デメリットとしては対象の国は完全に壊滅。ゴブリンやオーク等に人間の雌は犯され、他の人間国からは完全に敵対措置を取られる。融和はムリになるだろう。そして人間族に攻め込んできた史上最悪の魔王として君の名は後世に残るだろうな」
最悪な結末だな。魔王軍を集めて突撃は俺にとっては下策だ。却下させて貰おう。




