若萌と矢鵺歌1
「なんだこの状況は?」
不意に、聞こえた声に意識が覚醒した。
眼を開き、起き上がろうとするが、なぜか動かない。
というか、死ぬ、なんかわからんが死ぬっ!
身体がロックされているうえに首が、首が折れるっ。
抱きつかれたラオルゥにより首をぎりぎりと締めつけられている事に気付いた俺は咄嗟にタップする。
しかしラオルゥは寝ているのだろう。反応が無い。
上に乗ったシシルシのせいで身体も動かない。
この状況を起こしに来たユクリが見つけて呆れた声を出したことで意識を覚醒出来たようだが、既に行動不能の状況に陥っていた。
「これはまた。私には理解できませんがハーレム状態という奴ですかな?」
「ディア、た、助け、折れる、首、首っ」
仕方ありませんな。と苦笑しながらラオルゥをぺしりと叩くディアリッチオ。
「あまりやり過ぎると死にますよ。私が楽しめなくなります。おやめ下さい」
「死ねば生き返せばよいだろう。勝手に復活するのだから一度くらい死んでも問題あるまい?」
「彼の復活は回数制限がございます。無駄に消費されていざという時に死なれては面白くありません。貴女が代わりに消滅してくれるのですか?」
「ふん。全くストレスの溜まる事だ。少しくらいじゃれてもよかろうに」
と、狸寝入りしていたらしいラオルゥが拘束を解く。
「あー、残念。ボキッと折れるとこ聞きたかったなぁ」
俺の上で足をゆっくりとばたつかせるシシルシ。こいつも起きてやがったようだ。
『ハーレムの朝だな。お羨ましい』
変わりたいなら変わってやるぞ?
『御免被る。絶対無理』
ハーレム最高とかおのれ怪人とか思ったりしていた過去の自分を殴りたい。
こんなハーレムは嫌だ。少しでも気を抜いたら即死亡フラグ乱立とか、最悪過ぎる。
しかもこの女性陣は俺が死ぬ事を毛ほども心配していないし、俺に惚れているというものでもない。
「ふぁ……昨晩はお楽しみだったわね」
「なぬっ!? 夫よどういう意味だ!?」
「待て、若萌のは定型文だっ!」
俺の言葉を無視して詰め寄るユクリ。彼女の説得にはかなりの時間を要した。
まさか若萌からあの名文句が出て来るとは思わなかった。
しかも悪意塗れなのはなぜだ?
「それで、本日はどうする? 見回りは終わったから帰るか?」
宿屋を出た先でギュンターが聞いて来る。
「俺と若萌は知り合いに会って来ようと思うんだ。だからもう少しこの町にいる」
「シシーもね、一緒に行くの」
「我も面白そうだからついて行くことにした。ディアはどうする?」
ラオルゥがディアリッチオに視線を向ける。略されたディアリッチオが怪訝な顔をした。
「ディア?」
「うむ。ディアリッチオだから略してディア。セイバーが考えたのだぞ」
「ほほぅ主様が。ならばその呼び名は許しましょう」
呼び名一つでも殺されかねない怒りがあるのか。俺も気軽に接し過ぎないように気を付けよ……
「ディアちゃんディアちゃん。シシーもディアちゃんって呼んでいいの?」
「ディアちゃん??」
想定外の言葉に呆然とするディアリッチオ。無邪気な笑みを浮かべるシシーをしばらく見つめ、やがてクックと笑いだす。
掌で視界を隠し、空を見上げて嗤いだす。
「面白い。面白い冗談ですなシシルシ。だが、良しとしましょう。貴女の物怖じせぬその舌はなかなかに心地良い。あまり調子に乗らぬのならば許可しましょう」
「ふむ、ではディアよ、僕さ……ぶぺっ」
ルトラもついでとばかりにディア呼びした瞬間、ディアリッチオの放った空弾が彼の顔面を直撃した。
「貴方にまで許可した覚えはありませんよ。次は串刺しにします」
「な、なぜ僕様だけ……」
今のダメージでHPレッドゲージな気分のルトラはよろよろと立ち上がる。
それを皆が無視して皆でロシータの屋敷に押し掛けることにした。
馬車で直接乗り込むらしい。
しかし、ルトラがちょっと可哀想な気がする。これでも元々は魔王の一人なのに、古き者からすればただの下っ端扱いになるのか。
インフレーション現象って怖い。と思う俺だった。
下手したら俺もこうなってしまうかもしれないんだからな。ギャグ要員にはなりたくもない。
「ここかね目的地は」
屋敷の前で護衛をしていた私兵の魔族たちが魔王の馬車を見付けて驚きに目を見張る。
慌てて屋敷に走る兵士を横目にして、俺達は馬車から出る。
この日、ロシータとエルナンドの受難が今より始まろうとしていた。
俺は気にしていなかったが、メンツがメンツ過ぎたのだ。
まるで魔王の怒りを買い、最高戦力でカチコミ仕掛けてきたような状況だったらしいロシータが俺達の布陣を見て気絶し、エルナンドと矢鵺歌が俺達を迎え入れるという想定外の事態になった。
ちなみにここの貴族であるロシータの父や母は危機を察知して裏門から逃げたらしい。




