魔王の視察1
俺達は一番近くの街へとやってきた。
東側にある街の中では人間族の砦に一番近い街のため、魔族たちの営みがどうなっているのか見ながら帰ろう。というギュンターのお願いが皆に通った形だ。
さすが魔王と言うべきか、自国の市政を探るということもやっているようだ。
俺も見習った方がいいのだろうか?
彼は街中を見回しながら一つの寂れた宿で馬車を止める。
「魔王?」
「魔王はお前だろうセイバー。余はただのギュンターだ」
「そりゃいいけどさ、何かあるのかここに?」
「いや、折角なので泊って行こうかと」
正気か? この馬車には今、気まぐれで街を滅ぼせる存在が四体も居るんだろ?
『はっは。正確に言えば六体以上だよな。お前だってギルティ―バスターで破壊できるだろ。たぶん若萌もな』
まじかー。ああ、マジだわ。俺普通に破壊できるわ。
「ふむ。宿に泊るのか。では我は酒場にでも行くかな」
「情報収集ですか、では私もご一緒しましょう。酒場に行くのは初めてなので楽しみです」
初……めて?
「ちょ、っと待てぇぇぇ!」
俺は思わず二人に合流する。
ダメだ。今こいつらを自由行動させたら何が起こるか不安過ぎる。
「あはっ。それじゃぁ皆で行こうよ赤いおぢちゃん」
「シシーだったな。その容姿で酒場に行く気か?」
「黙れ下っ端。縊り殺すゾっ」
可愛らしく微笑むシシー。その口からルトラへの罵声が飛んだ。
底冷えするような言葉にルトラが息を飲む。
彼だってレベル的には2000越えの凶悪魔神なんだけどなぁ。
「ユクリさん、せっかくだから今のうちに魔族領の服を買っておきたいのだけど」
「ふむ? では案内しよう」
若萌とユクリはまるで仲の良い友人のように普通に二人でどっかに行ってしまった。
これ、この四人を俺が何とかするパターンか?
護衛の人、こんなことなら旅に連れて来るんだった。
酒場は西洋の、いやウエスタン系の場所だった。観音扉でいいのかな、あの胸元辺りにある小さなドアを押しのけ店内へと入ると、魔族たちの視線が一斉に俺達に集中する。
下卑た笑いが起きた。おそらくショタ系ルトラ君とロリ系シシルシがいたからだろう。
ディアリッチオとラオルゥは気にしてないようだったが、ルトラが露骨に顔を顰める。
「チッ、最近の雑種共は下賤な視線しか向けられんのか。舐められたものだな」
小声で呟くルトラ。しかし、ここで暴れては強力な魔王の一人としてプライドが許さないのだろう。
イラッとしているが腕を組むだけで済ませる。
ラオルゥが率先してカウンターに座る。見えないのに手慣れた動きだった。
「マスターこの店の一番人気よろしく」
筋肉質のオーガみたいな巨漢のマスターはコクリと頷きカクテルを作り出す。
凄いな。魔族でもこういうのはできるんだ。
というか、魔族も普通に人間みたいに生活してるんだなぁ。
「マスター、私も同じものを」
「シシーはねぇ、カルーアミルク? ミルクだから誰かの乳だよね?」
「ふむ。鮮血の歌姫はあるか?」
ふと、思った。こいつら普通に頼んでるけど金、持ってんだろうか?
俺はスーツ着てるのでいらないと答えてラオルゥの横に座る。
座席はディアリッチオ、ラオルゥ、俺、ルトラだ。シシーは俺の膝に座って来た。
なんか定位置らしい。俺は椅子か?
マスターは気を利かせてシシーの分だけただのミルクにしたようだ。
カルーアミルクを知らないシシーは気付くことなく美味しそうに飲んでいる。
こうして見ると普通に子供だよな。
でもマスター、これ、バレたら後が怖いよ?
ついでに言うと、後ろの魔族たち、そろそろ黙った方がいいと思うぞ。ルトラの血管がブチ切れそうだ。
全身わなわな震えているのが隣に居るからよく分かる。
アイツ鮮血の歌姫だってよ。あんなマズいのよく飲めるな。とか、お子様だから味音痴なんだ。などなど、そこかしこから聞こえて来る。
ちょっと魔族さん方、こいつ等魔王より危険な生物ですよ。
隣を見ていたシシーがくすくすと笑っている。
マスターは知ってか知らずか無視してワイングラスを拭いている。
ガラス製品があるのか、結構進んでるなこの辺りの技術。
「殺す。貴様等ぶっ殺す!」
思わず立ち上がって剣を頭上に浮かばせるルトラ。
その頭を掴んだシシーが顔面からルトラを床に打ち付け地面の底へとしまい込んだ。
先程まで悪口叩いていた全員が声を忘れる。
「皆ーごめんねー。邪魔はしないから好きに騒いでねぇ」
以後、魔族たちから俺達への悪口が吐き出されることはなかった。
あと、酒屋を後にするまでルトラが起き上がってくることもなかった。
うん、ラオルゥとディアリッチオだけなら普通に大丈夫そうだな。
問題さえ起こらないなら放置してもいいかもしれない。




