魔王の挨拶回り6
「ふ、不憫すぎる」
生身であればぶわっと眼から涙が溢れていただろう。
土を食べて生活していたという彼女への同情は急激に上がった。
もう、こんな場所から連れ出して魔王城で生活させてやりたい。
そう思い俺は……
「シシルシでしたか。ソレ以上我が主に近づかないでください。殺しますよ」
「猫かぶりは通用せんよ。ほれ、偽りの無垢は捨ててしまえ」
俺の言葉を遮るように先に口を開いたディアリッチオとラオルゥ。
ディアリッチオの名前長いし、ディアと略しちまうか。
どうでもいいことを思いながらも、少し驚く。
どう見ても同情心しかわかない無垢な少女にしか見えないシシルシ。
しかし、彼女は二人の言葉を聞いて俯く。
流石に二人を窘めるべきか? と思っていた俺に、シシルシは深淵から覗くような黒い笑みを浮かべた。
「なんだ、魔神と呼ばれる存在が二匹もいるんじゃ騙すのはムリか。此度の魔王ならアホみたいにオレ様を連れ出すと思ったんだがな。このクソッタレな封印の祠から出られりゃ次期魔王にでもなってやって平和ボケしたアホ共ののさばる大陸全部ぶっ壊してやろうかと思ったのに、残念だ」
一瞬、誰が喋ったのか理解できなかった。
少女の声で、歌うように、囀るように、汚らしい言葉がシシルシの口から漏れ出る。
もはや瞳自体が深淵になったかのような錯覚で、目の前の少女だった何かが得体の知れないモノにしか見えなくなる。
間違いなく、魔神と呼ばれる程に凶悪な生物の一人だと納得させられた。
こいつはただの無垢な少女ではない。正真正銘のイカれたバケモノだ。
俺が戦慄していると、ディアリッチオが苦笑する。
「主様、折角ですからシシルシさんを外に出してみてはいかがです?」
「は? いや、こいつ大陸全部ぶっ壊すとかいってるんだけど……」
「それはご安心ください。私が居る間は彼女はそこまで暴走できませんよ。なにより、私の楽しみを壊そうと言うのならば容赦は致しません」
にやりと笑みを浮かべたディアリッチオ。ゾクリとする視線で真っ直ぐに射すくめられたシシルシが震える。
「なぜオレ様がこんな奴に媚び諂らわねェとならねェンだよ? 弱過ぎるだろ魔王様よォ?」
「いや、確かに俺は弱いけどさ……」
「そう言わずにシシルシさん、こちらを……」
と、ディアリッチオが何かを渡す。目視確認できないので魔法か何かなのだろう。
シシルシはそれを受け取ったようで、ほぅ。と息を吐く。
「はぁー、確かにこれはちょっと面白そうだなァ。良いぜェオレ様もしばらく遊んでやらァ。外にも出れるらしィしな」
ふっと邪悪な笑みと気配を消し去り、シシルシは再び顔を上げる。
無垢な三つの瞳が細められ、にこやかな笑みを形作る。
「じゃあ、一緒に付いて行くね。これからよろしくね、赤いおぢちゃん」
無駄に可愛らしい笑みに、俺は思わず生唾を飲む。
ここまで急激に変化されると先程のが幻覚だったんじゃないかと思えるほどに信じたくない変化に見えた。
シシルシを封印の間から連れ出す。
正直選択を誤りまくっている気がしなくもないが、魔族領最強戦力が三人も配下に加わってしまった。いつ下剋上起こされてもおかしくない実力が上過ぎる存在が三体。もう、お腹一杯だ。
「最後は東の魔神よね。どんな生物?」
若萌の言葉にギュンターがどこか青い顔をしながら告げる。
「レベルはそこまで強くはないが、あまりに残虐な為封印処置された元魔王だ。身内を殺し過ぎたために反逆にあったらしい。魔王の力を奪われた今は確か2000レベル前後のただの魔物だったはずだ」
それでも充分強いと思うのだが。
そもそもが魔王のレベルが999なのに弱く感じてしまう俺が居る訳で、年々レベルが下がってるんだろうか?
俺のレベルなんて魔王を倒した御蔭で400代後半だぞ。倒してなかったら30だぞ。どんだけインフレしてんだよ。
『そう言えば俺らのレベルってこの世界だとどれくらいになんだろうな。勇者様辺りなら普通にディアリッチオ倒せそうだけど』
どうでもいいよ、そんなもん。
とにかく俺はさっさと挨拶回りを終わらせて魔王城に戻りたい。
うぅ、ムイムイの家でゆったりしてた日々が懐かしい。
「そろそろ陽が落ちるな。挨拶回りが終わったら近くの街で一泊するしかないか」
「ギュンターちゃん、宿取るの?」
「ええシシルシ様。夜道を帰るのもいいですが折角ですし市政を見ておきたいですから」
「ふーん。まぁいいけど。私もねー、久しぶりに土以外食べたいなぁ。人間の子供とか柔らかくて美味しいんだけどなぁ」
止めて、その容姿でそんな物騒な会話しないで。
俺と武藤がいやいやしているのを見たディアリッチオが苦笑していた。
洞窟から出て馬車に乗る。
今回はギュンターを残して俺も幌の中に入ることにした。
なぜか胡坐で座った俺の上にシシルシが座って来たが、これは懐かれているといえるのだろうか?
とりあえず、座った瞬間こちらを向いて深淵が覗くような三つ目で見上げないでほしい。




