魔王委譲
魔王、癌で逝く、か。
うちのクラスメイトに医者やってた奴がいたよな。あいつだったらこの魔王を救えたりするんだろうか?
まぁ、ここに居るのは俺だけだし、どうしようもないか。
「ふっ。我が死ぬのはもはや定められし運命。それよりも貴様だジャスティスセイバー」
「俺?」
「娘を下してしまった以上、貴様が次の魔王と見られる。だが、貴様は弱い。そのレベルではどうにもならんだろう。よって、我を殺す権利をやる」
「はぁ?」
「魔王を殺し、名実ともに新たな魔王と成れジャスティスセイバー」
意味、分かって言ってんのかこいつ。自分を殺してくれって言ってるんだぞ!?
「我を殺せばその貧相なレベルが多少マシになるだろう。さすがに高位魔族を下すには至らぬだろうが、それでもかなりの魔族をしたがえられるだけの能力が手に入る。それに、我が直々に認めたとなれば軍団経験値が手に入る」
軍団経験値? なんだそれ?
『あー、あれだな。私設軍を持ってるとソレが倒した経験値の一部が入手できるんだ。だから各地の王様とか魔王ってのは皆100レベルを軽く超えてるってわけだ』
なるほど、つまり自分の軍を持てば持つほどレベルが上がりやすくなる訳か。簡単過ぎる寄生レベル上げだな。
まぁ、その辺りはどうでもいい。
「いいのか? 俺は人間なわけだし、人間に有利な行動を取るかもしれないぞ?」
「構わんさ。付いていけないと思えば魔族は殺しにかかってくる。それを打ち倒せる実力があるのならば遠慮はいらん。我欲を押し通せ。それが魔族の王たるモノだ。欲望の限りを尽くせ。それが世界平和だろうが人族と魔族の共存だろうが好きにしろ。我の関知せぬところだからな。この先の世界はお前が作れ。少なくとも、我は我の理想郷を築きあげて来た。娘もいるしな。後は死様を考えるだけということだ。出来うるならば我が力を次の魔王に委譲できればと思っているのでな。さぁ、覚悟が出来たら我にトドメを刺すがいい」
そう言って胸を叩き不敵な笑みを浮かべる魔王。
隣に眠っていた二人の女性が無言で離れ、服を着て側に構える。
まるでどうぞ。と促されているようで混乱しそうになる。
『そう戸惑うなって、これが魔族って奴さ。俺らとの思考回路が違うんだ。強者に従い、更なる強者がいるのならばそれに巻かれる。しかし、己の忠義を越えた悪意があれば徹底抗戦を行う。まぁ、相手を下す事が出来れば喜んでお前の下で働いてくれるだろうぜ。やっちまいな次期魔王様』
武藤なら言うはずのない台詞を吐くナビに舌打ちし、俺はユクリを見る。
俺が父親を殺そうとしているというのに、彼女は次の魔王の誕生を今か今かと待ちわびているようなワクワクとした顔をしていた。
「セイバー、決めるのは貴方よ。どうする?」
ユクリ同様、過呼吸状態を脱した若萌は口元に垂れていた涎を拭き取りこちらに視線を向ける。
魔王になるか、逃亡者になるか、今選べってことらしい。
ああ、もう、くそったれ。この世界、俺は嫌いだ。
「ロードセイバー」
武器を手にして魔王に対峙する。
魔王は立ち上がり、俺の前にやってきた。
大きい。二メートルはあるだろう長身が見下ろすように俺を見て来る。
正直自分が勝てるような相手じゃない。
これを勇者として討伐しろというのだからあの国王は最悪な奴だな。一体どれ程の苦難を乗り越えて勇者たちは魔王を討伐できるのだろうか。
ええい、迷うな。魔王になって魔族をコントロールして人間との融和を推し進める。ついでに亜人族も匿う。
その為に、俺は魔王になるんだ。皆を救うために。正義を成すために、あえて魔王になってやる。
だから……死んでもらうぞ、魔王!
「能力を委譲する、頭に手を置かせて貰うぞジャスティスセイバー」
「胸を突き刺せばいいのか?」
「能力の委譲が終わってからだ。行くぞ」
頭の上に手を置かれた。次の瞬間、何かが流れ込んで来る。
『お、おいおい、なんだこの大容量。これ誠に収まるのか? 破裂するんじゃね?』
怖い事言うなアホ。
「未だ。破裂する前に我を殺せ!」
弾かれるように武器を突き刺す。
本来ならばダメージすら与えられないはずの一撃は、嫌にすんなりと魔王の胸に突き刺さった。
次の瞬間、膨大な連続音とともにレベルが上がっていくのが分かった。
溢れそうな力の奔流が身体になじんでいく。
『おーすっげぇ。でも一瞬遅れてたら弾け飛んでたぞ今の』
どさり、魔王が倒れるのと入れ替わりに、俺の力が跳ね上がる。
全身に満ちる力はまだまだ溢れだしそうだ。それでもちゃんと自分の中で循環しているのが分かる。
これが……魔王の力。
「父上が死に新たな魔王が誕生したようだな。バトラ、魔王軍の重役を全て謁見の間に集めよ」
「かしこまりました」
ユクリに促されバトラが部屋を出て行く。
こうして、俺は魔王の実力を手に入れた。




