正義死す
かすむ視界の中、下卑た嗤いだけが響いた。
せめて逃げ伸びてくれ、若萌。
そんな思いも空しく、髪を引きずられ、矢鵺歌に捉えられた若萌が連れて来られる。
スケイルの前までやってきた矢鵺歌は若萌を引きずり倒すとその後頭部を踏みつけた。
悔しげに顔をゆがめる若萌の視線が俺に向けられる。
ごめんなさい。そう言っているように思えた。
「なんで……私は誠に真名を捧げたのに、矢鵺歌が……」
「簡単なことだよ若萌君。先に、君が一人で寝ている時に私が真名で制約した。私と私が許した者以外の命令を聞くな。とね。別に誠君に譲っておいてもよかったんだがね、どうせ死ねば制約は白紙に戻るし。でも逃亡されるのも癪だからね。先に縛ることにしておいた」
くっくと笑うスケイル。クソッ、こいつの掌で俺達は踊らされていただけだったのかよ。
マズい、視界が……
かすむ、自分が助からないのが分かってしまう。
レベル差が殆ど無い矢鵺歌の一撃のせいだ。一気に致命傷を喰らってしまった。
体内に鏃が残っているのも継続でダメージが入ってるんだろう。もう、意識も消えそうだ。
ダメだ。今、死んでしまったら、若萌も矢鵺歌もMEYも、それだけじゃない、大悟や玲人だってこの国に弄ばれる傀儡勇者にされてしまう。
ああ、クソ、武藤、頼む。頼むから、俺に彼らを救う力をくれ。
いや、俺じゃなくてもいい。お前でいい。生き返って俺を、俺達を救ってくれ。
こんな結末は……嫌なん……だ……
「ふん。ようやくくたばったか? いや、アイテムダイアログが出てないな。まだしぶとく生きてるのか。仮死状態で生きながらえる気か。無駄な事を」
スケイルは誠の身体を蹴り飛ばし、ふんっと鼻で笑う。
視線を矢鵺歌と若萌に向ける、その視線の先は矢鵺歌の胸元に、そして若萌の尻に向けられた。
この国でもなかなか見れない肉付きの良い身体だ。
この国の貴族娘はコルセットで隠し綺麗に見せているが、腹が弛んでいる者が多い、市民は栄養不足で痩せているし、働く女は日に焼けて黒く、がっしりと引きしまっているか、アカギレで痛々しい姿くらいしかおらず、このように発育良く元気な肉体を持つ女性は滅多にお目にかかれない。
スケイルはそんな勇者娘三人の真名を知っている。自分の命令以外聞けないようにもできる。
いつでも楽しめる。命令するだけでもいいし、嫌がる相手を動けなくして楽しむのでもいい。
飽きたら兵士どもに払い下げればいいし、国王陛下の妾にして自分の地位をさらに盤石にするのに使ってもいい。
勇者召喚システム。素晴らしいものを手に入れたモノだ。
嗤いが止まらずくっくと漏らす。ソレを見た矢鵺歌が悪趣味です。と呟くが、彼女は既にスケイルを愛すべき男と認識させているので裏切られる心配がないし、自分を攻撃しないよう命令もしてある。
「下衆め……」
「おやおや。その下衆にもう手も足も出ず従うしかない貴女から何を言われようとも怒りは湧かんよ。せいぜい咆えるといい。そんな女がこれから隷属するのを考えると嗤いが込み上げて仕方無い。ふふ、むしろ抗ってくれる方が楽しめるというものさ」
悔しげに打ち震える若萌。しかしその身体は動かない。
いくらレベルが高くとも、いくら肉体が強くとも、いくら……奥の手があろうとも。
彼女の真名を押さえられた時点で彼女はすでに詰んでいた。
もはや彼女ではスケイルを殺す事は出来ない。
矢鵺歌を正気に戻す事も出来ない。
ここから逃げ出すことも、出来はしない。
――河上誠の死亡が確認されました――
若萌の視界に、パーティーを組んだ仲間の死が、文字として流れる。
絶望的な文字を直視できず、若萌の視界が惑う。
同じくパーティーを組んでいた矢鵺歌もソレを見てほくそ笑む。
「よし、若萌は今から楽しませて貰うとしよう。矢鵺歌、エルフ討伐を大悟や玲人と協力して行いなさい。さぁ、さっさとここから消えなさい」
矢鵺歌の笑みに誠の死を悟ったスケイルは矢鵺歌を東大陸へと戻す。
――スキル:開放発動――
――変身解除が開放されました――
――セイバー生成が開放されました――
――飛行が開放されました――
――人魚の血が開放されました。使用回数は12回です――
――必殺技、ギルティーバスターが開放されました――
――必殺技、ギルティーペネトレートが開放されました――
――必殺技、ギルティーライナーが開放されました――
――必殺技、ギルティースマッシャーが開放されました――
――必殺技、ギルティーアーマーが開放されました――
――必殺技、ギルティーセイバーが開放されました――
――必殺技、ギルティーニルカナイアが開放されました――
――レベル5突破を確認、ナビゲーターが開放されました――
――レベル10突破を確認、ステータス完全隠蔽が開放されました――
――レベル15突破を確認、真名無効が開放されました――
――レベル20突破を確認、金剛が開放されました――
――レベル25突破を確認、ハンドフリーシールドが開放されました――
――レベル30突破を確認、ブーストスタンピードが開放されました――
――人魚の血が自動発動します――
誠の死亡から引き続きメッセージが流れ若萌の視界を埋め尽くす。
下卑た笑みで近づくスケイルのすぐ後ろ、赤き悪夢がゆらりと立ち上がった。




