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後日談1

 そいつはただ、呆然としていた。

 喧しいほどの音が響く。

 今までは戦争の怒号や魔法による爆発音などだったが、今は違う。

 車の稼働音にスピーカーから漏れる選挙カーの声、ざわざわと人々の話声が聞こえ、ビル群から様々な音が聞こえて来る。


 無数の音が入り乱れる懐かしくも記憶にない景色に、しばし風見信也は魅入っていた。

 ふと気付けば、周囲の視線が自分に向かっていることに気付く。

 はっと自分を見てみれば、着込んでいるのはアーマーに手甲、具足。どう見てもファンタジー世界の住人だ。剣まで持っているのだから、それは注目の的だろう。


 周囲の人間はコスプレ? とかいいながらスマホを取り出し写真や動画を取ろうとしている。

 気付いた信也は慌てて走り出した。

 その場を物凄い速さで逃げ出した信也に民衆が慌てて追い掛けて来る。


 足速ぇぞアイツ。コスプレ? コスプレだよね? でもあの剣本物っぽくね?

 聞こえる声に焦りが募る。

 何が起こった? どうなっている? 俺はどこに来てしまった?


 信也は必死に逃げながら考える。

 自分の記憶ではセイバーに闘いを挑もうとしたところだったはずだ。

 天から声が聞こえて気が付いたらここにいた。


 記憶にある。これが自分の記憶かどうかは別として、ここは女神の世界に飛ばされる前に居た世界だ。

 なぜ元の世界に戻れたのかはわからないが、この姿で戻してほしくはなかった。

 何かを買おうにも金もない。金貨はあれども使えなければ意味が無いのだ。

 換金しようにもこの姿では通報されかねない。しかし服を買おうにも金が無い。

 完全に行き詰っている。


 追って来る人々を回避して、路地裏に身を隠す。

 くそ、なぜ自分がこんな目に?

 とにかく防具と剣は早めに何とかしなければならない。


 アイテムボックスは? 使える?

 こんな基本的な事すら気付かなかったらしい。

 余程焦っていたのだろう。


 防具と剣をしまうと、残ったのは村人服。

 流石にこんな服はこの現代世界にはないのでまだ目立つ。

 だが、それでもさっきまでのコスプレ衣装よりはマシだ。


「とにかく、今は記憶の中にある家に向かおう、もしかしたら父と母が居るかもしれないし」


 記憶の中にある景色を思い描きながら歩き出す。

 電車もタクシーも使えないので歩きしか出来ない。

 腹が減ってきたが金が無いので何も買えない。

 買えなければ食事も出来ない世の中だ。魔物を倒せば肉が手に入る向こうの世界の方がこういう時はマシだった気がする。


「クソ、何がどうなって……」


 人通りの多い街を歩く。

 ダサいダサいという声が聞こえて来るが、こればかりはどうしようもない。

 自分だってこちらの世界ではダサい服だと思っているのだから。

 何しろ向こうの世界の村人服だ。ダサくないわけがない。

 機能性も何も無い服なのだから。


 夜になり、腹の空き具合もかなり強くなった。

 どうしたらいいか、都会の森に住む狸かカラスでも狩って食うか?

 野宿も視野に入れなければならない。

 こんなことなら、あの世界に居たままの方が……


「信也……くん?」


 不意に、誰かの声が聞こえた。

 暗がりから、街灯に照らされるように現れる一人の女。

 スーツ姿の女に、信也はしばし呆然と魅入る。


 記憶はない。

 見たこともない。

 だけど、彼女は自分を知っていた。


「あんたは……」


「信也くん……だよね。でもおかしいな。信也君は行方不明になってからもう十年経ってるのに、あの時のままみたいな。服装も変だし、気のせいなのかな?」


 独り言を呟くように告げる女にしばし困惑する。

 自分が行方不明になって、十年? あの世界に来たのはつい最近だったはずだ。


「あ、あんた、知ってんのか! 俺を! 俺の過去を!」


 気が付けば、信也は女に襲いかかるように飛びかかり、両肩を掴んで揺すっていた。


「え? あ、いや、あの……」


 戸惑う女にさらに詰め寄る。

 慌てた女は近い近いと顔を赤らめていることから、少なからず信也に好意を持っていた存在だったのだろう。

 だが、十年以上経っている彼女は、おそらく30代少なくとも20代後半だろう。

 信也の恋愛対象からはかけ離れてしまっている。


「頼む、俺が異世界に飛んだあとのこと、教えてくれ!」


「異世界? 信也くん? え? 本当に……信也くん、なの?」


 その日、一人暮らしをしていた女の元へ転がり込んだ信也は、自分が既に十年以上前に行方不明となり、七年後、死亡が確定したことを知る。

 戻る場所すら無くなった彼は、結局女の元で厄介になることとなり、そのまま住み込み主夫となるのだったが、今の彼はまだ、そのことを知る由もなかった。


 後日、同じ世界に戻っていたらしい河上誠の元に一通の手紙が届く。

 私達、結婚しました。そんな写真付きの手紙を、彼は困惑しながら受け取るのだった。

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