北の撤退
「さーさーどうする信也ちゃん」
荒い息で膝を付く信也に、上から目線のシシルシが告げる。
悔しげに呻く信也だが、どれ程の攻撃を放っても涼しい顔で避けるシシルシに攻撃を当てる術が無い。
「はっ、逃げるか妨害するしかできてねぇテメェが俺に勝てると思ってるのか?」
「バッカじゃねーの。テメーなんかに勝つ必要はねーんだよ。オレ様はお前をからかって遊んで逃げるだけさ。お前の愛しい弟君殺した相手にからかわれて勝ち逃げされるの、どんな気分? ねぇ、どんな気分?」
ざまぁ顔で告げるシシルシに剣を振って答えを返す。
おぉっと。と大げさに飛び退くシシルシ。余裕のある避け方がさらに信也の神経を逆撫でする。
大声上げて力任せに攻撃したくなるが、それこそ相手の思うつぼだと必死に精神を落ち付ける信也。
一撃だ。一撃当ればいくら魔神であるシシルシであろうとも撃破出来る攻撃力はあるはずなのだ。
「青ざめし秘密の花園」
「っ!?」
一瞬の隙だった。
気付いた時には避けることすらできなかった。
地面から出現した茨が信也の身体を捕えて行く。
「な、なんだこ……がぁぁっ!? 痛ぇっ。痛えぇぇぇっ!?」
茨は信也の身体に絡み付き、棘を食い込ませながら急成長していく。
流れ出た血を吸い取り、青い薔薇が咲き乱れた。
「母さん、やっぱりこれ、えげつない」
「う、煩いわね。これが救世主の必殺なのよ」
忘れていた訳ではなかった。だがシシルシと闘っているのだから攻撃は来ないだろうと放置していた。
若萌と萌葱がゆっくりと信也に近づいて来る。
茨が邪魔で動けない信也は逃げることすら出来ずに二人を睨む。
「初めまして女神の勇者」
「なんだよテメーは……この茨、なんとかしろよっ、痛ぇーだろが!」
「そりゃそうでしょうよ。女神の勇者は私達の敵なんだから、攻撃されるに決まってるでしょ。それより、一つ聞きたい事があるの」
「はっ、誰がテメーなんぞに」
「あなた、どうやって女神に連れて来られたの? この世界に来る前、何処にいたの?」
「あ? 何を言って……」
不意に、言われたことに答えようとして、彼は止まった。
永遠が弟、そして二人で過ごした記憶もある。あるのだが、一部だけだ。幼い頃から成長する軌跡が彼の記憶には無かった。
ただ、永遠が弟で自分が優秀な兄で弟を守らなければならないという記憶だけがある。
あとは、女神に惚れていて、女神の為にこの世界を滅ぼさなければならない。その記憶だけしかない。
「ど、どうなって……」
「やっぱり。女神の勇者が異世界から召喚されたにしてはマロンさんがおかしいって言ってたからもしかしたらと思ったけど。あなた、召喚された勇者の記憶を持つ人形ね」
「は? なんだ……そりゃ?」
「あなたと言う個人は昔に召喚され、女神に殺されたってことよ。成る程、人形を勇者として出現させたならレベルが高いことにも説明が付くわ。異世界からの召喚された形跡もなかったらしいし、この世界だと初期レベルからの召喚になるからおかしいと思ったのよ」
「俺が……人形?」
「ええ。ディアリッチオ同じ、役割を与えられただけの人形ね」
「ふざ……けんなっ。俺は信也だ! 女神の勇者だっ! 俺は……っ」
「おい萌葱、ちんたらやってる暇ねーぞ! 空を見ろっ」
不意に、至宝の声が聞こえ、萌葱が空を見る。
そこには、無数のディアリッチオが迫り来るのが見えた。
「な、何あれ?」
「とにかく薬藻と合流しようぜ。魔王軍も全員撤退。魔王城に戻って徹底抗戦だ。四方八方から来やがるらしいからこっちだけなんとかしても意味ねぇ。向こうまで下がるぞ」
「そ、そうね。皆聞いた? シシルシちゃんも、魔王城まで下がるわよ」
「えー。もー、面倒臭いなぁ。じゃーね信也ちゃん」
ばいばーい。と手を振って萌葱たちと立ち去って行くシシルシ。
「え? あ、おい、オイ待てっ! この茨どうすんだよ! 解けっ、解けよっ、ちくしょ――――ッ!!」
ディアリッチオの群れがやって来る。
空を見上げてソレを見た信也が咆える。
「おい、お前ら女神の軍勢だろ。だったら俺を助けろ! 俺は人形じゃねぇ、女神の勇者だ。あいつら絶対に許さ……お、おい、嘘だろ?」
返ってきた人形たちからの返答は、無数のディアリッチオ人形から放たれたジェノサイドイグニス劣化版。
視界一杯に広がる無数の炎弾に、信也は愕然とする。
必死に逃げようとするが、身体に食い込んだ茨が邪魔で動けない。
「あ、ああ、うあああああああああああああああああごぎぁっ……」
茨と共に、最後の勇者が燃え尽きた。
その光景を確認すらせずにディアリッチオ人形は魔族包囲網を狭めて行く。
至宝が撤退しながらフレアライトクロスを何度か打ち放つが、倒れるディアリッチオ人形が数千程度で圧倒的な総数を減らすには足らず、焼け石に水状態であった。




