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東軍逃走

「点呼確認終わりました」


 兵士長の言葉を聞いて、ラガラッツは安堵の息を吐いた。

 魔神ラオルゥが戦場に乱入した時はついに戦端が開かれるのかと肝を冷やしたものの、魔神が暴れた先には人族軍壊滅という結果しかなく。

 生き残った人族兵からの申し出で休戦することになった。


 人族軍は対岸でルトバニア兵のアイテムを入手しており、自分たちは物見兵を数名置いて防衛拠点へと戻って来たのである。

 ラガラッツは戻った早々人数確認を行い、今しがた確認が終わったところである。

 人的被害が出なかったことは称賛すべきことであるのだが、他の軍が死傷者を出す激戦をしているのが分かるだけに自分の所だけ無事なのが少々心苦しいラガラッツだった。


「無事に乗り切れた事を喜ぶべきか……」


「戦争にならなかった。それは喜ぶべき事でしょう」


「物足りないけどニャー」


 ラガラッツの呟きにシオリアとマイツミーアが答える。

 ラガラッツは苦笑いしながら頷いた。

 東はこれ以上戦場にはならない。ギュンター王の居る場所へ早馬でも送るかと兵士を呼ぼうとした瞬間だった。ラガラッツの耳にあり得ない声が響いた。


 少し遠い場所から悲鳴と怒号。

 それは先程までラガラッツが居て、対岸を睨んでいた東の森から聞こえて来ていた。

 思わず振り向いたラガラッツ。気付いたのは彼だけではなく、シオリアもマイツミーアも同時にそちらに視線を向けていた。


「なんだ……あれは?」


 無数の人だかりが、エルフの森の上空から舞い降りるのが見える。

 森が爆音と共に弾け飛ぶ姿が見えた。

 人が空へと舞い上がり、あるいは中空で破裂しているのが見える。


 それを行っているのは、無数に存在する、魔神ディアリッチオと瓜二つの男達。

 瞳からハイライトが消えた人形のような彼らは、無慈悲に生き残りの人族を駆逐しながら魔族軍へと近づいていた。


「そ、総員、退避ッ!!」


 ラガラッツの判断は早かった。

 一目見ただけで軍が壊滅すると理解し、即座に退避命令を発する。


「マイツミーア、シオリアを連れて先行してください! ギュンター王に異変の報告! そのまま魔王城へ退避!」


「魔王城!?」


「街ではアレは防衛出来ません! おそらく東だけでなく四方からも来ている筈! 中央の城に戻り全軍を持って当るべきです!」


「あんたはどうするにゃ!?」


「できるだけ時間を稼ぎます。さぁ、急いで!」


 ラガラッツが指揮していただけあり、兵士たちも急遽の撤退にもかかわらず全員が即座に動き撤退を開始していた。

 ラガラッツは数人の中堅兵士を選び出し、殿として自分と共に残って貰う。

 彼らが足止め役だ。もちろん生存して貰う気ではあるが、相手の実力は未知数。もしも全てがディアリッチオと同等であるとすれば手も足も出ず全滅するだろう。

 それでも、シオリア達を逃すだけの時間は稼げる筈だ。


「すまない皆。私に命を預けてくれ」


「気にしないでくださいラガラッツ隊長。あんたに命を預けるさ。どの道街に妻子ある身だ。あいつらが逃げ出す時間位稼がせて貰うぜ!」


 居残る兵士たちは皆、街に妻子を残す者たちだ。

 愛する者が逃げ出す時間を稼げるならと率先して残ったのだ。

 彼らとてむざむざ死なせる気はない。


「全員、防備を優先してください。魔法は牽制をメインに、弾幕戦にして紛れる形で脱出しましょう」


「了解!」


 ラガラッツの言葉に魔法障壁を張り巡らせた男達が幻惑や霧などの魔法を発動する。

 ディアリッチオ人形たちが迫る。

 無数の人形による一斉魔法。

 反射魔法で幾つかを跳ね返すものの、一撃でかなりの被害。


 血塗れの兵士を背負って逃走を開始しながら魔法で邪魔をしていく。

 しかし、無慈悲なる人形たちは狙いが逸れるのも構わず一斉射。

 一人一人ならなんとか闘えそうではあるものの、さすがにこうも群れて来られるとどうしようもならない。


「ラガラッツ将軍、撤退を! 後は我々にお任せを!」


「ダメだ! 逃げる時は皆一緒に。弾幕薄いですっ! しっかり張って!」


 効果は薄いがそれなりに効いている。

 ならばこのまま殿として限界までは自分たちで……


「将軍ッ、上です!」


 兵士の切羽詰まった声にラガラッツは真上に視線を向けた。

 そこにはディアリッチオ人形が巨大火球を打ちだす姿があった。

 逃げなければ。思いはすれど身体が動くことはなかった。

 呆然と魅入るラガラッツに向け。特大の火球が迫る。


 兵士達が叫ぶ声が引き延ばされたように聞こえる。

 ああ、終わる。自分の人生が消える。

 ラガラッツは思わず嘆く。


 しかし、戦闘経験の少ない知将タイプのラガラッツではこの局面を脱出する手立てなど思い浮かびすらしなかった。

 目前を埋め尽す火球。

 もはや、逃げ場などなかった……

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