地獄から来た悪夢
「うぅ……皆無事?」
瓦礫を退けて、パルティはよろめきながら立ち上がる。
直ぐ横に居るのはチキサニ、稀良螺、フェレ、ポエンティムの四人。
確認してみるが全員無事のようだ。
多少の傷はあったが稀良螺が回復してくれていた。
「大丈夫そうね」
「はい。あなたの御蔭で助かりました。あのままだと全滅する未来しかなかったです」
「ラマッ、クアニ救ってくれた! ありがとう」
「気にしなくていいわよ。神様のお願いだし。それより気を付けて。あいつまだ生きてる筈だから」
「そう言えばチキサニ、あんたの予言ってのはここで終わりなの?」
「? 違う。まだある。ロンノカムイ来る。えっと、こっから、三歩、跳んで……」
ぴょんぴょんぴょんっとチキサニが瓦礫の山を器用に飛び跳ね、くるりと振り向く。
「ここで回転。そして待つ。すると……」
「すると、チキサニちゃんが人質になぁるっ」
ゴバンッと瓦礫を吹き飛ばし、チキサニのすぐ後ろに出現する和美。
瓦礫で押しつぶされたのか、脳漿はみ出しながらも、既に回復が始まっているようだった。
慌てて逃げようとしたチキサニの喉を腕で挟み込み、自分の胸元へと引き寄せる。
「チキサニちゃんっ!?」
「あの馬鹿ッ! 自分から捕虜になるとか何考えてんのよっ!?」
だらだらと脂汗を掻くチキサニ。想定すらしていなかったのだろう。
だが、彼女が向かったのはパルティの対面側。丁度和美が倒れた辺りに自分から向かってしまっていたのである。
完全な失態だ。
だが、チキサニにとってはそれがベストだと、黒の聖女に言われたからこそ行動した結果だったのだ。
自分でもやっちまった。と思ったが、なぜ黒の聖女がこうするように告げたのか、全く理解が及ばない。
これが、ベストってなぜなのか。チキサニにも、誰にもわからなかった。
「さぁ、最終ラウンドを始めましょうかパルティちゃぁんっ」
「くっ」
「動くなッ。少しでも動けば、魔法を唱えても、呼吸以外何かしたらチキサニちゃんの顔に一生消えない傷を付けて行くわよっ!!」
獲物を追い詰める笑みを浮かべ、和美が叫ぶ。
実際に掴まっているチキサニのせいで動くに動けないパルティは、魔法障壁すら張る事を封じられてしまった。
歯噛みするパルティは必死に考える。しかし解決方法が見当たらない。
チキサニを犠牲にさえすればなんとかできるが、今回はチキサニを救うために来たのだ。これでは本末転倒である。
――聞こえますかパルティさん――
「!?」
思わずビクンと身体が震えた。神からの声だと直ぐに気付き、相手に悟られないように何でもないふうを装う。幸いにも和美は気付かなかったらしい。
――間もなく助っ人が来ます。そのままもう少し、あと数秒だけ時間を稼いでください――
あと数秒? 人影すら見えないのに数秒で誰が何を出来るというのか?
だが、神が数秒でいいと告げるのならば、パルティは喜んでその数秒を稼ごうと思った。
「和美さん。あんた女神の勇者だったわよね」
「そうよ? それがなに?」
「だ、だったら、勇者として恥ずかしくないの? 人質とか取ったりして」
「あらあら。なぁに、私の情に訴え掛けてチキサニちゃん離して正々堂々闘いましょう。とでも言いたいのかしら? 涙ぐましい努力よね。可愛いわ。ああ、でも残念。私。そう言うの虫唾が走るのよッ!」
パァンと音が鳴った。
空中を鞭が叩き、地面に叩きつけられた音だ。
ゆっくりと近づく和美はパルティの前へとやって来る。
「さぁ、無防備に打たれ嘆きながら死になさいッ」
振りあげられる鞭。
ごくりと息を飲む。数秒。数秒だけ稼げば良い筈だ。
もう、数秒経ったんじゃないの?
何も出来ずただただ鞭を打たれるだけ、その絶望にパルティは戦慄する。
いくら神々に力を授かったといえど、それを使う訳に行かない現状では打つ手はない。ただの無力な少女でしかないのだ。
「さぁ、良い声で鳴きながら死んでいきなさいッ」
「お前がな」
チクリ。
振りあげた鞭を打ち鳴らすその刹那、和美は背後に気配を感じた。
チクリと何かが刺さった感覚。
突然の男の声に、慌てて振り向く。
「ひぃあああああああああああああっ!!?」
振り向いた先に、想定外のバケモノが居た。
ヒョットコを思い切り殴りつけたような潰れた顔からラッパのような擬口柄。肌色のぶよぶよとしたその顔面にひっつくような全身タイツ。
バケモノがそこに居た。
「ば、ば、ばけ……」
驚く和美を片手で持ち上げ投げ飛ばす。
和美の腕からすっぽ抜けたチキサニを御姫様抱っこでキャッチしたそいつは、優しくチキサニを地面に立たせる。現れたあまりにも醜悪な生物に、折角救出されたチキサニはそのままぺたんと尻もちを付く。
怪人、フィエステリア・ピシシーダが助っ人に現れた。




